第18話 素晴らしき愛をもう一度 アドバイス2

「ばーか,、ばーか」

「お前の母ちゃんでーべそ」

「お前、きもいんだよ」


 いつぞやも見た夢だ。


「空気読めし」

「頭悪いんじゃないの」

「絶対一生独り身だよね、きっと」

「黙れ」


 青年が言われてきた言葉。


「親のすねかじり」

「独りじゃ何にもできないんだろ」

「なよっちいでやんの」

「僕はーー」


 青年がずっと気にしていること。


「「「何反抗してんだよ」」」

「僕はまともだ」


 コンコンコン。

 ノック音がなる。


「はーい」


 青年はビクッと飛び起きて返事した。


「入るぞ。どうだ、調子は」


 父親が入ってきて様子を聞く。


「全然。なんとかD判定まで来たけどって感じかな」


 青年は先ほど返ってきた模試の結果を手に取りながらそう言う。


「いや、そっちじゃない彼女の方だ」


 父親は呆れたように訂正する。


「えっ、ああ。しっかりデートしてるよ」


 青年はそっちのことかと思ってスッと答える。


「どうだ、段々夢中になってきただろ」


 父親がニヤニヤしながら言った。


「夢中って……まあ、好きだし、ドキドキはするけど――」

「だろ。やっぱり恋愛は良いよな。勉強よりもずっと良い」


 青年の言葉を遮って、父親が話を誘導する。


「ドキドキするけど、それはそれ、これはこれ」


 しかし、青年もそう簡単には流されない。


「はぁ、まだ続けるのか、受験を」


 その様子を見て父親は溜め息を吐いた。


「当たり前じゃん」


 青年は頑なな返事をする。


「どうしてもやるんだな」

「どうしてもやる」

「じゃあ今年で決めてくれ。もし、今年で受からなかったら、なんと言おうが私の進める大学に行くこと。そうしないか」


 父親は取引条件を出してきた。


「もちろん、今年で決めるつもりだよ。美樹さんにも良いアドバイス貰ったし」


 青年にとっては今年の受験は勝算が高かった。


「よし、決まった。じゃあそれで良いな」


 父親も自分の取引が上手くいったので機嫌が良い。


「なんでそんなに勉強させたくないのさ」


 と、ここで青年が疑問を口にする。


「お前には苦労させたくないんだ。もっと楽に楽しく生きて欲しい」


 父親は少し目を泳がせながら言葉を選ぶ。


「だから、なんで」


 青年が更に突っ込んだ。


「それは、その……だから、苦労させたくないんだ」


 父親は少し言葉に詰まって同じことを言う。


「おかしいよ。大した理由もないのに、ダメ、ダメって」


 青年は積年のイライラを口にした。


「いや理由はある。あるがその……」


 父親は口ごもってしまう。


「理由があるなら教えてよ」


 青年が強く訴えかける。


「その……お前が弱い子だからだ」


 ダムの堰が開かれた。


「えっ、弱い子」

「生まれつき、知能がそんなに高くない、からだ」


 開かれた堰は簡単には閉まらなかった。


「……知ってるよ」

「えっ」


 と、意外な言葉が飛び出てきた。


「わかってる、周りと違うってことくらい」

「そうか……」


 父親は青年が言う事実を受け止めるので精一杯だった。


「でもだから、苦労しちゃいけないって勉強しちゃいけないってことにはならないと思う」


 それは青年が今まで感じてきたことの全てだった。父親は何も言うことが出来ない。


「みんな、苦労して生きてるんだよ。パパだってそうだったでしょ。苦労したからお金持ちになれた。それなのに人と違うからって理由だけで苦労しなくて良いっておかしいと思う」

「美佐雄」


 それはとても立派な考えだった。ずっと子どもだと思っていた、ずっと子どものままでしかいられないと思っていた自分の息子の、尊敬出来る考えに父親は少し目を覚ます。


「だから、パパにも応援して欲しいんだ。僕の人生を」

「もちろんさ、もちろん応援する、ただ」

「ただ」

「本来なら医者にかからないといけない人が医者になるというのは、な」


 そうそれでも、父親としてずっと引っ掛かってきたこともある。


「だから、応援してって」

「いや、そうじゃないんだ」

「どういうこと」

「医者になるというのは人の命を預かるということだ。その大役が美佐雄に担えるかと言われると、どうしてもパパは心配になってな」


 他人への責任まで抱えられるほど強くはないと思っている。


「そんなに、ダメかな」


 青年の真っ直ぐな言葉に父親は閉口した。


「僕はそんなにバカなのかな」


 青年が気落ちしている。


「いや、バカじゃない。バカじゃないが」


 そんな息子を見ていられなくてフォローする。


「自信をつけたいんだ」

「自信」


 また、意外な言葉が出てきた。


「人並みに生きていけるって自信を。本当に医者になれるかなんてわからない。わからないけど、難しい学校受けて、受かって。それで胸張って生きていきたいんだ」

「美佐雄」


 これが受験に対する息子の本音か、と父親は思った。


「ダメかな、やっぱり」


 青年の言葉は不安げに揺れている。


「いや、ダメじゃない。……そうか、わかったよ。そういうことなら応援する。思いっきり、思うままに頑張ってみろ」


 その本音がそうであるならば、父親が出来るのは応援だけだった。


「うん、ありがと」


 父親にようやく応援されて、青年は満面の笑みを浮かべた。

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