第11話 ミサンガを探そう

「じゃあ悪いけど下を頼むね。俺は葉っぱ動かしたりできないから」

「なるべく動かしてみます!」

「わりと暑いから20分に一回お茶を飲んでお休みしよう。立夏ちゃんの体調が優先だ」

「今日はけっこう暑いですね」


 修一さんは、もう死んでしまっているけど、それでも「お兄ちゃん」だ。

 ずっと家にひとりだったから、こういうのはうれしい。

 お兄ちゃんとか妹がいる子が「ウザイ、マジで無理」って言ってたけど、うらやましいなあと思ってた。


 私は校舎をみて……地面を見る。

 あそこから落ちて、風に流されたなら、こっち側とか……?

 大きな木と石がたくさんある庭というより薄暗い森のような所で、私は木の枝で葉っぱを移動させながら探す。


 修一さんが亡くなったのは四年前だって。

 四年前って私が三年生だったころ?

 すごく前に感じる。

 そんな前に落としたものが見つかる確率は低いと修一さんも言っていた。

 無いなら無いで、永遠に出てこないという安心感がほしいんだと思う。

 自分が捨てたミサンガを追ってお兄ちゃんが死んだと知ったら……すごくつらいと思う。

 だってそれを知っても修一さんは戻ってこないんだもん。

 だったらみつけて、秘密にしてあげたいと思うのは間違ってないと思う。

 とりあえず、葉っぱの中とか、石の下。

 そういう誰かがすぐに見つけられる所になければいい。

 ごそごそと葉を片づけていたら後ろから声がした。


「立夏ちゃーん、おっはよー!」

菜乃花なのはさん!」

「昨日は楽しかったねー! 立夏ちゃんが来てくれたから満点屋のカルビ食べられた! 美味しかったあ~。きてくれてほんとありがとう!」


 その口元はむにゅむにゅしていて、お肉の味を思い出してるみたい!

 菜乃花さんは昨日話しただけで、私は大好きになってしまった。

 明るくて元気で優しい人。

 それに菜乃花さんがバーベキューに誘ってくれたおかげで、大地くんと少しだけ話せた。

 あのまま家に帰ったら、一言も話せなかった。

 菜乃花さんは今日は髪の毛をポニーテールにしてる。

 その先を手で触りながら、


「実は昨日ね。大地から……聞いちゃったんだけど」

「あ……はい」


 その言葉にはっとして、うつむいた。

 聞いたってもしかして……。

 菜乃花さんは私をまっすぐに見た。


「修一が見えるって……本当?」

「えっと……」


 昨日大地くんと菜乃花さんは、お肉を食べながらふたりで話していた。

 その時に聞いたんだろうか。

 それを聞いて私はうつむいてしまう。

 菜乃花さんは髪の毛に触れながら、


「大地がどうしても気になるって……嘘だと思いたいけど、嘘だと思えないって。大地とは長い付き合いだからわかるんだけど……あの子すごく動揺してた。あの子あの年齢にしては珍しいほど冷静なヤツなのに、まるで自分に言い聞かせてるみたい。一晩中ずっと考えて……今日もここに立夏ちゃんが『もし居たら』本当に修一が見えてる可能性が高いなって、思ってきたの。そして『居た』」

「えっ……」


 私がドキドキしていると、横に修一さんがふわりとおりてきた。

 菜乃花さんは続ける。


「だって昨日ってこの街にきた初日よね。その日にこれから行く中学校を見に行くならわかるけど、ここは美波高校。立夏ちゃんに関係がないわ。スマホも持ってない。その状態でここにくるのは立夏ちゃんには難しいんじゃないかしら? 駅からも離れてるし観光スポットでもないわ」


 私はだまった。

 だってその通りだもん。

 はじめての街でここまで自由に動けるのは、修一さんがすべて教えてくれるからだ。

 東京にいたときは小学校と家の付近、行っても駅前しかひとりでお出かけしてなかった。

 こんな遠く、はじめての場所、ひとりならぜったい来なかった。

 菜乃花さんは続ける。


「でもね。それを立夏ちゃんに聞いて、本当かウソかなんて、答えても、答えてくれなくても、とりあえず事実を見ようと思ったの。今日も立夏ちゃんは何の関係もない美波高校……しかも生徒さえ近づかない裏庭にいる。ねえ……もし……見えてるなら……ひとつだけ聞かせてくれるかな? 修一は、元気?」

 

 修一は、元気?

 コップから水がこぼれるように、菜乃花さんは言葉をあふれせるように、震えて言った。

 そんなの……。

 私はうつむいて唇をかんだ。


「……死んじゃってる人に、元気って……どうなんでしょうか……」

「よく分からないの。もしそんな、死んじゃった修一と話せる可能性があるならあれも聞きたい、これも聞きたいって思ったけど、元気かなって。まずそれを聞きたいって思っちゃったの。そんなことあるはずないって百回くらい思ったけど、状況から考えると……立夏ちゃんがここにいるのは変よ。だってここは修一が落ちていたところよ。お願い、これだけ聞かせて。修一は笑顔かな?」


 まっすぐに私を見て目から大粒の涙をぽろりとこぼして菜乃花さんは言った。

 私は、横に立っている修一さんを見た。

 修一さんは私を見て、顔全部を使って笑顔になって頷いた。

 見たまま答えていいよ。

 そう言っていると分かった。

 私は震えるように声をしぼりだして、


「……元気です」


 と答えた。

 そういうと菜乃花さんはとろけるような表情になって、


「そう! 元気なの。そう……。どーーせ昨日も『菜乃花は生肉食べるから』とか言ったでしょ? もう大人だから食べないっつーの! なにより……死んだこと後悔してるでしょ。そういう男よ。バカでドジであほなんだから。これが嘘でもなんでもいいの。ただ誰かと修一の話ができるのがうれしい。みんな最近話してくれなくて! 私、この街から出たけど、やっぱりこの街に戻ることしか考えれなかった。正直大学行って初日に後悔した。どうして修一がいる美波街を離れたんだろうって。修一との思い出がある場所にいるだけで幸せだったのに。それで市役所で働くってきめて、すぐに戻ってきたの」


 そう言って菜乃花さんは目をグイを服で拭いた。

 私の横にいた修一さんがふわりと移動して、菜乃花さんの横に立った。

 そしてすべて受け入れたような表情で、


「バカでドジであほでごめん。後悔してるよ」

「っ……!」


 私はうつむいた。

 その言葉を菜乃花さんは聞こえてないのに、振りほどくように、


「ごめん、子ども相手に何話してるんだ、私は。自分が気持ちよくなるためにぶちまけただけだ。色々考えて、どうしても言いたかった。でもね、わかんない事をグダグダ言わない、だからこれ以上聞いたりしない。でももし修一と話せるなら、あの時のこと……あーーーっ、もうやっぱだめ、一回コンビニいってファミチキ買ってくる。食べる?!」

「あっ……はい」

「ファミチキいいよね、ファミチキとおにぎりにしよう、それとファンタオレンジ。立て直すぞ菜乃花!!」


 そういって菜乃花さんは走って……また木の根ですっころんだ。


「ぶは!」


 私の横で修一さんが笑った。

 菜乃花さんは「もういや~~」と言いながら坂をくだっていった。

 修一さんは私を見て、海のほうを指さした。


「休憩しよ? ファミチキもくるみたいだし。いいなファミチキ。俺も食いたい」


 と苦笑した。

 

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