第7話 死んでしまった理由と出会い

「お願いをするには、俺がどうして死んだのか、真実を話さないとね」

 

 そう言って修一さんは手すりを持って海のほうを見た。 

 お昼すぎに美波街に来たので、時間はもう夕方。

 夕日になろうとしている太陽がゆらゆらと揺れている。

 修一さんの白いシャツが夕日に触れて……ううん、それだけじゃない。

 身体もすけてるから、全部がキラキラと輝いて夕方の海の一部みたい。

 校舎の反対側……海が見えるほうに小さな学校が見えた。


「あそこが俺と大地が通ってた小学校なんだ」

「はい」

「あそこにあるサッカークラブに大地は入ってた。大地は不器用で母さんに甘えられなかったんだけど、試合には『来て!』って言えてたんだ。その時だけはまっすぐに甘えられてた。母さんもうれしそうで、大地もがんばってた。でも数年後……母さんの病気が分かって、サッカーを見にいけなくなった」


 そういって静かに目をふせた。


「母さんは試合は見に行けないけど、ずっと応援してるからって、ミサンガを編み始めたんだ。ミサンガ知ってる?」

「はい。糸で編む……お願いが叶ったら切れるひも、ですよね」


 小学校高学年の時に友達の間で流行っていた。

 カラフルな糸を使って編むひものようなものだ。

 編む簡単な機械が百円ショップで売っていて、それを使ったり、教えてもらったりして、何本か作った。 

 それを足首や手首に結んでつけて、その時に願いごとをする。

 そのミサンガが切れると、願いが叶うというものだった。

 修一さんは自分の手首に軽く触れて、


「病気が治るように。元気になりますように。母さんは祈りを込めてミサンガを作った。それをして大地はサッカーをしてたんだ。でも母さんは死んでしまった。そしてほぼ同タイミングでチームも無くなってしまったんだ」

「えっ?!」


 修一さんは再び小学校のほうを見て、


「小学校さ、小さいでしょ。生徒数は全学年で100人もいない」


 全学年で100人という言葉に驚いてしまう。

 私がいた小学校は一クラス30人いて、5クラスくらいあった。

 六年生で一緒に卒業した子は150人以上。それより少ないのか。ちょっと想像できない……と思ってしまった。

 修一さんはうつむいて、


「新しい部員が入ってこなくてクラブがなくなったんだ。それで7個先の駅、白戸街しらとちょう……路面電車の一番最初の駅……来るときに通った?」

「はい」

「その大きな駅には結構子どもがいてさ、そこのクラブチームとひとつになることが決まったんだ。それでやっとサッカーができるだけの人数が集まる……そんな感じになって」


 サッカーにくわしくないけど、たくさんの人数がいないとできないスポーツだということは分かる。

 それに人数が集まらないと大会とかも出られないだろう。


「クラブにいくために車が必要になると知って、サッカーを辞めたんだ。あの街へは電車で30分かかる。小学生では無理だ。うちは花屋をしてて、母さんがいないし、父さんは仕事で忙しいし、俺は高校生だった。そんな家だって分かってたからだと思う。大地は『興味が無くなった』って言ってるけど、気を使ったんだと思う」


 修一さんは苦しみを吐き出すように言った。

 私は見つけた写真を思い出す。

 ふたりでサッカーのユニフォームを着て笑顔で【めざせ国立!】

 国立って私はサッカーにくわしくないけど大きな大会をするところだって事は知っている。

 そこを目指すくらい、サッカーが好きだったということだ。

 修一さんは、悲しそうに目をふせて、


「辞めるって言った時に大地がミサンガを切って捨てたんだ」

「そんな……」

「願いがふたつも叶わなかったのにつけてるのがつらくなったんだろう。でも俺は無視できなくてそれを拾って、この屋上で直してたんだ。いつか大地がサッカーを再開した時に渡そうと思ってさ」

「なるほど」

「ハサミで切った部分を直して、さあ出来たと思ったら風に流されたんだ。そのミサンガはこの校舎ギリギリの所に落ちたから、それを取ろうと思って柵を乗り越えて……でもミサンガも俺が近づいたらそのまままた風で動いてさ、取ろうとして落ちたんだ」

「なるほど……。それで転落死」


 お母さんの願いと祈りが編み込まれたミサンガ。

 それを追って落ちてしまったというのが真相だった。

 修一さんは首を軽く回しながら、


「事故死っていうのが俺の本音かな。落ちた瞬間、うわっ、やばっ……と思ったのをすげー覚えてる」


 私は目を丸くした。

 死んだ人をたくさん見たけど、死んだ瞬間の話を聞くのははじめてだったから。

 修一さんは校舎からピョンと飛びおりた。

 その動きに、私の心臓はギュッ……とにぎられたみたいにドキドキしてしまう。

 さくを握って校舎の先……空間を見ると、修一さんはぷかぷかと浮いていた。


「……実は俺、死んでから長い時間をここら辺ですごしてるんだ。ここから落ちた瞬間の景色を見たくて、ずっとここに浮かんでる」

「死んだところにずっと?」

「落ちた瞬間は生きてたんだ。そこには命があって、ここにはない。ここは死と生の境界線だ。こんなに簡単に死ぬなら、もっと簡単に生き返ってもいい気がして動けない。ごめん、ミスなんだ神さま。次は気をつけるから。もうこんなことしないから、一回だけ許してくれないかな? って、ここで思ってる」


 その言葉を聞いて、私はなんとなく浮いている修一さんに手を伸ばした。

 すくなくとも、私は今、生きている。

 修一さんのキラキラと透けている指先が私のほうに伸びてきて、私の指先とゆっくりとからむ。

 そこに温度も感覚も何もなくて、それでいて指先に砂のような……サラサラとした感覚があって、それが命だというなら集めたいと思った。

 私の指先を時間のように見ていてた修一さんは、目を静かに閉じて、ピョンと移動して私の横に戻ってきた。


「というわけで、自殺じゃないけど落ちたのは事実。ただね、ミサンガが落ちてさ。それをずっと探してるんだけど、無いんだよ」

「それを探してほしいって事なんですね」

「ずっと気になってたんだ。俺と秘密を一緒に持つ仲間になってくれないかな」


 秘密を一緒に持つ仲間。

 その言葉は、なんだかものすごく特別で、私はコクンと頷いた。

 それを見届けると、修一さんは全身の力をほわりと抜いて、


「秘密は、俺が大地のミサンガを拾ってそれを追って落ちたこと。俺が勝手に拾ったのに、それが原因なんて。絶対大地に知られなくない。無駄に悲しませる」

「これ以上、そんなの、無理ですね」

「絶対に言わないでほしい。俺のミスだから。ごめん、大地と同じ年齢の君に、こんな重たい秘密を持たせるなんて」

「いいえ」


 私は静かに首をふった。

 よくわからない。

 すごく重たい話をされてるのに、どこか自分が許されているような、ここに来た意味が分かるような、やっと痛いところに触れてくれる指先に出会ったような……そんな気がしていた。


「そんな大切なものが落ちそうになったら、拾いたくなる気持ち……わかります」

「俺、はやく車の免許取って、大地を乗せてクラブに通わせてやろうと思って教習所にいく金をバイトで貯めてた。そのタイミングで……俺はここから落ちた。大地の気持ちを考えると、俺は何してるんだって気持ちでいっぱいで……だから死ねてないんだと思う。執着しかない。大地に悪いことした。母さんが死んで、クラブ諦めて、それで俺も死ぬなんて、バカだ。俺はバカだ」


 そういって修一さんは静かに噛みしめるように言った。

 私も聞いているだけでつらくて、言葉がなかった。

 何を言ってもペラペラで薄っぺらくて、全部違うってわかってた。

 修一さんの後悔も大地くんの苦しみも、全部つらい。

 太陽がゆっくりと夕日になるのを見ながら修一さんは、


「ミサンガ、糸でダイチのDって書いてあるんだ。母さんがすごく頑張ってくれて」

「はい」

「この場所で落ちているそれを見つけたら、大地は分かってしまうかもしれない。俺が死んだ本当の理由を。それだけは避けたいんだ」


 修一さんは手すりからふわりと浮いて下を見て、


「実はずっと探してたんだけど、見つからなくて。それに見つけたからってどうにかなるもんじゃない。でも怖くて怖くて仕方がなくて」

「わかりました。えっとすいません。修一さんてきにはどこら辺に落ちてると思いますか?」

「えっとねー。こっちからこっちの風が吹いてたんだよ。んで、こっちに流されたから……あっちのほう」

「行ってみましょうか」

「ありがとう」


 ありがとう。

 シンプルな感謝な言葉なのに、

 私はなんだかとてもうれしかった。


 

 校舎を出て修一さんの後ろをついて行く。

 小高い丘の上にある校舎の周りは大きな木があって、空気をひんやりとさせている。

「地震の津波対策みたいだね、木を切らないのは」

 と修一さんは木の上に浮いた。

 この街に来た時も思った。

 美波街は海にぼこりとはみ出したかたちをしている街で、ところどころ小さな山がある。

 そこには階段がどこからでも見えて山に登れるようになっていた。

 海からすごく近い場所だから、津波があったら近くの山に避難できるようになっているのだ。

 でも……。

 私は木を見上げて、


「これは……木にミサンガが引っかかってたら全く分からないですね」

「いやさ、実は木に引っかかってる確率は低いと俺は思ってる。ここに結構長くいるって言ったでしょ? 実は木の上のほうをくまなく見てるんだ。この木は秋になると全部の葉が落ちて枝だけになる。その時に一本一本見てたけど、無いんだよ」

「なるほど」


 じゃあどこか葉っぱの裏とか、すきまとか、そういうところに落ちたのかもしれない。

 私が木の根っこの葉をどかして見始めると、後ろにガサリと音がした。


「小学生かな? こんなところで何してるの?」


 話しかけてきたのは髪の毛が長くてまん丸な目を女の人だった。

 しまった、勝手に美波高校に入ったことを説明しないと。

 私が姿勢を戻すと、トン……と横に修一さんが降りてきて、


菜乃花なのは……お前、戻ってきたのか……?」


 と静かに言った。

 当然だけど私にしかその声は聞こえない。

 菜乃花さんは、私に一歩近づいた。

 でも足元の木の根が見えていなかったみたいで、スッコーーンと派手に転んだ。

 大きな土煙がどふぁあと広がる。

 えっ?!

 こんなアニメみたいに派手に転ぶ人、見たことない!


「いったぁぁぁい!!」

「大丈夫ですか?!」


 私がかけ寄ろうとするより早く修一さんはふわりと菜乃花さんの横に飛んで、


「……お前は何回そこで転ぶんだ」


 とまゆげをおろして、それでいてどうしよもないほど心配そうな顔で、口元だけ笑顔を作った。

 その顔をみるだけで修一さんが菜乃花さんをよく知っているのが分かった。

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