第18話 新しい部屋


「本当に……私が使ってもいいの?」

「良いっていってるだろ」


 私が大声で宣言した日、大地くんは私の手を引いて修一さんの部屋に連れてきてくれた。

 最初に入ったときと、鍵を探したとき以外、この部屋には入ってなかった。

 大地くんの隣の部屋。

 入口に『にいちゃんのへや』って書いてある大切な部屋。

 やっぱり悪くて入口で止まっていたら、背中をどんと押された。

 いたぁい!


「お前ちょっとは考えろよ、いつまでも一階にいたら、邪魔だろ。お前の母さんと俺の父さん、新婚だぞ!!」

「あっ……確かに……。私ちょっと邪魔かな」

「ちょっとじゃねーよ、めちゃくちゃ邪魔だろ! お前が邪魔してるのに気が付いてないから、俺が許してやったんだ。気が付けよ!」

「うん。大地くんありがとう」

「!! はやくやれよ!! 立夏はへなちょこで力がなくてダンボール片づけられないなら、俺を呼べ」

「ありがとう」

「!!」

 

 ありがとうというたびに大地くんが私のほうを見て目を丸くするのが、ちょっとだけ楽しい。

 大地くんは重ねてあった段ボールをおろして、


「お前がケガしたら、みんなが心配して、菜乃花みたいにめんどうなことになるから、言ってるんだ! あいつずっと『足が痛くてなんもできない~』って俺を呼びつけてくる」

「うん、わかった気を付けるね」

「気を付けるっていって、お前ダンボールに素手で触るな、軍手しろ、これを使え!


 すっごくあれこれ言うし、言葉はきつい時もあるけど、実は優しいってもう知っている。

 だから何を言われても一番に頼ろうってまっすぐに思える。

 私は大地くんがおろしてくれた段ボールを開いた。

 この箱の中にはぬいぐるみがたくさん入っている。

 私が大好きなゲーム、ポチャコンのものだ。

 このゲームの中だけに世界があって、住人たちがいるゲーム。

 私はずっと家でひとりだったから、iPadでゲームをしてる時間が長かった。

 一番大好きなキャラクター、ポチャを見て大地くんは、


「お前もポチャコンしてるのか。みんなしてるな」

「大地くんもしてるの? お友達になって!」

「いや俺はゲームよりプレパークのが好きだから。立夏も来いよ!」

「……靴が……泥だらけに……」

「俺が昔はいてた長靴とか、立夏に丁度良い気がする」


 そういって見せてくれた大地くんの足のサイズはすっごく大きくて、お父さんくらい大きくてびっくりした。


「……大地くん、足のサイズ、何?」

「なんだろ。25とか26とか? 自分で買ってないから知らない」

「うっそ、すごい、すごく大きいね。前に足のサイズが大きい人は身長が大きくなるってYouTubeで見たよ」

「そうなのか。みんなこれくらいじゃね?」


 そういって大地くんは足のゆびをぐにぐに動かした。

 ……そうだ。私、大地くんに言おうと思ってたことがあった。

 それを思い出して、正座した。


「あのね、大地くん。私、サッカー習いたいと思って」

「……は?」

「私ね、幼稚園に入ったばかりの頃は運動が大好きだったの。外でお父さんと鬼ごっこするのも大好きだった。でもね、おばけと生きてる人の区別がつかなくて……それでおばけを追いかけたり、隠れているおばけを見つけて『みつけた』って言って。みんなに変な子って言われたの。それで遊んでくれる子が居なくなったの」

「……そっか」

「それでひとりで出来るゲームとかYouTubeとかをしてたの。でも……もう間違えないと思う。なんか、もう分かるようになった」


 修一さんと長く話すようになってから、私に変化が訪れた。

 前は『ちゃんとしてないと』おばけと人間を見間違えた。

 でも修一さんとたくさん話してから、おばけが確実に半透明に見えるようになってきたのだ。

 だからもう間違えないと思う。

 大地くんは完全に戸惑っている。


「でもこの街にはサッカークラブはないんだよ。プレパークでもボール遊びする友達はいるけど、サッカーするほど人数いないし」

「白戸駅にあるって修一さんに聞いた。お母さんに送ってもらおうよ。私、同じくらいの年の子と、全然遊んでこなかったの。だからみんなでする習い事もしてみたいの! お母さんに言ってみる!」

「おいちょっと、立夏待てよ!」


 大地くんに止められたけど、幸次郎おじさんとお母さんにそれを話したら、笑顔で許可してくれた。

 そしてホームページで二人分見学を申し込んだ。

 お母さんはクラブがある場所を見ながら、


「ちょうど東京のフラワーアレンジメントしていた場所の賃料が高くなったからやめて、白戸でもう少しコマ数増やした教室をはじめようかって幸次郎さんと話してたのよ。だから送迎も大丈夫よ」


 と言ってくれた。

 大地くんは戸惑いながら、


「……ありがとうございます。すいません……」


 と言った。

 私は大地くんの背中をパンと叩いた。

 大地くんが驚いて私の顔を見る。


「私、昔はけっこう足が速かったから、すぐ上手になっちゃうと思うな」

「……立夏はあれか? ここから幼稚園まで走るだけでふらふらして、次の日『たてない~』とか言ってたのに、なんでそんなに偉そうなんだ?! ああん?! ああ、落ち着かない。立夏、ボールもってプレパーク行こう!」

「うん!」


 私は大地くんが昔履いていた靴を借りて、プレパークにきた。

 当然だけど足をぶんぶん振るだけで、ボールは全く足に当たらなかったけど、すごく楽しかった。

 帰り道……私は大地くんに先に帰ってもらって、美波高校に寄ることにした。

 実は私が目覚めてから三日。

 一度も修一さんを見ていなくて……気になっていたのだ。

 

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