第14話 大地くんの居場所


 美波街に来てから一週間経った。

 三月だった日付は四月になった。

 四月の十日には入学式があるので、学校が始まるのはもうすぐだ。

 それまでにミサンガを見つけたくて、ずっと美波高校に通っているけど……見つからないままだ。

 美波高校の事務員さんとも知り合いになってしまったけど、探しものをしていると伝えると忙しいのか、それ以上は聞いてこなかった。


 菜乃花さんは、何度も私がさがしているところに顔を出した。

 手にはいつもファミチキを持っていて、それだけで笑ってしまう。

 私が何を探しているのか、気になっているみたいだったけど……あまり深く聞かなかった。

 ただ一度だけ。


「ここで何をしてるのか言わないってことは、聞かないほうがいいことね……そうよね……」


 と言った。

 私は何も言えなくてうつむいた。

 修一さんがどうして死んでしまったのか、その理由も知りたいし、今の状態に納得ができないというのは見ていて全部わかった。

 聞きたいんだろうなあ……というのは、なんとなくわかったけど、それでも何かを言いかけては黙っていた。

 正直私は、そんな姿をみるたびに心が苦しくなっていった。

 やっぱりこんな能力要らない。

 誰にも信じてもらえないのに、その人の気持ちを困らせるだけだ。

 それでも……修一さんみたいに困ったおばけの手助けをしたいと思うのは、ダメだと思う自分を満たしてあげたいからだろうか。

 人を悲しませてばかりいる私だけど、おばけの役には立てるという満足感がほしいから?

 そんなことを考えながら、ずっと探し続けた。

 ……でも見つからなかった。


「……ふう」


 見つけてあげたいのに、見つからない。

 悲しくて、情けなくて、イヤになってしまう。

 ぐるぐる考えていると、横にふわりと修一さんがおりてきた。


「立夏ちゃん。今日はもう帰ろうか。大地がいるところ、少し覗かない?」

「大地くん……毎日どこかに行ってますけど、どこにいるんですか?」


 昨日私たちが挨拶にきた日からずっと大地くんは家にいない。

 どこかに出かけているようだった。

 朝出かけていって、夕方には帰ってきているようだった。

 修一さんは、


「プレパークっていう子どもの遊び場があるんだけど、大地はそこにいると思う」

「プレパーク?」


 聞いたことなくて聞き返した。

 修一さんは「こっちにあるんだ」と角を曲がった。


「一見普通の公園なんだけど遊具はないんだ。それでプレリーダーていう管理人がいる」

「へえ……プレリーダーさん。マンションの管理人さんみたいな感じですか」

「そうだね。でも管理というより見守って一緒に遊ぶかんじかな。そこでは火をつけたり、自由に地面を掘ったり、建物を作ったりできるんだ」

「えっ?!?! それはプレリーダーさんがするんですか?」

「いや子どもが自由に遊べるんだ。火をつけて昼ご飯も子どもたちが作ったりしてる。食器も置いてあるんだぜ」

「えーーっ、すごく楽しそうです」

「でもまあ……自己責任だから、なかなかすごいんだけどね」

「?? どういう意味ですか?」

「まあ行ってみれば分かる」


 修一さんのついて住宅街の奥に入り、細い道を走り、また小高い丘を自転車を押して登る。

 登りきるとそこも美波高校と同じように海が見えてきた。

 美波街は丘に登るとすぐに海が見えて……それが本当に気持ちがいい。

 丘の上をには大きな木とログハウス、それにアニメでしか見たことないような巨大なブランコが見えた。


「!! すごい……あれハイジみたいなブランコですね」

「木の間に渡して作ったオリジナルブランコね。正直信じられないくらい揺れて怖いけど」

「楽しそう……!」


 そういって近づくと、足がズボンと生あたたかい何かに突っ込んだ。


「……?」


 みると巨大な泥の穴があいていて、そこに足が完全に入っていた。


「っ……!! 新品の靴がっ!!!」


 慌てて穴から出たけど時すでに遅し。

 小学校卒業記念に、お母さんに靴を買ってもらった真っ白でお気に入りのブランド品が泥だらけになっていた。

 中学校にはいていくのを楽しみにしていたのに!

 うさぎさんが付いている靴下も茶色に……!

 公園に泥の穴があるなんて信じられない!


「大丈夫?」


 しょんぼりしていると、公園から茶色の人がきた。

 茶色?!

 よく見ると、顔の目の周りはぎりぎり泥がついてないけど、服は全部泥だらけ、なんなら足先まで全部泥だらけの大人の人が近づいてきた。

 私は足を気にしながら、


「大丈夫です……けど……すごい……ですね」

「今日は春休み紅白泥団子対決してるからさ」

「へっ?!?!」

「幼稚園から高校生まで……いや大人もいるけど、みんなで泥団子をぶつけ合う熱い戦いなんだ。勝者には特製べっこうあめもあるよ?」

「いえ……あの私は……」


 泥団子をぶつけあう?!

 そんなことしたら、服はダメになるし、なによりお母さんに怒られる。

 そんなのありえない!

 全身茶色の人の横にするすると修一さんがおりてきた。


「この人がプレリーダーさん。子どもと全力で遊ぶことを仕事にしてる」

「プレリーダーさん……」


 私が思わず呟くと、プレリーダーさんは、


「そう! よろしくね! プレリーダーのゴンドーです。ここら辺では見ない子だね。旅行かな?」

「私……お母さんの再婚で引っ越してきた……斎藤……いいえ、お母さん再婚したので五十嵐立夏になりました」

「あーーーっ、大地のところの! 大地も戦ってるよ、あいつは赤軍のリーダー。ほらあそこにいる」


 言われて木の影を見ると、そこに大地くんがいた。

 大地くん……たぶん大地くん……?

 ゴンドーさんみたいに全身泥だらけで、朝の服装とはまるで別人。

 なにより小さな子に泥団子を作って渡してあげて、泣いている子の面倒を見ている。

 それなのに誰より泥団子を投げつけられていて……うわあ……すごい……無理……。

 見ていると、こっちのほうに来た。


「おい、ゴンドー。お前いつまでサボってるんだ。負けるじゃねーか。あっ……」


 そして私に気が付いて黙った。

 ゴンドーさんは、


「この子が妹ちゃんなんだ、可愛い子だなあ、大地良かったなあ」


 ゴンドーさんは大地くんの背中をバンバン叩いてるけど、大地くんは私を見て恥ずかしそうに目を逸らした。

 私はなんとなく、許可なく大地くんの世界に踏み込んでしまった気がして頭を下げてそこから帰ろうとした。

 すると大地くんが口を開いた。


「立夏、靴。そのまま家に入らず外の水道で洗えよ。ちゃんと洗剤とか、置いてあるから。そんなことで父さんは怒らないから安心しろ。ここに来るなら、もっとどうでもいい靴で来いよ」


 えっ……。

 ここに来るなら……?

 そういって大地くんはパーーッと走って木の下に戻って行った。

 ゴンドーさんは苦笑して、


「大地、妹ができるってすげぇ楽しみしてたんだよ。そっかー、よろしくね。あいつ素直じゃないけど、すげー優しくていいやつだから」


 私はそれを聞いて頷いて、


「知ってます。ご飯の作り方とかも、教えてくれたんです」

 

 と答えた。

 ゴンドーはにっこりほほえんで、


「あいつここでもご飯作ってるからな! また来てよ。そうだね、もっと服はどうでもいいのがいいよ~」


 そう言って泥団子が飛び交う広場に戻って行った。

 私の横にふわりと修一さんがおりてきた。


「母さんも元気だったころはここのお手伝いしてた。大地は子供の頃からここに出入りしてるんだ。サッカーやめてからも、ここで小さい子や大人とボール蹴ってる」

「居場所なんですね」

「そうだね。さて、帰って靴を洗おうか」

「……はい。汚れ、落ちますか……?」

「うーん、たぶん?」

「えっ……そんな……気に入ってるのに……」


 私は絶句した。

 でも振り向いて大地くんを見た。

 大地くんは笑顔で泥団子を投げて、子どもたちと遊んでいる。

 それに……洗う場所も「ここに来るなら」って言ってくれた。

 そんな小さな言葉がすごくうれしくて自転車にまたがった。


 家に帰ると、その水道には本当に洗剤とバケツ、それにブラシが置いてあった。

 実は上履きは洗ったことあるけど、運動靴を洗うのははじめてで難しくて上手にできなかったけど、なんとか泥は落ちて安心した。

 でも……大地くんのあの服の泥は落ちるのかな? ここで脱ぐのかな?

 そんなことを想像すると少し楽しかった。

 部屋に入ると海の向こうからゴロロ……と雷の音が聞こえてきた。

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