第15話 嵐とはじまりの夜に
「わあ……やっぱり海が近いと風が強いのかな。すごい」
夕方前から降り始めた雨が窓ガラスをトタタタ……と大きな音をたてて叩いている。
東京で住んでいたのはマンションで、あまり大きな窓もなくて、雨が降っていても気が付かないことも多かった。
でもこの家は窓は大きくて外がよく見える。
そんな小さなことが楽しい。
窓から外を見ていると、デッキ横の階段を誰かが登ってくるのが見えた。
今日はお店を昼にしめて、幸次郎おじさんは東京に行き、フラワーアレンジメントの教室をしている。
お母さんはそのお手伝いに行っていて、ふたりで20時には帰ると言っていた。
だから家には誰もいない。
今日も大地くんと晩御飯を作るんだろうなって少しだけ楽しみにしていた。
チャイムが鳴って小窓から覗くと、菜乃花さんのお母さん……道子さんだった。
私はドアを開いた。
「こんばんは。幸次郎おじさんとお母さんは留守なんですけど……」
「あっ、立夏ちゃんしかいない? そっか。菜乃花来てないかな?」
「いえ、来てないです。数日前には会いましたけど……」
私がそういうと道子さんは、はっとした表情になって私の腕をつかんだ。
「何か言ってなかった? どこにいくとか、様子が変だったとか」
その勢いに圧倒されながら、菜乃花さんのことを思い出しながら話した。
ファミチキを食べたこと……それ以外は普通だったと思う。
道子さんはそれを黙ってきいて、
「そう……その時は普通だったのね。実は菜乃花と連絡が取れなくて。スマホの電源も落としてるみたいで連絡が取れないのよ。それで心配でね」
「えっ……」
「もし何か小さないことでもいいわ、何かあったら連絡してね。家には誰かいるから。あとこれ私の携帯番号ね。かけ方わかる? そこの固定電話でかけられるからね」
「はい!」
私は静かにうなずいた。
ドアがしまって、すぐに大声で、
「修一さん!!」
と叫んだ。
海側の壁をすりぬけて修一さんが出てきた。
表情は完全に困惑していて、そのことを知っているのがすぐにわかった。
私はあわててかけよる。
「修一さん、なにがあったんですか」
「いや、俺もさっき聞いて菜乃花の家まで行ってきたんだけど大騒ぎになってた。スマホの電源は入ってなくて夕方に会う予定だった人の所に来なかったようだ。それくらいならきっとここまで心配されない。ただ……」
修一さんは言葉をどんどん小さくして、口を閉じてしまった。
私は触れられないと分かっていても、近づいて叫ぶ。
「ただ?!」
「部屋にあった日記に……『修一に会いにいく』って書いてあったって道子さんが言ってて」
「そんなの……!!」
「そうだ、そんなの……どうしよう……そんなの絶対だめだ。待ってくれ、心当たりに行ってみる」
「行っても話せないじゃないですか!!」
「……そうだ、その通りだ。そうだ、ダメだ、混乱してる」
修一さんが目を伏せた横、玄関のドアがガンと開いて、
「おい立夏、聞いたか」
と大地くんが走りこんできた。
プレパークで遊んでいた時に道子さんが探しに来たのだろうか。
泥だらけの服のままで、雨でぬれたのか、さらにグチャグチャになっていた。
私はコクンと頷いた。
大地くんはクッ……と目をかたく閉じて目を開いた。
「お前……どうして俺がプレパークにいるって知ってたんだよ」
「……」
「兄ちゃんに聞いたのかよ、だから俺があそこにいるって知ってて、それにあんな分かりにくい場所に自転車で来たのかよ、なあ」
そういって大地くんは私の肩をつかんだ。
ガクンと揺れて怖くてうつむいてしまう。
でもその手が小さく震えていることに気が付いて……顔をあげた。
大地くんの目はまっすぐで真剣だった。
「忘れたほうがいいと思ってた。忘れようとしていた。兄ちゃんが見えるとか言わないなら、立夏はいいやつだよ。せっかく妹が出来て楽しくなってきたのに。なあ、信じたくねーよ。兄ちゃんが見えるなんて。でもさあ、教えてくれよ、兄ちゃん、なあ、ここら辺にいるなら、菜乃花がどこにいるかわかるだろ?! 兄ちゃんならわかるだろ!」
横にいる修一さんを見ると、静かに首をふって、でも顔を上げた。
「……考えよう。俺と立夏ちゃん、それに土地勘がある大地があれば動ける。俺だけじゃだめだ、立夏ちゃんだけでは動けない、大地がいれば、動ける」
「はい」
私はコクンと頷いてそのまま大地くんに伝えた。
大地くんはまわりをゆっくりと見渡した。
「……それは、本当に、兄ちゃんがここら辺にいて、言ってるのか?」
私はこくんと頷いた。
そして口を開く。
「もうこんな状態になったら、嘘とか本当とか、言ってる場合じゃないよ。私は本当のことを言ってる。私は修一さんと話せるの。だから菜乃花さんがいる場所を一緒に考えられるよ、信じて!」
大地くんはコクンと頷いて、ドロドロの服を玄関に投げ捨てた。
「……わかった。外は嵐だ。探すって言っても立夏をひとりで出せない。でも俺は知り合いも多いし、みんな連絡取り合って動いてる。だから考えよう。兄ちゃん、どこにいると思う」
「もう見たと思うけど、まずは美波高校の体育倉庫裏を見てくれ。俺たちはいつもそこにいた。あとはサッカー部の部室。あそこは窓の鍵が壊れてて入れる」
そのまま伝えると、大地くんは家の電話で誰かにそれを伝えてすぐに切って、
「でも兄ちゃん。兄ちゃんに『会いに行く』って言ってるんだぜ?」
「俺の墓は……」
そう伝えると大地くんは首をふって、
「菜乃花の母ちゃんが見に行ってた。いないって。そもそもアイツは修一は墓なんかにいないっていつも言ってたよ」
「そうなると……待ってくれ……思い出がある場所なんて……無限にありすぎて……」
そう伝えると、大地くんは叫んだ。
「全部言えよ!! 兄ちゃんはいつも言わない、伝えない、だからこんなことになってるんだ! 全部言え!! 菜乃花まで持って行くな!!」
その言い方が痛くて、つらくて、聞いているだけで泣きたくなる。
でもそんな場合じゃない。
修一さんはハッとして姿勢を正した。
「よし。小学校いく途中にあるトンネル分かるか。あの山な、横に俺たちがつくった階段があるんだ。そこから海が見える場所にいける。ただ足場がかなり悪いからこの雨だと……」
そう伝えるとすぐに電話をもって、
「そこはゴンドーに行ってもらおう」
と大地くんは言った。修一さんは頭を抱えて、
「その先に小さな小屋を作った。もう残ってないかもしれないけど」
「伝えた! あとは?」
「ゴンドーが行くなら、プレパークの山を一度徒歩で降りるように言ってくれ。あの山の中腹あたりにお地蔵さんがあるだろう。そこの横でお菓子をよく食べた」
「それはプレパークに残って連絡を待っている他のお母さんに見てもらう。ゴンドーはもう自転車で出てる」
修一さんが言ったことを大地くんに伝えると、すぐに電話して近くにいる人を繋いでいく。
同じ年齢だと思えないほど大地くんはキビキビと動いた。
数分後にすべての場所を見て連絡がきたけど、菜乃花さんはいなかった。
「兄ちゃん、他には?!」
「『俺に会いに』俺しか知らないこと……ちょっとまて……待てよ……大地、俺の部屋に行け! それで机の下とか、横とか見てくれ」
言われてふたりで修一さんの部屋に入った。
大地くんが机の下に潜り込んでみるが……何もない。
周りを見ても、何もない。
修一さんは口に握りこぶしを当てた状態で考えて、
「じゃあ裏だ。前はこんな壁にくっついて設置してなかった。引っ張り出せ!」
と腕を大きく振った。
言われて大地くんとふたりで机を動かそうと持ってみたが……ものすごく重たい!
学校の机を10個くらい一気に持ったような重さにびっくりした。
「パソコンとか置ける重たいデスクだからな。がんばれ!」
修一さんに言われて大地くんと持ち上げようとしたけど少しも動かない。
私は手が痛くなってきてしまって、
「大地くん……ごめんなさい、どうしよう、手が痛い」
大地くんはコクンと頷いて
「立夏、危ないから退いてろ。俺が何とかする!」
と言った。大地くんは、横に立って思いっきり机を押した。
すると机がズルルと床の絨毯と共に動いた。
私は足元が動いたので、驚いて尻もちをついてしまった。
机はずっと動かしていなかったので、絨毯にめり込んで一体化していた。
動いた机の裏にはたくさんのものが落ちていたけど……よく見ると机の裏側に封筒が貼り付けてあった。
「……こんなの付けてたのか」
修一さんはそれを見て言った。
私は思わず、
「こんなのって……付けられてたのを知らなかったんですか?!」
修一さんは首をふって、
「キスされた後……部屋に菜乃花がいて机の下にもぐりこんでたんだよ。何してんだって言ったんだけど『大人になるまで秘密、見ないでね』って言ってたんだ……」
許可を取って封筒の中を見ると、中に青い花の押し花と、鍵が入っていた。
それを見た大地くんがすぐに言う。
「ネモフィラ?」
私は花に詳しくないのですぐに分からない。
こんな一瞬ですぐにわかる大地くんは、きっとたくさんお店のお手伝いをしてきたのだと分かった。
修一さんはそれを見て、顔をあげた。
「これ……ちょっとまてよ……あれだ、海水浴場の横だ、あの幼稚園裏から入った所の、大地分かるか?!」
「分かる!! 立夏、来い、合羽これを着ろ!!」
渡された上着を来て、私と大地くんは雨の中飛び出した。
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