第5話 海が見える街で

「わあ……外から見ると、お店、すごくかわいいですね」

「ピンクとか黄色とか好きなのは、父さんの趣味なんだよね。あの人可愛い色が好きなんだ」


 そういって修一さんは笑った。

 私のお母さんが二度目の結婚をした人……幸次郎おじさんは小さな花屋さん「美波街みなみちょうフラワーショップ」をしている。

 美波街は路面電車が走る海街で、お店は商店街を十分歩いたところにある。

 濃い茶色の看板に、真っ白な文字でお店の名前が書いてあり、横にはカラフルなお花の絵がたくさん描いてあった。

 入口は小さいけれど、たくさんのバケツが置いてあり花束が売っている。

 挨拶に行ったのはお昼休み。

 さっきから営業を再開したようで、店の中から幸次郎おじさんが出てきた。

 駅から出てきた人が店の前に置いてあった小さな花束を買って写真を撮っている。

 見ていると店の奥からエプロンを着たお母さんが出てきた。

 お母さんは慣れた手つきでバケツに水を足して、掃除を始めた。


「フラワーアレンジメントの教室で会ったんだって?」

 

 修一さんの言葉に私は頷いた。

 お母さんはお花が大好きで、東京のお花屋さんで働いていた。

 そしてもっとフラワーアレンジメントが上手になりたい……と通い始めた教室で、先生としてきていた幸次郎おじさんに出会ったのだ。

 二年間ゆっくりと……小学生の私が見てても「ああっ、お母さんもっとグイグイ行ったほうが良くない?!」と思うほどゆっくりと二人は近づいた。

 そして私が中学校に上がるタイミングでもう一度結婚することを決めて、私たちはこの美波街に引っ越してきた。


「母さん死んでから、父さんずっと元気なかったから……良かったよ」


 と笑った。私は修一さんの後ろを追って歩きながら、


「お母さんは病気で死んじゃったって聞きました」

「若かったからね、病気になって……わりとすぐに悪くなって」

「そうだったんですか」


 その数年後には修一さんまで亡くなって……大地くんの叫び声を思い出す。

 「ここはにいちゃんの部屋だ!」って。

 私は修一さんのほうをみた。


「あの……部屋。修一さんの部屋だと聞きました。私が使っていいんですか?」

「いやいや。俺はもう死んでるから部屋はいらないけどさ、やっぱり大地とあの部屋でよく一緒に遊んだから思い入れがあるんだな」

「大地くん……すごく怒ってて……やっぱり私が使っちゃダメなんじゃ……」

「あの家一階は店で二階がリビング、三階にしか生活スペースがないから、あまってる部屋なんてないよ。それに俺は使ってほしい。俺がそう言ってたって大地に言ってほしいけど……信じないよな」


 その言葉に私はほんの少しうなずいた。

 幼稚園のころは「誰にでも笑顔で話しかける元気な子」と言われていたけど、小学校高学年になるころには人と話すのが苦手になっていった。

 だって鬼ごっこで鬼から逃げてると思ったら、その人は「おばけ」だった。

 隠れている人を「みーつけた」したら、その人は「おばけ」だったこともあった。

 そのたびに「変なの~」「ひとりで何してるの?」と言われて自信がなくなっていった。


 だから小学校六年間かけて、普通の人になるために頑張って見分けるようにした。

 目の前にいる人が「生きている人」だと自信が持てないときは、話しかけない。

 そう決めていたのに。


 ずっと気を付けてきたのに……失敗してしまった。


 もう……大地くんに嫌われてしまったかもしれない。

 そう思うと、心の奥のほうがずんと重くて泣きたくなってきた。

 ふたりでサッカーのユニフォームを着ていた写真を思い出す。

 すっごく笑顔で……楽しそうだった。

 私は修一さんのほうに歩いて行く。


「修一さんも大地くんも、サッカーをしてたんですか?」

「そうそう。俺が好きでしててね。大地もやりはじめた。ふたりで公園行って練習したりさ……楽しかったな」


 そう言う修一さんの目は、すごく優しくて、大地くんを大切に思っているのがよく分かった。

 修一さんはふわりと浮いて私の前に来て、


「俺が通ってた高校行こうよ。俺が死んだところを紹介するよ?」


 と人差し指を楽しそうにピンと立てた。

 あまりに変な言葉に思わずきょとんとしてしまう。

 

「……俺が死んだところを紹介……なんですかその言い方」


 すごく軽くて、なんだか変で。

 改めて口に出すと楽しくて、息を吹き出すように少しだけ笑ってしまった。


「あ、笑顔」

「!!」


 スッと目の前……ものすごく近くに修一さんが茶色の髪の毛がサラリと揺れた。

 修一さん、かっこよすぎて、近づかれるとドキドキしちゃう。

 おばけなのに!

 修一さんは私の目の前で目尻をさげた。


「立夏ちゃんの笑顔かわいい。やっと笑ってくれたね」

「!! そんなことないです、ずっと笑ってましたよ!」

「残念だな。こんなかわいい妹ができるなら、生きてりゃ良かった」


 修一さんはそう淡々と言った。

 その表情からは何も読み取れなくて……私は目を逸らした。

 自殺じゃないのは間違いない。

 じゃあどうして修一さんはおばけになってしまったんだろう。 

 駅に向かう修一さんを私は追った。


 

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