第13話 ふたりでご飯つくり
「つかれた……」
「ごめんね、面倒なことを頼んで」
「いえ、大丈夫です。探します」
菜乃花さんはファミチキを食べてから帰った。
私は修一さんと夕方になるまでずっとミサンガを探したけど、どこにも見つからなかった。
そんなに簡単に見つかるわけないよなあ。
ミサンガって細いひもだし、土とか付いてたら落ち葉と見分けがつかないかも。
土にもぐっちゃってる可能性も高いし、もう少しほってみよっと。
いつもは部屋でひとりですごしてたから、つかれちゃった。
家に帰ってくると、台所に大地くんがいた。
「おかえり」
「あっ……ただいま……」
同級生の男の子に「おかえり」と言われたのははじめてでドキドキしてしまう。
それに大地くん、エプロンをしている。
そして台所でお肉を切っていた。
私はかけよる。
「えっ……大地くん、料理ができるの?」
「父さんはずっと仕事で忙しくて母さんがいなかったから、最低限のことはできる」
「えっ、すごい、料理なんて、すごいね」
私は驚いてしまう。
私も同じ……お父さんがいなくてお母さんひとりだったけど、料理なんてほとんどしなかった。
お母さんは仕事で遅くなることもあったけど、晩御飯は冷蔵庫に入っていて、それを温めて食べていたから。
今日幸次郎おじさんとお母さんは、商店街の人たちが再婚のお祝いをしてくれるということで、街の集まりに行っていた。
だからお母さんがつくった晩御飯が冷蔵庫にあるんだろうな~って思っていた。
大地くんは冷蔵庫から焼きそばのめんを出して、
「俺と立夏だけで食べるなら、作っていかなくていいって言ったんだ」
「えっ……」
「料理ってすごく大変だから。立夏のお母さん、こっちきたばかりで色々大変なのに、俺たちのぶんだけつくるなんて、しなくていい」
「そんな風に考えたことなかった……」
晩御飯は家にあるもの。
それを温めてたべるもの。
そう思ってきた。
作っているお母さんの苦労なんて考えたこともなかった。
大地くんはめんを電子レンジに入れて、
「それに俺は料理結構好きなんだ。立夏、全然料理できないのか?」
「……うん。したことない」
「俺もずっとそうだった。でも俺が……すこしだけお兄ちゃんだから……教える」
「うん!!」
「今さらだけど……よろしく……」
大地くんは目を逸らして小さな声で言ってくれた。
「よろしくお願いします!!」
私はうれしくて大きく頭を下げると、想像より頭を大きく下げすぎたのか、机にバシーンとおでこをぶつけてしまった。
「いたぁぁいい!!」
「お前ちょっとまてよ、なんだそれ。そんなギャグ見たことないぞ」
「だって……うれしかったから」
「……赤くなってるぞ、あほか」
「いたぁあい……」
おでこがじんじんして涙が出てきてしまう。
大地くんは冷蔵庫から冷えピタを取り出しておでこにはってくれた。
ひんやりして気持ちがいい。
大地くんはお肉を包丁で切りながら、
「……なんか、立夏がいると騒がしくて、菜乃花と兄ちゃんが毎日いたころを思い出す」
その言葉に思わず私は黙ってしまった。
修一さんは家に帰ってきたときから、姿が見えない。
もう少し探してみると言っていたから、美波高校でミサンガをまだ探しているのかもしれない。
石とか葉っぱとか、今日私がかなり動かしたから。
大地くんはお肉を切って小さな入れ物に移動させて、包丁を泡立てて洗い始めた。
「立夏は今日どこに行ってたんだよ。もしかして……」
「!!」
考えていたことを知られてしまったようでドキリとする。
でも大地くんは静かに首をふった。
「いや、もう気にするのはやめる。わすれる、ごめん。やっぱり気になるけど、俺には見えないし」
そういって大地くんは電子レンジからめんを取り出して、今度は野菜を袋のまま入れた。
袋のまま電子レンジに?!
驚いていると、
「こうするとすぐに火が通って楽なんだ。野菜って思ったより火が通らないから先にこうしてる。俺が作るから、立夏、おばさんが作ってくれたサラダ出して。何も作らなくていいって言ったのに、サラダと味噌汁、それに煮物を作ってくれたんだ」
「うん!」
私は大地くんに言われた通り、冷蔵庫を開いた。
他の家の冷蔵庫はちょっと新鮮だ。
前の家でずっと食べていたヨーグルトとか入ってるけど、納豆とか、ドレッシングとか、前の家にはなかったものがたくさん入ってる。
冷蔵庫の中をよく見ると、ラップがしてあるサラダがふたつ入っていた。
お母さんはいつもサラダにゆで卵をのせてくれる。
これこれ! これにマヨネーズをかけてたべるのが大好き。
それを出して煮物も探す。
煮物はカボチャとひき肉のとろとろ煮だった。おいしそう!
それを電子レンジに入れると、大地くんが使い方を教えてくれた。
電子レンジくらい使えるけど、新しいとよく分からないし。
そしてフライパンに火をつけて、お肉を焼き始めた。
じゅうじゅうと美味しそうな匂い!
その手つきはお母さんみたいに慣れてて、すごい!
私は大地くんの隣に立ってのぞきこむ。
「大地くん、すごい。上手だね。私もそんな風にできるかな」
「肉をいためてるだけだし」
「火をつけるのが怖いよ。前に火をつけようとしたらつかなくて、ちょっと経ってから付けたらドカンって大きな火が出たの。ほんとうに怖くて、あれからお母さんが禁止したの」
そう言うと大地くんは目をまるまるくして、
「お前……よく生きてたな。それガス爆発だぞ。家がふっとぶぞ」
「お母さんもそういってた。だから私は火をつかっちゃダメだって言われてたの。だから大地くんすごい!」
「……電子レンジから野菜とって」
「うん。……あっつい!! 大地くん、なんか熱い水が出てきた、うわああん……」
言われた通り電子レンジから野菜が入った袋を出そうとしたら、袋に穴があいていたみたいで、そこから出てきたお湯に触れてしまった。
大地くんは火をとめて、すぐに私のところにきてくれた。
「ごめん、袋が破けてたんだな。大丈夫か? すぐに冷やせ」
「びっくりした……料理って、無理ヤダ……痛い……」
「そんなすぐに上手にできるわけないだろ。ほら、ここで冷やしてろ。やけどは冷やしてればよくなるから」
そういって大地くんは野菜の袋をひょいともって、フライパンに入れて、てきぱきと炒め始めた。
私は指を冷やしながら、
「……大地くんって、クラスの男子と全然違う……」
とつぶやいた。
だって同じクラスだった男子は、すごくいじわる。
朝からランドセルをけってくる子もいたし、学校では騒いでばかり。
宿題をやぶったり捨てたり、先生を叩いたり、廊下で転がりまわったり。
そんな男子しか知らなかったから、料理ができて、気を使ってくれる男の子なんて、はじめて。
男の子はみんなそういうものだと、決め込んでいた。
だから同級生のお兄ちゃんが出来ると聞いて、実は少しだけ……イヤだったんだ。
大地くんは、
「ひとりだった時間が長いだけ。それに料理は好きなんだ。そんなこと言ったら立夏だって……いいや、出来たぞ」
そういって大地くんはフライパンを机に上に置いた。
そこにはお母さんが作るのと同じくらいおいしそうな焼きそばが出来上がっていた。
「いただきます」
「いただきますっ!」
お皿に半分こしていただきますした。
でも少しだけお野菜が大きくて……なんとか必死にお母さんが作ってくれた味噌汁で飲みこんだ。
お母さんが作ってくれる焼きそばのお野菜は、すごく小さく切ってあったから。
この焼きそばの野菜は大きくて、キャベツの芯がすごく堅かった。
私はすごくお母さんに甘やかされてきたんだな……と大地くんを見ていると思う。
大地くんは大きな野菜もちゃんと食べていたけど、ふと昨日の夜のことを思い出して、
「大地くん……ナス嫌いなの?」
と聞いてみた。
大地くんはバツが悪そうな顔で私のほうを見て、
「立夏は何でも食べられるのかよ」
と聞いた。
私は、せっかく作ってくれた野菜の芯が堅くて苦手とは言いたくなくて、
「私もナスは嫌い」
と答えた。
ナスは幼稚園の時からずっときらい。
小学校の給食のカレーはナスが入っていて、それがものすごくイヤだった。
夏野菜のカレーというもので、夏じゃない五月から出てきて、夏が終わる秋まで出てきていた。
ぜんぜん夏じゃないし、せっかく美味しいカレーなのにナスがどろどろしていて、それが大嫌いだった。
そう伝えると、大地くんはパアアと笑顔になり、
「だよなあ? べちゃべちゃしてて、全然美味しくないよなあ?!」
と笑った。
そして、
「自分で作ると食べたくないモノは食べなくていいのがいい。俺わりと好き嫌い多くて菜乃花にずっとバカにされてる」
と口をとがらせて言った。
その言い方がなんだかやっと私が知っている同級生でうれしくなってしまった。
「菜乃花さん、大人なのに別のところで会った時も、すごく転んでた」
「そんなのさっき机に頭ぶつけてた立夏が言えるかよ!」
そういわれて、確かに、と思いながらおでこに張った冷えピタに触れた。
もう痛くないけど、冷たくて気持ちがいいからお風呂に入るまで貼っておこうと思う。
大地くんはお皿を片づけながら、
「……夜ご飯、ひとりのことが多かったけど、ふたりも、悪くない」
と言った。
それは私も同意見で、
「うん!」
と答えた。
なによりまた大地くんと少しだけでもお話ができて、大地くんのことを知れて、それだけで嬉しいと思った。
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