楽しい縁日
「なかなかやるな……!」
「紡こそ、俺が見込んだだけあるさ……!」
二人は何故か祭りの会場で、肩で息をしながらそんな風な言葉を交わしていた。
彼らは輪投げや的当て、仕舞いには型抜きといった勝敗がつけられそうな出し物を順に回り、張り合っていたのである。
どちらからともなく始まった勝負に、初め絃はきょとんとしていたが、今は二人の事を楽しそうに応援していた。
ちなみに彼女は手に紙袋を下げており、中には各屋台で紡と麟が手に入れた景品がぎっしりと詰められている。
絃はもむもむ、とわたあめを口に含みながら、次は何をするんだろうと二人の動向に興味津々な様子であった。
「勝敗は5対5……そろそろ決着をつけようじゃないか」
「望む所だ!」
そう言いながら二人が向かったのは射的の屋台であった。
ただならぬ空気の二人に、屋台の店主は戸惑った様子だったが……代金と引き換えに鉄砲と五発のコルク弾を手渡す。
「勝ち負けはどう決める?」
「そうだな……あの一番大きな箱を落とした方でどうだ」
麟が紡の指差した先を見ると、そこには霧の都からの輸入物らしい卓上時計の写真が付けられた箱が置いてあった。
おそらくそれ自体は空き箱で、商品は別の箇所に仕舞ってあるのだろう。
目玉商品らしく一番上の段に鎮座しているそれは、並んだ景品の中でも別格に大きく、ちょっとやそっとじゃ落とせそうにない。
「なるほど、不足はないね」
「決まりだな」
麟が頷くや否や、二人は手際よく銃に弾を込め始めた。
「射的の経験は?」
「初めてだよ」
「そうか。手加減はしないからな」
「最初からそのつもりさ」
手元に視線を向けたまま言葉を交わす。
やがてほぼ同時に銃を構え、獲物に狙いを定めた。
先に引き金を引いたのは紡だった。
パン、という軽い音が鳴り、コルク弾が射出される。
弾は見事真ん中に命中したが、箱は僅かに揺れたように見えただけで、ほとんど位置を変えていない。
「……なるほど、手強そうだね」
その様子を見ていた凛が、箱の四隅の角を狙って銃を撃つ。
しかし弾道を見誤ったのか、弾は箱を掠めて奥の幕に当たって落ちた。
そこから二人は黙々と弾を詰めて引き金を引く動作を繰り返した。
緊張感が漂う中、何度も弾は箱を捉えるが、一向に倒れる気配はしない。
お互い最後の一発を手にした所で、二人は顔を見合わせた。
「……勝負の内容を変更するかい?」
「いや。俺が絶対に次で落としてやる」
「そうか、分かったよ」
そう言って二人が銃を構え直した時。
紡の隣に立っていた男性が放った一発で、箱は呆気なく倒されてしまった。
「「ああーー!?」」
「えっ……す、すいません……!?」
愕然とした様子の二人に、男性は狼狽しているようだ。
とは言え、屋台は彼らの貸し切りというわけではない。
当然こういった結果もあり得るのだ。
「あれ……というか、紡君じゃないすか」
「……深八咫さん。こんばんは」
「絃さんも。奇遇ですね」
そして、偶然にもその人は紡の知り合いであった。
深八咫と呼ばれた人物は、紡の側に立っていた絃の姿を見とめると軽く会釈する。
彼の影に居た少女がその話し声を聞いてか、手にした水飴を練るのを止めてそちらに顔を向ける。
彼女が絃の方へ歩み寄るのを見届けてから、深八咫は困惑した表情を浮かべる店主に話しかけた。
「店主さん、落としましたよ。景品を下さい」
「いや、あの……」
「何戸惑ってるんすか。落とされないように仕込んでた訳でもあるまいに」
わざと機嫌の悪そうにそう詰め寄る深八咫に、店主はしどろもどろにながら、あの景品は取り寄せなければならないので今渡す事はできない、という旨の説明をする。
深八咫はちっ、と大袈裟に音を立てて舌打ちをした。
「じゃあ、もう良いです。代わりにそこにある菓子を4つ下さい。」
「分かりました……」
「それと、あの箱は俺のものなので二度と棚に上げないでくださいよ」
「は、はい」
凄まれた店主は慌てて紙袋を取り出すと、その中に言われた通り菓子を詰め始める。
「……その、何というか。凄いですね」
「別にそんなんじゃないですよ。良い大人がアコギな商売やってんのが気に食わないだけです」
呆気に取られていた紡だが、あの様子を見ると、景品の箱には本当に細工がしてあったのだろう。
その上でどうやって撃ち落としたのかは検討もつかないが、紡は深八咫の正体が忍びである事を知っているため、それ以上の追求はしなかった。
深八咫は店主から小分けにされたポン菓子入りの紙袋を受け取ると、その中から紡達と深鈴にひとつずつ手渡しながら言った。
「それより、邪魔して申し訳ないです。二人で何かしていたんですよね?」
「ええと……まあ」
彼の言葉に紡と麟は苦笑いを浮かべる。
「けど、大丈夫です。勝敗は来年に持ち越しという事で」
「そうですか」
麟がそう応えると、深八咫がそれ以上に気にする事はなかった。
どちらかというと深鈴の様子が気にかかるようで、絃と何やら話し込む彼女に視線を向けている。
「つむ、麟。深鈴ちゃん達はこの後、あっちの舞台で披露される演舞を見に行くそうなんですが、二人も行きませんか?」
「とても素晴らしいものとお伺いしましたので、皆様もお時間がございましたら是非」
深鈴という名の少女は、見た目にそぐわない大人びた口調で絃の言葉に続く。
紡と麟は特にその後何をするかを決めていなかったので、悩むまでもなく首を縦に振った。
「やった!一緒に見られますね!」
「はい、絃様。とても嬉しいです」
満面の笑みを浮かべる絃に、深鈴は笑み返して見せる。
そんなやり取りを微笑ましく思っていた麟だが、ふと隣の紡が何やら浮かない顔をしていることに気づいた。
「……紡、どうかした?」
「いや。何でもない」
紡はそう言って、前を行き始めた絃たちの背を追って歩く。
麟はその姿を少しの間見ていたが、やがて駆け足で後に続いた。
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