黄昏が変わる頃

桃丞優綰

第1話 会話の極意 会話が出来ない

 それは深い深い闇の中。一つのライトが青年を照らして、周りを奴らが取り囲んでいる。


「ばーか、ばーか」

「お前の母ちゃんでーべそ」

「お前、きもいんだよ」


 青年は何も言い返せなかった。言い返さなかった。ぼんやりと奴らを見つめている。


「空気読めし」

「頭悪いんじゃないの」

「絶対一生独り身だよね、きっと」

「黙れ」


 そこまで言われて少し反発した。でもその声は訴えかけるものではなくて、独り言のようにポツリとしたものだった。


「親のすねかじり」

「独りじゃ何にもできないんだろ」

「なよっちいでやんの」

「僕はーー」


 それじゃいけないと思って今度は強く主張しようとした。そう、しようとした。


「「「何反抗してんだよ」」」


 そしたらボコボコにされてしまった。手が出せない。話が通らない。為す術がない。


「僕はまともだ」


 そう主張するも、それは闇に吸い込まれるだけだった。


「美佐雄」


 すると声が聞こえてきた。男の声だ。


「美佐雄」


 昴だ。青年の親友の昴の声がする。


「おい、どうしたんだ、美佐雄」


 昴が青年をゆらゆら揺らして起こしてくる。そう、起こしている。そうだ、これは

夢だ。青年は声に導かれて起きることになった。


「悪い夢でも見たのか。うなされてたぞ」


 青年は目を覚まし、ガバッと顔を上げると、こう言い放った。


「僕、変わる」

「うん。なんだいきなり」


 しかし、青年の突拍子のない宣言は昴の頭にクエッションマークを浮かべさせる。


「僕、変わりたいんだ」


 それでも、青年はお構いなしに話を続けるようだった。


「ああ、まあ、それはいいけど。どうしたんだよ急に」


 ここで引かないのが昴が親友たる所以だろう。上手く青年に合わせる技を持っている。


「会話上手くなってちゃんとした大人になるんだ」


 青年は力強く自分の希望を宣言した。ここにきて、やっと昴も話の内容がわかってきた。


「あーあ、そう言う事。俺は嫌いじゃないけどな。お前のその突拍子が無く話が変わる感じ。でも、まあ、上手くなって損することも無し。うん。よし。俺が先生になってやろう」


 昴としても美佐雄のこの会話が出来ない特徴は頭を抱える場面が多かったのもあり、提案を申し出る。本人にやる気があるのだ。少しくらいは好転するだろう。そんな考えが昴の中にあった。


「あっ、昴いたんだ」


 青年は惚けた様子でそう言った。いや、わざとではない。これは天然だ。さすがの昴もこけてしまう。誰に起こされたんだ、誰に。


「いたよ、ずっといたよ。ずっとお前と話してた。……はずだ」


 語尾に向かって段々自信のなくなる昴。それも無理もないだろう。当の本人は素で他の存在を認知していなかったのだ。恐るべきマイペースだ。


「ねぇ、僕、変わりたいんだ」


 昴が再びこけたのは言うまでもあるまい。

「知ってるよ。聞いてたからな。会話が上手くなりたいんだろ」

「何で知ってるの」


 青年が不思議な顔をして昴の顔を覗く。昴ははぁとため息をついた。


「俺の話聞いてたか。ずっといたんだってば」

「やっぱり昴は何でも知ってるね。すごいよ。ねえ、昴が先生になってよ」


 昴は思った。青年は難聴なのではないかと。全くこちらの話が聞こえていない。そしてすぐその思考を取り払う。今までの付き合いから、聞こえる時はあるのだ。いや、言い方が悪かった。聞こえていないはずはないのだ。青年は一点に集中すると何も見えなくなる、聞こえなくなるだけなのだ。自分の世界でしか外界と接することが出来ない。


「お前、本当に何も聞かないのな。やるのは良いけど、というかやるといったのは俺からだが、まず{そうだな、人の話を聞くことから始めようか}」

「うわぁ、やったぁ。昴最高。ありがとう」


 昴はそれとなく核心を突くことを言う。が、それは盛大に遮られた。


「だから俺の話を聞けぇぃ」


 昴が叫ぶのもわかる展開だった。この先が思いやられるのは言うまでもない。果たして青年は会話が出来るようになるのだろうか。まずは昴の授業に期待するしかない。

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