第10話 結果あれは恋だった
チュンチュンと鳥が鳴く声がして目を覚ました。
昨日の夜ははじめて眠るところは少しドキドキしたけど、横にお母さんがいるから眠れた。
洗面所で顔を洗ってから台所に向かうと、ちょうどお母さんが朝ご飯を出すところだった。
幸次郎おじさんと大地くんもいる。
「おはようございます」
「立夏。おはよう。朝ご飯出してあるわよ」
お母さんは、味噌汁をテーブルに置きながら、
「お母さんは今日から本格的にお仕事するから。立夏はひとりで平気?」
「うん! 街がすごくきれいでね、お散歩してるだけで楽しいの」
「良かった」
お母さんは今朝五時から幸次郎おじさんと市場に行って、お花を仕入れに行っていた。
一緒に寝ていたから音で少しだけ起きたけど、またすぐに眠ってしまった。
お花屋さんの朝は早くて、作業も多い。
でもお母さんは「もっとお花屋さんがしたい!」って言ってたから、うれしくて仕方がないんだと思う。
ここに来てから、目がキラキラしてて、すごく楽しそう!
私は朝ご飯をたべはじめた。
いつも通りお母さんが作ってくれる朝ご飯なのに、食器と食べている場所が違う。
それにおはしも違って、そんな小さなことで「引っ越してきた」ことに気が付く。
そう、今までとは違うんだ!
「お母さん。私もこの家の子になったんだから、お店のお手伝いもする」
と言うと、目の前に座っていた幸次郎おじさんがほほ笑んだ。
「嬉しいな。お掃除とかホームページの更新とか、イベントとかもたくさんあるんだよ。手伝ってくれる人が増えるのは助かるよ。まずは街に慣れて、学校に慣れて。それで余裕が出てきたらお手伝いしてくれると助かるよ」
「はい! 何も分からないけど、少しずつ覚えたいです」
私がそういうと、横に座って朝ご飯を食べていた大地くんは、
「わりと力仕事が多いけど大丈夫なのかよ。昨日、手が痛いって椅子ひとつ運べなかったのに」
とチラリと私のほうを見て言った。
昨日バーベキューの時、途中から菜乃花さんのお父さんがきた。
だから椅子をリビングから運ぼうと思ったんだけど、重たくて上手に運べなかった。
困っていたら大地くんが軽々と持って行ってくれた。
私が、
「力はないけど、お掃除とかなら、出来るもん!」
と言うと大地くんは目をほそめていじわるな表情になり、
「昨日落とした肉で転びそうになってたのに?」
「! 暗くて見えなかったんだもん!」
「昔の菜乃花と同じ言いわけしてる。まあ菜乃花は昨日も転んでたけど。まあやってみれば?」
そういって「ごちそうさまでした」と食器を片づけて、リュックサックを背負い家から出て行った。
幸次郎おじさんはお茶を飲みながら、
「少しずつ慣れてきてる、かな? 中学生だからってもあるけど、昔からああいうタイプでね……ごめんね、立夏ちゃん」
と私に向かって謝った。
お母さんは私の横に座って、
「突然他人……再婚したから他人じゃないですけど、やっぱり大地くんからしたら他人ですよ……その私たちが家に入り込んできたんだから落ち着かなくて当然です。立夏のいう通り慣れるまで私たちは一階で眠ります。大地くんは悪くないですよ」
と言った。
私はお母さんが好きな人が出来たことに、わりと早い時点で気が付いた。
ずっと伸ばしたままだった髪の毛を染めに行ったのだ。
そしていつも同じ服をループで着ていたのに、スカートを買い始めた。
お化粧をしてる姿も、この頃はじめてみた。
すっごく可愛くて、お母さんをいっぱいほめちゃった!
お母さんはうれしそうに私にも色付きリップとか買ってくれたの。
お化粧に興味はあったけど、お母さんがしないから、お願いできなかったんだ。
かわいくなりたい、きれいにしたいって思っちゃいけないのかと思っていた。
お母さんはお化粧をしながら「尊敬してる人がいるの」と教えてくれた。
それがフラワーアレンジメントの教室で先生をしていた幸次郎おじさんだった。
お母さんが可愛くなってきて、一年くらいしてから東京で幸次郎おじさんに会った。
最初はご挨拶、そして食事、お出かけ。
ゆっくりと私は幸次郎おじさんを知った。
だからこうして一緒に住み始めても違和感がないけれど、大地くんはそうじゃないし。
何度も幸次郎おじさんは大地くんを東京に誘ったけど「行かない」と断ったって。
だからなれなくて当たり前だと思うし、何より修一さんのこともあるし。
悪いのは私……失敗してしまった私。
私はお母さんと幸次郎おじさんに「探検してきます」と伝えて自転車にまたがった。
東京で乗っていたのが、今朝届いたの!
自転車は東京で乗っていたのと同じ。
でも走り出すと全然ちがう景色!
すごい、自転車をもって旅行にきてるみたい!
三月末の空気は温かくてほわほわしていて気持ちがいい。
「おはよう。結局一階で寝たんだね」
声に振り向くと、横にふわりと修一さんが浮いていた。
「おはようございます。部屋は……やっぱりまだ無理です。大地くんの立場になって考えると、そんなの私だったら許せないの分かるので」
「立夏ちゃんはすごいね。大地の立場になったら……って。なかなか難しいよ」
その言葉に私は思いっきりペダルを踏みこんだ。
「……もう二度と失敗したくなくて、そうすれば、もう誰も悲しい思いをしない、ずっと思ってきたんです」
「そっか」
「私が変なこと言って、みんなを困らせたくない。そう思って気を付けてたのに……ごめんなさい」
私はキュッとブレーキを握って赤信号で止まった。
横にスイと修一さんが来て目を細めた。
「いーや、俺にとってはラッキーだったよ」
「ラッキー……?」
「父さんが再婚するっていうからあの日見に行って、立夏ちゃんに会えて……ずっと話したかったことも話せたし、なにより探してもらえる。ずっと不安だったから。だから成仏ってやつができないのかなって思ってた」
「成仏」
「そう、だって死んだ人全員見えるわけじゃないんでしょ。ある一定の何かある人だけが立夏ちゃんに見えてるわけで」
「考えたことなかったです」
「毎日たくさんの人が死んでるんだよ。全部見えてたら、たぶん街中死体じゃない?」
「なんですか、その言い方は」
私は青信号にあわせてペダルを踏みこみつつ笑ってしまった。
修一さんはやっぱりどこか言葉がおもしろい。
でも、
「確かにそうですね。何か条件があるんだと思います。私が見える条件」
「成仏できない理由か~。たくさんありすぎてわかんないや。全部付き合ってくれる? 立夏ちゃん。そしたら俺成仏できるかも」
「はい。なんでも言ってください。成仏できない理由……あの……昨日から気になってたんですけど……菜乃花さんって……修一さんの……恋人だったり……?」
「おおっと。それ聞いちゃう? 立夏ちゃん。うーーーん、う~~~ん?」
そういって修一さんはくるくると空に舞い上がって逆さになった状態で私の自転車についてきた。
昨日のこと、ずっと気になっていた。
修一さんのことを宝箱からキラキラの宝石を出して、見ながら話してくれてるみたいな菜乃花さん。
それに対して聞こえないってわかってるのに、きっとそうしていたのだろう……ってわかるみたいに話かける修一さん。
ふたりは大切に思いあってたように見えた。
修一さんは私の横を浮いて移動しながら、
「……家が近くてわりと一緒に行動してて。コイツしか居ないって思う日も、なんだコイツって思う日も、すげー可愛いやつだなって思う日も、なんでこんな奴と一緒にいるんだ? って思う日もあるような仲だった。ムカついて大好きで、大嫌いで、一番一緒にいた」
とつぶやいた。
その言い方はもやもやとした何かを、今も言葉にできないようなあいまいさで。
それを聞きながら私はお母さんが幸次郎おじさんと恋をはじめたころの話を思い出した。
お母さんは、今までみたこともないようなオシャレの本を見ながら、
「こんな髪型にしたら、幸次郎さん驚いちゃうかしら。でもちょっと変わったってところ、見せたいのよね」
と言っていた。
したいならしてみればいいのに。
私はそう言ったけど、お母さんは、
「でもこんな私じゃ……ううん、そうよね、せめてちゃんとしよう、うーんでも……」
とひとりでぐるぐるしてた。
お母さん何してるの? って思ったけど、結果あれは恋だった。
だからきっと修一さんのも恋なんだろうなあと聞きながら思った。
小学校にいたとき、
「立夏ちゃんは好きな子いないの?」
って毎日聞かれて、恋ってなに? と思ってたけど、気持ちがあっちこっちにいって違う自分に会うことらしい。
なるほど、私はまだしたことがない。
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