第9話 焼肉と愛と

「わあああ……満点屋のお肉っ、お母さんカルビじゃない!」

「今日はお祝いだから特上ロースも買ってきちゃったわ~」

「きゃああ~~~!」


 家に帰ると、海が見える場所にあるデッキにバーベキューセットが出してあった。

 そこには幸次郎おじさんと、お母さん、大地くん、それに菜乃花なのはさんのお母さんがいた。

 バーベキューは五年生で自然教室に行ったときに少しだけしたけど、もっとしてみたいって思ってたからうれしい。

 薄暗くなってきた夜の空間にパチパチとオレンジ色の光がのぼっていく。

 まるで夜を泳いでいく鳥みたいにパチ、パチと羽ばたいて……。

 すごくきれい!

 自然教室でバーベキューをしてから「家でもしたい!」とお母さんにいったけど「煙がでるからマンションでは無理よ」と言われた。

 ほかの子はお父さんと一緒に山にいって、そこでしていることも知った。

 私はお父さんがいないから、そういうことができないんだ……そう思っていたから、すごくうれしい。

 バーベキューセットを見て目を輝かす私に、菜乃花さんのお母さんが近づいてきた。


「はじめまして、立夏ちゃん。私、菜乃花の母親、道子です。お父さんは仕事でおそくていないけど、一家でこれからよろしくね」

「はい。よろしくお願いします」


 道子さんは菜乃花さんをちらりと見て、


「なんか立夏ちゃんより泥だらけなんだけど……うちの娘」

「あーっ……あの、ちょっと転んだりしてました」


 そう言うと道子さんは頭を抱えて、


「あんなんで今年から美波街の市役所で働くのよ? 大丈夫かしら」


 その言葉を聞いて炭をうちわであおっていた大地くんが立ち上がった。


「はっ?! 菜乃花、お前、受かったの?!」


 菜乃花さんはお肉をつかむトングをふりながら、


「私天才なので~、受かりました~。春から美波街市役所でございます、よろしくお願いしますね、大地くん」

「マジでないわ~。菜乃花が市役所で働くとか、ないわ~~街が終わるわ~~~」

「大地くん、職業体験、ぜひ市役所にどうぞ? 私がしっかり教えてあげますのでオホホ」

「うぜえ! 絶対いかねーよ!!」

「観光窓口の配属になりそうなの。中学生とのコラボ企画もバリバリ出すからよろしくね!」

「うぜえええ~~~~」

「大地くん、念願かなってお兄ちゃんになったのに、その話し方はどうですかね?」

「やべえ、まじでうえぜえええええ!!」


 菜乃花さんはトングをマイクにして大地くんに話しかけている。

 大地くんはそれを心底げんなりした顔で、でも楽しそうに反論している。

 朝の大地くんとまるで別人!

 菜乃花さんと話すときは私と同じ、中学生って感じがする。

 そうそう、クラスの男子ってこんな感じ。

 だってさっきから「うぜえ」しか言ってないもん。

 菜乃花さんは、トングをカチカチさせて目をキランと光らせて、


「うーーん、もう我慢できない、お肉を置くっ!」

「おいちょっとまて。まだ火が落ち着いてないから燃えるぞ」

「燃えるってことは食べられるってことでしょ?」

「菜乃花、お前、また入院するのか?」

「そんな大昔のこと忘れました~」


 入院?!

 驚いていると、私の横に修一さんがおりてきた。


「菜乃花は高校生の時に、肉が食べたくてしかたなくて生の状態で食べて、入院したんだよ。高熱だして『もう死ぬ』って叫んで大さわぎだったんだ」

「それはちょっと……お肉が好きすぎなのでは……?」

「そうなんだよ。ほら、もう食べようとしてる」


 横で修一さんが心底楽しいという表情で笑った。

 まだ生に見えるお肉にはしで触ろとしてるのを大地くんが見て、


「おい、それまだ生! 全然食えないっての!」

「えー、焦げてるから食べられるよ~~」


 と菜乃花は白いご飯を片手に口をとがらせた。

 私が菜乃花さんを見なくても、大地くんが菜乃花さんをちゃんと見てて……。

 ちゃんと見てて? 

 はて?

 それって逆じゃないかな?

 だって菜乃花さんのが大人なのに、大地くんのがしっかりしてるなんて。 

 思わず笑ってしまう。

 見ていると横に幸次郎おじさんが来た。


「すごいでしょ、あのふたり。もうずっとあんな感じ」

「お姉さんと弟……いや……妹とお兄ちゃん……ですかね」

「菜乃花は修一の幼馴染だったけど、どーにも……なんだろうね……昔からあんな感じで生傷も、どうしよもない理由で入院も多くてね」


 どうしよもない理由で入院。

 そんな言葉を聞いたのははじめてで笑ってしまう。

 横に白いご飯を持った道子さんが来て、


「私看護師なんだけど情けなくて。あほみたいな理由であの子が来るたびげんなりしてるのよ。階段から落ちた、包丁で指ざっくり、自転車で石踏んで一回転した……もうダメ。わが子ながらなんで市役所の試験に受かったのか分からないわ。わいろでも送ったのかしら」

「あはははは!!」


 私の横で修一さんが爆笑して……私は横眼でそれを見る。

 ここに参加したかっただろうな……そんなことを感じてしまう。

 焼かれているお肉をヒョイと口にした菜乃花さんに大地くんが叫ぶ。

 

「あーーっ、菜乃花、それもまだ生だろ?!」

「じぇんじぇんたべれる、うみゃい、満点屋のお肉、ほんとうに最高。はい、大地は大きくならなきゃいけないから、ナス」

「ナスは食べられねーの! こんなふなふなしたの、うまくないっつーの!」

「栄養バランスよく食べないと身長伸びないよ?」

「お前ほんとこのやろ」

 

 ふたりが楽しそうに食べている横でお母さんがお肉を焼いている。

 そしていい感じに焼けたお肉をトングでさして、


「大地くん、このお肉おいしそうに焼けてるよ?」

「……ありがとうございます」

「大きくなるなら赤身よ! ほらこっちもおいしそう」

「……はい、ありがとうございます」


 大地くんはお母さんに言われたお肉をもぐもぐと食べている。

 その横に幸次郎おじさんも近づいて行って、


「このトウモロコシ、昨日もらったんだ。美味しいぞ」

「……ああ」


 大地くんは気まずそうに、それでもおいしそうに食事をしていた。

 それを見ていると、菜乃花さんが手をひらひらさせて私を呼んだ。


「立夏ちゃん、食べてる? カルビカルビ! すっごく美味しいからほら食べて!」

「はい!」


 私は菜乃花さんが指さしたお肉を……(生じゃないよね?)とうっすら確認しながら食べた。 

 なんていうか、ここまで注意力がない人が近くにいると、こっちが注意するようになるからいいかも? と思ってしまう。

 外で焼いてたべるお肉は本当においしくて、いつも苦手なお野菜も美味しくて、星空が見えるデッキでお腹いっぱいになるまで食べた。

 火が落ち着くころには、菜乃花さんのお父さんもきて、四人は炭の火が消えるまでお酒を飲むと聞かされた。

 菜乃花さんはお酒を飲むとすぐに眠ってしまい、デッキで横になっていた。

 なんていうか、本当にパワーがある人ですごい。

 満点の星空と、焼いている枝豆がパチンと跳ねた。

 それをお母さんがおいしそうに食べていて、ここにきて良かったなあと思った。


 

 私と大地くんは先にお風呂に入ることになった。

 はじめて入るこの家にお風呂……勝手に色々使ってもいいのかな?

 少しドキドキしていると、大地くんが手招きしてお風呂まで連れて行ってくれた。


「ここが風呂。タオルはここにあるから。シャンプーとか、全部ある。好きにつかっていい」

「はい」

「パジャマとかあるの?」

「荷物はもう届いたので……」


 大地くんが「兄ちゃんの部屋だ!」て言うから、最低限の箱しか開けてないけど……。

 私が小さな声で言うと、大地くんはばつが悪そうに目をそらして、


「昼間は……いじわる言ってごめん。でも、どうしても……あの部屋は兄ちゃんの部屋で……」


 朝のままの私なら「まだそんないじわる言うんだ、嫌い!」と思うけど、修一さんの話を聞いていたので首をふった。

 お母さんも修一さんも同時に亡くして、大好きだったサッカーも諦めるなんて……そんなの私には想像もできない。

 それに写真もよく覚えている。

 大地くんと修一さんの笑顔。


「ううん。修一さんが好きなの……写真みてもよく分かった。私にしか見えないのを、信じろっていうのが違うんだよ。ごめんね、私が失敗しちゃったの。無理だと思うけど、忘れてほしい」


 その言葉に大地くんは何か言いたそうに顔を上げたけど、それでも上手に言えないみたいで、


「……写真。見つけてくれて、サンキュ」


 と消えそうな小さな声で言って、二階への階段を一段飛ばしでのぼって行った。

 大地くん、きっと……優しい人だと思う。

 菜乃花さんのこともすごく気にしていたし、お母さんとも頑張って話していた。

 失敗した私が悪かっただけ。

 私はお風呂に入って髪の毛を洗った。

 お母さんが置いておいてくれたのか、家で使っていたのと同じものがあって助かった!

 はじめて入ったこの家のお風呂は、海に一番ちかい所にあるみたいで、湯船にはいっているとザザン……ザザン……と波の音がして、海のお風呂に入っているみたいで落ち着いた。

 

 結局私は修一さんの部屋で眠ることはできなくて。

 お母さんに「まだ慣れなくて怖いから、ふたりで寝たいの」とお願いした。

 色々察してくれたのか、幸次郎おじさんが修一さんの部屋で眠り、私はお母さんと一階の部屋で眠った。

 まだあの部屋を「自分の部屋」だなんて言えない。

 せめてミサンガを見つけてから。

 私はそう決めた。


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