桜花祭

 桜花祭当日。

 桜の帝都では、一年を通して行われる全ての祭りの名称が『桜花祭』となっている。

 その為、本日行われる催しは人々に『夏の桜花祭』と呼ばれていた。


 遠くから笛や太鼓の音が聞こえる夕暮れ前、紡が待ち合わせ場所に赴くと、既にそこには麟が立っていた。

 紡はまた彼が小洒落た格好で来るものだと思っていたが、意外にも紡とそう変わらない甚平姿である。

 それでも矢鱈と絵になっているのは、きっとその整った顔立ちとすらりとした長身のせいだろう。

 麟は友人の姿に気がつくと、笑みを浮かべて手を振った。


「早いな、まだ待ち合わせまで半刻はあるだろ?」

「楽しみで居ても立っても居られなかったんだ。誰かと祭りに行くのは初めてだから」


 嬉しそうにそう言う麟。

 実のところ彼のことを誘ったのは紡ではなく絃なのだが、このように嬉しそうな顔をされると悪い気はしない。


 二人で他愛もない会話をしているうちに時は過ぎ、道行く人影も増え始めた頃……通りの向こうのほうから大きく手を振り振り駆け寄ってくる少女が居た。


「つむー!麟!」

「絃、走らなくていいって!」


 からころと軽快な音を立てているのは、絃が穿いている下駄だった。

 紡の声が聞こえているのか否か、彼女が足を止めることはない。

 紡は何となく嫌な予感がして、彼女が二人の元に辿り着く前に走って迎えにゆく。

 案の定と言うべきか、絃は慣れない下駄履きに足を取られたらしく、前方に身を投げ出すようにして躓いた。


「あっ……」

「言わんこっちゃない!」


 紡はすんでの所で彼女の体を受け止める。

 二人は体勢を立て直した後ほっと胸を撫で下ろし、改めて顔を見合わせた。


「ありがとうございます、助かりました!」


 にこにこと笑顔を浮かべる絃。

 桜色の浴衣に赤と紺の帯が可愛らしい。

 また今日は薄く化粧もしているらしく、いつもの彼女よりも少し大人びて見えた。


「あ、うん……」

「やあ、絃。今日はお洒落さんだね」


 紡の後に続いて、麟がひょっこりと顔を出した。

 絃はその言葉に、袖を広げて嬉しそうにその場で回ってみせる。


「はい!依さんに着付けて頂いたんです。それから、お化粧は教わりながら絃がやったんですよ!」

「そうなんだ、どちらも良く似合ってるよ」

「……道の真ん中で立ち尽くすのは良くない。とりあえず会場に向かわないか?」


 二人が仲睦まじく会話しているのが紡には堪らなく悔しくて、割り込むようにそう提案した。

 内容自体も尤もなことなので、麟と絃の二人は特に疑問に思うこともなく頷く。


 紡、絃、麟の順に三人並び、影を落としながら歩いた。

 絃の桜花神社に来た妊婦さんの話だとか、麟の父親が水虫に苦しんでいる話だとか、他愛もない会話をしているうちに祭囃子と人々の笑い声が大きくなっていく。


 会場である大広場に足を踏み入れると、いつもとは全く違う様相のその場所に、三人はどこか違う世界に来たようなそんな感覚に陥った。


「どこから回りますか?ヨーヨー釣りに、たこ焼きに、飴細工……楽しいものがいっぱいありますよ!」


 立ち並ぶ屋台を眺めて、浮き足だった様子の絃が二人の手を引く。


「そうだな……小腹が減ったし、まずは何か食べよう。麟もそれで良いか?」

「ああ、勿論!」


 三人は口々に何を食べたい、アレをやりたいと話しながら、人混みの中を逸れないように手を繋いで歩いていった。

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