第6話 美波高校
美波街はその名の通り、美しい波が見える海街だ。
黄色に塗られた路面電車から、たくさんの観光客がおりてきている。
私もここにくる時に乗ってきたけど、ことことゆっくり、窓の外にはキラキラきれいな海が見えて楽しかった。
東京の電車からは、景色を見ようなんて思わなかったけど、ここの景色は見ていたいって思った。
修一さんは海沿いを移動しながら、あごでツイと山をさした。
「あっちがドラマで有名な愛の岬ね」
「お母さんに教えてもらってドラマ見ました」
この街には有名な観光名所がたくさんあって、愛の岬もそのひとつだ。
昔は灯台だったところがカフェになっていて、色んなドラマが撮影されている。
幸次郎おじさんのお店が続けられるのも、ドラマのなかで主人公たちが花を買い、それを片手に恋人岬にいくシーンがあったからだって!
「私も花束もって愛の岬いきたいです」
そう言うと修一さんは苦笑して、
「昔はあそこ、飛び込み台って言われて自殺の名所だったんだぜ」
「えっ?!」
「父さんの時代は自殺が絶えなくて、ぴょんぴょん人が飛び込んでたらしいよ」
「ぴょんぴょん?!」
「その名残が、ほら」
修一さんは古びた看板の横に立ち止まった。
そこには筆で大きく文字が書いてある。
『まだやりなおせる!』
『あきらめるな!』
『思いとどまれ!』
そういう看板が10m置きに置いてある。怖い……。
修一さんはその看板のまわりをふわふわ飛びながら、
「でも男女心中が多いことに目を付けた地元の観光協会の人たちが『最後の愛を結ぶ場所だ!』ってハート型の貝を見つけて並べまくって、鐘を置いたらSNSでバズって愛の岬になって自殺は無くなった」
「ええ……?」
「恋人と一緒に死んで、それが最後の愛を結んだことになるのか分からないけど観光客が増えたのは良かったな」
そういって修一さんは背伸びした。
少しだけ楽しみにしていた恋人岬にそんな歴史があるなんて。
驚いたような残念なような……?
駅から海沿いの道をゆっくり歩いていくと小高い山が見えてきた。
修一さんは指をさして、
「あそこが俺が死んだ美波高校です~」
私はそのふざけた言い方がいちいち気になってしまう。
そもそもおばけと長く話すのは久しぶりで、なにより「俺が死んだ所」って。
修一さんは校舎に続く坂道を歩きながら、
「俺はさ、気が付いたらこうして死んでるのに生きてて。ずっとひとりで家族やこの街を見守ってきたから、話すっていうのが楽しくて。正直俺いま、大地が見たら『こんなにペラペラ話す兄ちゃん知らない』っていうほどテンション高いと思う」
と大人はあまりしない……くるりと回る動きをして楽しそうにはねた。
私は私と話せることを嬉しく思ってくれるのが嬉しくて、
「修一さんは他のおばけが見えないんですか?」
と聞いてみた。
修一さんは静かに首をふって、
「全く。俺が見えるのは普通の人たちだけ。まあ触れられないし、話せないけど。でもね、横に立って、何度も話しかけたことがあるんだよ」
「誰にですか?」
「大地に。おーい起きろ~とか、弁当忘れてるぞ~とか、おーい教科書たなの後ろに落ちてるぞ~とか」
「大地くんばかりですね」
「年が離れてできた弟だからさ、もう可愛くてさ」
と静かにかみしめるように言った。
そんな可愛い弟がいて……どうして……と思うけど、間違いなく自殺ではない。
きっとその理由がこの学校にあるのだろうと私は静かに後ろをついて行った。
修一さんについて美波高校に入っていく。
美波高校には生徒は誰もいないように見えた。
「先生たちはいるからさ、挨拶だけすれば入れるよ」
「勝手に入って怒られるんじゃ……? 私がいた小学校は名前を書いて……親と一緒じゃないと入れなかったですけど……」
「聞かれたら見学って言えばいい。ていうか田舎の学校にそんなの無いよ」
修一さんについて校舎内に入ると事務員室に電気は付いているけど、誰もいなかった。
誘われるままに校舎内を移動する。
はじめて入る高校……それに勝手に入りこんでるのを怒られる気がして、すごく怖かった。
それに私が通っていた小学校と全然違う。
机も大きくて、全部大きくて、広くて、暗くて。
なにより誰もいない学校は怖くて泣きそうになっていた。
その様子に気が付いたのか、修一さんがふわりと浮いて私の横に来て、
「ごめんね。俺はいつもふらふらしてるから慣れてるけど、よく考えたら誰もいない学校なんて怖いよね」
と言ってくれた。
気にしてくれたことが嬉しくて静かに首をふった。
そして修一さんについて屋上に出た。
重たいドアを開いて外に出ると、遠くに海が見えてキラキラ光ってる! すごい!
それにさっきのぼってきた坂道の桜もすごくきれい。
「わああ……すごい、めちゃくちゃ気持ちがいいです」
「そうなんだよ。ここが俺が落ちて死んだ所」
「なるほど」
「ここから落ちたんだ。それでね、強引にここまで連れてきたのにはお願いがあるからなんだ」
「はい」
私はうなずいた。
知り合ったばかりの私を自分が死んだ所まで強引に連れてくるなんて。
なにか理由があるんだろうなと思ったけど、やっぱりだ。
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