第8話 修一さんの幼なじみ


 私は転んでしまった菜乃花なのはさんの横に座った。


「私、五十嵐幸次郎おじさんとお母さんが再婚して、美波街に引っ越してきた斎藤立夏です」


 私がそう言うと菜乃花さんは、丸い目をさらにまんまるにして両手をパチンと叩いた。


「あっ! お父さんが言ってた、幸次郎おじさん再婚するって。わっ! はじめまして。私、三井菜乃花みついなのはと言います。わあ~、おじさん良かったねえ~。かわいい子だあ、大地良かったねえ、あっ、再婚相手さんも家にいるってことだよね、ご挨拶しないと!」


 ものすごいテンションで話すので、私はちょっとついて行けない。

 菜乃花さんは、


「お母さんに言って満点屋まんてんやのお肉準備してもらおう、いつものお肉でお祝いしないと! 電話電話! あ、私のお父さんと幸次郎さんは親友でね、良いことあるとお肉でって、あっ、スマホが落ちたっ!」


 連絡を取ろうとして取り出した菜乃花さんのポケットからスマホがゴロンと落ちた。

 それを取ろうと頭を下げたら、今度は首からぶら下げていた大きなカメラがぶらりと揺れてアゴに当たった。


「いたぁぁい!!」


 ええー?!

 なんか、次から次にトラブルがおきてしまって、ぼうぜんとしてしまう。

 修一さんは菜乃花さんの隣に浮いて苦笑しながら、


「相変わらずあわてんぼうだな」


 と完全に呆れている。

 うん……私も会って数分で、ちょっと驚いてる。

 菜乃花さんは、自分が泥だらけなことは気にせずカメラを手に持って、


「あー、大丈夫だった。ごめん私、てんぱっちゃうと、すぐに体が動いちゃうの」

「そう……みたいですね」

「立夏ちゃん何歳? 私より大人びて見える!」


 そういって菜乃花さんはけらけらと笑った。

 その笑顔がものすごく明るくて元気で、良い人だってすぐにわかった。

 私はポケットからハンカチを出して渡した。


「来月の四月から美波中学校に通う中学一年生です」

「えっ! 美波中?! 私も美波中の出身だよ、中一なら大地と同じ年齢なのね」

「大地くんが五月生まれで、私は来年の一月生まれだから、大地くんがお兄さんです」

「大地がお兄ちゃん! うれしいだろうなあーー! 私は四月から美波街の市役所で働くために、この街に帰ってきたの、よろしくね!」


 と手を出してきたんだけど……てのひらが泥だらけ。

 それに気が付いた菜乃花さんは服でゴシゴシとふいた。

 当然だけど、Tシャツにはべったりと泥がついてしまった。

 菜乃花さんはそれをみて、あちゃーといった顔で大きく開いて、


「ありゃ。家に帰ったらまたお母さんに怒られるな、大人なのに~~」


 と笑った。

 私はその手を握って菜乃花さんを立ち上がらせた。


「菜乃花さん。よろしくお願いします」

「うれしいな、よろしくね! 私は写真が趣味でね。今日は海がきれいに見えるから撮影にきたの。美波街の公務員試験も、写真たくさん持って行って合格したのよ? 私、この街が大好きなの。でもここはかなりマニアックな場所だと思うけど……立夏ちゃんはなんでここにいるの?」

「えっと……」


 ここにきて修一さんに出会って、家には居づらくて、誘われるままに出てきたのが本音だけど、どう答えたら……。

 私は、おかしくない言葉を探す。


「今日、さっきご挨拶に来たんですけど、亡くなったお兄さん……修一さんが通っていた高校から海がきれいに見えるって聞いて、来たんです!」


 変な言い訳じゃないと思う。

 そういって顔を上げると、さっきまで笑顔だった菜乃花さんの表情が静かになっていた。


「そっか。修一の妹ってことになるのね。私の家はね、修一の家の近くなの。ずっと家族ぐるみの付き合いがあって……私もここの卒業生なんだよ。海がきれいに見える秘密の場所、連れて行ってあげる」


 そういって沈んだ表情をむりやり笑顔にしているのように見えた。

 実は修一さんは……ずっと菜乃花さんの横に立って見ていた。

 それはどうしよもなく……優しくてかわいくて心配……そんな表情で。


「こっちこっち! 体育倉庫の裏がおすすめなんだよ~!」


 菜乃花さんは私の手をひいて歩き始めた。

 連れて行ってくれた場所からは、白い砂浜と波がきれいに見えて、まさに美波街という景色だった。

 菜乃花さんは、小さく丸まって座って地面をパンパンとたたき、


「ここ、ここ! ここはね、なぜか24時間365日濡れない謎のスポットなの。台風がきてもここだけ濡れないのよ。すごいでしょ、ほらここに座るときれいに見えるの~~。ここを教えてくれたのも修一だったの。修一と毎日ここに通って『ここは謎の力がある、ここでお祈りをしよう』って試験の前は毎回ここでふたりでくるくる回ってさあ。結局ふたりとも毎回セーフよ! 修一なんてサッカーばっかりしてたからもうバカでバカで」

「……何を言いたい放題言ってるんだか」


 楽しそうに話す菜乃花さんに、横に立った修一さんはつっこみを入れて私のほうをみた。

 どうしよう。

 私はどんな顔すればいいのか分からない。

 海のキラキラがまぶしくてしかたがない……そういう表情のために目を細めてごまかした。

 菜乃花さんは謎のスポットに座って、うんうんとうなずきながら、


「いつも修一を助けてたのが大きいと思うの。人の役に立ちたいって思ったから、市役所の職員になるって決めたのよ」

「お前を助けてたのは俺だっつーの! うそつくな。お前満点屋で肉売るのが天職だって言ってたじゃねーか。結局血が無理だったのか? それにお前より俺のが勉強できたっつーの。おい菜乃花お前、外でもそんな好き勝手言ってるのか?」


 聞こえてないよ、修一さん。

 その言葉、ぜんぜん菜乃花さんに聞こえてない。 

 そんなこと修一さんは分かってる。

 それでも話したいんだ。

 聞こえてないのにふたりの会話が成立していて、私はだまって聞いている顔をしてうなずいていた。

 菜乃花さんは、


「よしもう今日は写真撮ってる場合じゃないっ! お家にお邪魔していいかな? いいともーー! やったー!」


 と楽しそうに叫んだ。

 横で修一さんは苦笑して、


「……立夏ちゃんさ。あいつ焼けてない肉食おうとするから見張ってて。肉が好きすぎて一秒焼いたらレアな仕上がりもう食べられるとか言い出すから」

「っ……!」


 私は思わず吹き出してしまった。

 そんなの絶対にお腹を壊す。

 でもそれを……ずっと面倒みてきたのはきっと修一さんだったんだろうと、分かってしまった。

 私は菜乃花さんに連れられて家に帰ることにした。


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