第32話 海よりも深い愛を探して いた、白馬の王子様2

 そう言えば、美佐雄と美樹は婚活パーティーで出会ったと言っていた。愛海は次は婚活パーティーに顔を出してみることにする。

 そこで愛海は出会ってしまった。白馬の王子様、ならぬおじ様に。そのおじ様は白いタキシードを羽織り、白髪でグレーのネクタイをしていた。全身真っ白なそれを見て、愛海は驚きと共に何か惹かれるものをそこに感じたのである。


「素敵なお召し物ですね」


 愛海が話し掛けるに至ったのは、想像に難くないと思う。


「え、ええ。少しは悪目立ちしないと素敵なお嬢さんに声を掛けて貰えないかと思いましてね。現にほら、貴女のような素敵な方に声を掛けられました」


 紳士的で、気立ての良い、少し年配の男性だ。落ち着いていてとても雰囲気が良い。


「お世辞上手いんですね」

「世辞などでは無いですよ。お嬢さんは間違いなく綺麗です。一目惚れしそうなほどに、ね」


 そう言って、男性は目を見つめてくる。どうやら本気のようだ。


「いいわ。そんなに言うなら付き合ってあげても。貴方の身なりが白馬をイメージさせてくれるしね。私は探しているの、白馬の王子様を」


 愛海は素直に自分の欲望を話す。


「それなら私は間違いなく貴女の白馬の王子様ですよ。何故なら、私も白馬の王子様になりたくてこの格好を選びましたから」


 男性も包み隠さず本心を言った。この言葉を聞いた瞬間、愛海もスイッチが入った。


「私は世界のヒロイン愛海よ」

「私は白馬の王子俊雄と申します」


 俊雄は調子を合わせてくれるようだった。愛海はそれがえらく気に入って、手を差し伸ばす。


「宜しくね」

「はい、お姫様」


 そう言って、片足を地面つけ手を取り、その手の甲にキスをする俊雄。完全にノリが愛海と一緒である。愛海は満足げにそれを受け止めた。

 二人がデートすることになったのは言うまでもないことだ。ここは夜景の見えるレストラン。婚活パーティーの一週間後に二人は再会した。


「俊雄、久しぶり。その後は元気だった」

「ええ、元気は元気でしたが、愛海を想う毎日で胸が焦がれそうでした」

「ふふっ、私も早く貴方に会いたいと思っていたわ」


 俊雄は年齢を聞くと五十四歳で、愛海とは二十も違うらしい。普段はIT関連の仕事をしているとのことだ。一週間のやりとりでわかった情報だ。


「それで、どうして貴方のようなイケオジがまだ未婚なのかしら」


 愛海は早速本題に入る。俊雄はこの話題になると、直接話したいと言っていたのだ。文章だと長文になってしまうから、と。見た目もおじさんとは言えイケメンの部類だと思う。話せば話すほどそこが疑問として出てくるのだ。


「そうですね。まず私はバツイチです」


 これは想定していた回答だった。五十四歳にもなって未婚の男性には相当な何かがあると思われる。つまり、ただバツイチなだけなら問題ない。問題はその中身だ。


「妻に先立たれました」


 離婚ではないのはむしろポイントが高いというものだ。離婚である場合は大抵両方悪いところがある。一方的に悪いという話は聞くこともあるが、レアケースだろうと愛海は想っている。


「妻は交通事故で亡くなりました。飲酒運転をしたドライバーに轢かれたのです。当時私は相当ショックを受けていました」

「そう、飲酒運転は許せないわね」


 話しながら気落ちする俊雄を慰めるように愛海は言う。


「正直、一度生涯を決めた相手を亡くすというのは相当なものでして、私は二、三年立ち直ることが出来ませんでした」


 愛海には想像するしか出来ないことだったが、俊雄の様子からそれが凄いものであることだけは伝わった。愛海の母性が少し働き始める。


「でも、そんなに愛していたのにどうして婚活パーティーなんかに」


 これは当然の疑問だ。そのまま独り身を貫くことも一つの愛の形だろう。


「ええ、さすがに一人が寂しくなってきたのです。もう十年になりますし、そろそろ時効だろうと思いまして」


 その感覚は正直わからなかったが、そういうものなのかもしれないなと思った。それにそう俊雄が思ってくれたからこそ二人は出会えたのだ。


「それでも、時々妻に申し訳なく思うことはありますよ。勿論」


 そう言う俊雄はかなり暗かった。


「大丈夫よ、俊雄。私が忘れさせてあげる」


 母性からか、愛海が励ますように言う。


「忘れられるかはわかりませんが、とても心強いです」

「そうね。忘れなくても良いわ。でも、すぐに私に夢中にさせてあげる」

「ありがとうございます。さあ、湿くさい話はこれで終わりです。お酒をじゃんじゃん飲みましょう。ほら、夜景も綺麗ですよ」


 そう言われたので外を見ると、夜の街並みがキラキラとしていて、本当に綺麗だった。

 その後の二人は明るい話題で楽しんだ。お酒もドンドン進み、愛海は少し飲み過ぎてしまった。


「もう、こんな時間。帰らなきゃ」


 愛海は頭がぼわーとしてきたので、時計を見るともう二十三時半を回っていた。


「これは僕としたことが、すみません。遅くまで連れ回してしまって」

「ええ、いいのよ。楽しかったんだから。でも、もう帰らないと」


 そう言って歩き出すと、ふらっと身体が傾いて倒れそうになる。俊雄がそれを支えてくれる。


「大丈夫、ではないみたいですね。ホテルまで送りますよ」


 愛海は一瞬ホテルという言葉に疑問が浮かんだが、俊雄が優しくフォローしてくれるのと、頭が回らないのとですぐに疑問が消えていった。


「うう、気持ち悪い」

「もうすぐです。これ、酔いに効く薬ですので、飲んで下さい」


 言われるままに愛海はその薬を飲んだ。しかし、すぐには効くはずのもなく、依然と気持ち悪いままだった。


「さあ、ここです」


 愛海は意識が朦朧とする中通されたのは、やはりホテルの一室であったがその時の愛海にとっては横になれればどこでも良いといった感じであった。と、身体が段々火照ってきている気がした。酔いのせいだろうか。何故だか身体が疼くような感覚もある。


「ささ、横になって」


 ベッドに降ろされる頃には身体の火照りが治まらなくなり、気持ち悪いのもどこかに行ってしまっていた。


「何、何で」


 戸惑う愛海の吐息がどことなく甘いものになる。


「薬が効いてきましたかね。すぐにその疼きを治めてあげますよ」


 俊雄はそういうと、服の上から愛海の身体をまさぐり始めた。


「ひゃっ、止めて」


 愛海は一気に覚醒して手をはねのける。


「どうしたんです。愛海さん。私を夢中にしてくれるんでしょう」


 そう言って、俊雄がまた愛海に襲いかかる。


「ちょっと、止めて」


 愛海は必死になって手を払いのける。


「私達まだ出会って一回目よ」

「回数なんて関係ないさ。君ももう大人だろう」


 俊雄は理性が飛んでいるのか、襲いかかってくる。


「まだ早いわ。止めて」


 愛海はベッドから這い出て立ち上がった。少しふらっとするが、それどころではない。


「もう十分愛は語り合ったさ」


 そう言って、じりっと俊雄は迫ってくる。


「亡くなった奥さんが悲しむわよ」


 無理矢理犯すなんてどうにかしていると思った。


「ふふふ、ははははは。ああ、その話は嘘だよ。気にしなくて良い」


 俊雄が悪魔の笑みを浮かべる。


「嘘、どういう事」

「こういうことさ」


 そう言って、愛海を押さえ込もうと俊雄が襲ってきた。愛海は咄嗟に急所に蹴りをかます。俊雄は蹲った。


「忘れたの。私はこれでも戦隊の一人よ。見損なったわ。もう会わないから。さようなら」

「うう、待て、待ってくれ」


 愛海は扉を閉めて出ていった。その足は千鳥足である。ホテルを出ると、ほどなく気持ち悪さが勝って嘔吐する。すると、身体の火照りは少し取れた。そして数歩離れて座り込んでしまう。このままここに蹲っているのは色んな意味で危ないが、今の愛海には気持ち悪さに抗う事は出来なかった。

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