第23話 素晴らしき愛をもう一度 念願の合格と告白2

 動物園。これも皮肉なのか、美樹と初めてデートした場所だ。行きたくない気持ちもあったのだけど、もしかしたらいるんじゃないかなってどこかで思う。


「精神病の患者って本当大変なんですよ。会話できる人もいるけど、ほとんど会話にならないの。会話できる人だって、時々変なこと言うから困っちゃう。ずっと顔つき合わせているとこっちまでおかしくなっちゃうのよ」


 美鈴はよく喋った。でも、ほとんどが仕事の愚痴だ。よっぽどストレスが溜まるんだろう。そして、これまた奇しくも美鈴さんは美樹と同じ精神科を担当しているようだった。


「基本的に精神科の患者さんの相手はどこかで不真面目にならないとだめね。真面目な人はたぶん病んじゃう。実際そういう人多いのよ。ミイラ取りがミイラになるなんてこの業界じゃ普通なのよね」


 動物園にこそいるけど、果たして動物園である必要があったのだろうかと思うほど、美鈴は愚痴を続けていた。青年はそれを横目にぼーっと辺りを見回している。


「まあ、実際話を聞くと可哀そうな話はいっぱいあるのよ。同情はするな。あそこまでおかしくなっちゃうほど追い詰められたってことだから。でも、会話ができない人なんかはどうしてなったんだろうって考えさせられちゃうわよね。そういう人が一番可哀そうかも。自分の事を誰にもわかってもらえないから」


 右を見ても左を見ても家族連れや、カップルばかり。やっぱり一人で来るようなところではないんだなって青年は思う。


「あっ、そうだ。美佐雄さん。ねぇ美佐雄さん」


 ぼーっと周りばかりを見ている青年を美鈴さんが揺らして注目させる。


「あっ、ごめん。何」

「もう、もっと楽しみましょうよ。さっきからボーとして」

「ごめんね」

「まあいいけど。で、さ。質問です。人間って理性があるっていうけど、美佐雄さんは理性派ですか、本能派ですか」

「えっ」


 目がかっと大きく開かれる。どこかで聞いたことある質問だ。


「心理テストってやつね。ちょっと違うけど、それみたいなもの。さあ、どっち」


 あの時青年はどちらを答えるべきだったんだろう、結局答えず仕舞いだったけど、答えるとしたらどちらだったのだろう。


「早く。時間切れにしちゃうぞ」

「本能かな」


 暗い穴に落とされるのが嫌で、ともかく答えてみる。これで良かったんだろうか。


「へぇー、本能派かぁ~、浮気しそう~」


 じとっとした目で美鈴は見つめてきた。青年はつい顔を逸らしてしまう。


「キャー、助けてー」


 と、突然叫び声が聞こえてきた。


「えっ、何」

「あっ、ミネラル戦隊」


 青年が叫び声の正体を掴んで指差す。


「あっ、噂のミネラル戦隊。ちょっと見てみましょうよ」


 懐かしの動物園、懐かしの質問、懐かしのミネラル戦隊。青年の心はいつの間にか昔の何かを追い求め始めていた


「うん」

「あっはっはー、お前をあんなことして、こんなことしてくれるー」


 怪人が愛海を襲っている。


「キャー、やめてー」


 愛海が襲われる演技をする。


「「「「ちょっと待ったー」」」」


 すると戦隊の声がした。


「なんだなんだ」


 怪人が戸惑ったようにそう言った。そして、戦隊達が音楽と共にポーズを決めながら出てきた。


「愛と平和の使者ミネラルレッド」


「地球を守る青い稲妻ミネラルブルーハワイ」


「明るい未来を守るミネラルイエロー」


「新緑の浄化ミネラルグリーン」


 この前はここで一人分音楽が流れた。しかし今回は違った。


「世界のヒロインは誰、それは私。世界の平和を守るため、悪しき怪人を倒してく。みんなのヒロインミネラルーピンク」


「「「「「五人揃って、ミネラル戦隊ウオーター(ボ)」」」」」


 戦隊達がそう叫ぶと、爆発音が鳴った。


「な、何だってーって待てーい」


 怪人の突っ込みが始まる。


「悪しき怪人よ、成敗してくれる、覚悟」

「だから、待てって」


 一蹴されるレッド。


「なんだ、貴様、やるのか農家」

「お前は喋るな」


 達彦も一蹴される。


「怪人、今日こそは決着をつけるわ」


 イエローがしゃべり、


「大人しく倒されなさい」


 グリーンが構えた。


「いや、戦わんぞ」


 怪人が冷たくそう言う。


「えっ、なんでだ」


 レッドが聞いた。


「おかしいからだ」

「どこがおかしいのよ」


 愛海が聞く。


「お前だよ。お前がおかしいんだよ」


 怪人が突っ込む。


「私は正義のヒロインよ。どこもおかしくないわ」


 愛海らしい言い訳だ。


「いや、おかしいだろ。お前、襲われてたんじゃないのか」

「時に普通の町人、時に正義の味方、その名も愛海」


 キラーンとポーズを取る愛海。


「もう、正義の味方じゃないじゃないか、アホかおんどれ」

「アホじゃないわ、私は正義のヒロイン――」

「ああーもう、わかったわかった」


 怪人が愛海の台詞を遮った。


「お前一人だけ決め台詞長いんだよ。で、五人はなんとか揃えました、と」


 怪人が話を進める。


「そうだ、だから約束通り戦え」


 レッドがそう言う。


「戦わんって」


 しかし怪人に闘う気は無いようだった。


「何故ダッシュ」

「お前は喋るなって」


 怪人は達彦には冷たい。


「約束が違うじゃないの」


 イエローが抗議する。


「いや、おかしいだろ」

「どこがおかしいのよ」


 グリーンが迫る。


「あっ、みーちゃん」


 と、青年は愛海と目が合った。


「どうした、急に」


 怪人が驚く。


「みーちゃん、愛海は伝えたいことがあります」


 愛海が胸の手を当てて何かを言おうとする。


「えっ、何」


 青年はびっくりしている。仮にも今はショーの最中だ。かなり注目されている。


「客をいじるなお前」


 怪人が軌道修正しようとする。


「黙ってて」


 しかし強く制されてしまう。


「愛海とまた付き合って下さい」


 そして青年は告白された。


「えっ」


 当然戸惑う青年。


「ちょっと、何、告白」


 美鈴も驚いている。


「えっ、こひいき」


 と、達彦が愕然とする。


「愛海気付いたんです。やっぱり愛海のヒーローはみーちゃんだけだって」


 愛海が話を続ける。


「でも、愛ちゃんは確か達彦と」


 付き合ってるはずだ。


「別れるわ」


 しかし、愛海はきっぱりとそう言った。


「ええっこひいき」


 達彦は更に愕然とする。


「もう、レッドじゃないし。語尾気持ち悪いし、当然よね」

「ガーンこ親父」


 達彦は蹲ってしまう。


「ちょっとやめぃって、生々しいわ。子ども達の前だぞ」


 と、ここで怪人がさすがに止めに入る。


「あいちゃんダメだ。付き合えないよ」


 しかし、青年もスイッチが入ってしまった。


「うーん、そうよね」


 美鈴が同感する。


「えっ、どうして。ヒーローになりたいんでしょ」


 愛海は信じられなくて追求した。


「なりたいよ。なりたいけど。そうじゃないんだ、恋愛って」

「どういうこと」

「恋愛って条件じゃないんだ」

「条件」

「あれだから付き合うとか、こうだから付き合うとかじゃないんだ。なんか、こう。この人しかいないって感覚が大切なんだよ」


 これは青年が美樹と居て気付いたことである。


「んふっ、そうよねぇ」


 美鈴はどこか嬉しそうだ。


「あいちゃんも本当のヒロインになりたかったら、そういう恋見つけなきゃ」


 青年はトドメを刺した。


「この人しかいない……」


 愛海は青年の言葉を呟いて撃沈している。


「素晴らしい、お客様、その通りです。さて、話戻って良いか」


 怪人が三度目の正直を発揮する。


「あっ、すみません、どうぞ」

「こほんっ、では二つ目におかしいところだが」

「なんだ、何がおかしい」


 レッドが聞く。


「全員でやる決め台詞、もう一回言うてみい」

「「「「ミネラル戦隊、ウオーター(ボ)」」」」


 戦隊が叫ぶと爆発音が聞こえてくる。


「それだ」

「どれダッシュ」


 達彦はどこか力ない。


「お前だお前、今振られた原因になったその語尾だ」


 しかし構わず怪人は続ける。


「何がいけない生けない花」


 達彦は今度は感情むき出しで反論する。


「前は言ってなかったじゃないか、なんで急に言い出したんだ」


 怪人は細かいことは無視している。


「言い忘れてたなーとうふ」

「何が忘れてただ、忘れたままで良かったではないか」

「これはこいつのチャームポイントだ」


 レッドが庇う。


「可愛いじゃない」


 イエローも一緒になる。


「時々面白いわよ」


 グリーンもだ。


「みんな……かま」


 達彦は嬉しいのか少し感激している。


「言うとってもそれで振られてるじゃないか、俺もやめた方がいいと思うぞ」


 達彦は言い返す事が出来ない。


「そこに触れるな、卑怯だぞ」


 レッドが怒った。


「事実じゃないか」


 怪人が心を抉る。


「わかった。じゃあ、僕が語尾を直して、ピンクの決め台詞直せば戦ってくれます、ね(んど)」


 達彦が必死になって語尾を消した。


「おおー、やれば出来るじゃないか」

「「「ブルー」」」


 他の三人の戦隊が感動する。


「よし、じゃあ次こそは完璧だな。変なことすんなよ。いいな」


 怪人は念を押した。


「ああ、もちろんだ」


 レッドが言う。


「じゃあな」


 怪人がその場を去り、戦隊達もそれに続いた。どうやらショーは終わったようだ。

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