第4話 もうひとりのお兄ちゃん

 部屋のドアをガンと開けた男の子は写真で見たことがあった。

 同じ中学生で同い年の大地だいちくん。

 私より生まれたのが早いから「お兄ちゃんになるねえ」とお母さんに言われていた。

 でも私より頭ひとつ身長が小さくて、年下みたいに見えるんだけど……?

 さっきまでいた修一さんと同じ茶色のふわふわした髪と大きな瞳はそっくり!

 でもすごく怒っているのが表情で分かる。

 大地くんは、ずかずかと部屋に入ってきて私の手をグイと引っ張って、ドアの外に出して、


「この部屋は兄ちゃんの部屋なんだ!! お前は使うな、ダメだ!!」


 と叫んだ。

 私より小さいから油断してたけど、力はすごく強い。

 押された勢いでフラッ……として壁で背中を打って座り込んでしまった。

 すると目の前の柱に油性ペンで落書きしてあるのが見えた。

 『にいちゃんのへや』。

 その文字は読みにくくて……字を書き始めたころに書いた文字だと分かった。

 大地くんは私の前で腕を組んで叫ぶ。


「お前、父さんに嘘ついただろ!!」


 私はその言葉にうつむいた。

 大地くんは続ける。


「父さん泣いてるぞ! 兄ちゃんがいるって、お前はおばけが見えるって言ってるけどそんなの嘘だろ!! 嘘ついて父さんを泣かせるなんて最低だ!」


 その叫び声に私は何も言えない。

 いらないことを言ってしまった自分が悪くて。

 こんな自分がきらい、きらい、大嫌い。

 やっぱりこの力には何も良いことがない。

 うつむいていると、目の前に足が見えた。

 それはキラキラと光っていて……修一さんだと分かった。

 そしてツイツイと指先を揺らして、ほほ笑んだ。

 ついてこいってこと?

 首をかしげると、修一さんは、

「おいで」

 と言った。

 私は怒る大地くんから逃げるように修一さんについて階段を下りた。

 後ろから大地くんの叫び声がする。


「お前ちょっと待てよ、父さんがまだ泣いてるから、そっち行くな、おい!!」


 大地くんの声を無視して修一さんは一階のリビングに入った。

 そこには目を真っ赤にしている幸次郎おじさんと、お母さんがいた。

 修一さんはそのまま移動して、リビングのたなの奥のすきまを指さした。


「ここにさ、大地がずっと探してた写真が落ちてる。俺、おばけになってうろうろして見つけたんだ。渡してやってよ」


 その言葉に私はお母さんを見た。

 お母さんは静かに目を伏せてうなずいた。

 その目の前の幸次郎おじさんもうなずく。

 私がたなの横に座ると、幸次郎おじさんはサッと立ち上がってたなを前にずらしてくれた。

 壁とたなの間にはいろんなものが落ちているけど……奥のほうに写真が落ちているのが見えた。

 私はクッ……と腕を伸ばして指先でそれをつかんで持ち上げた。

 ほこりを払って写真を見ると、そこには笑顔の大地くんと、修一さんが写っていた。

 ふたりともサッカーのユニフォームを着て、ピースをしている。

 裏をみると『行くぞ国立!』という文字が書いてあった。日付は五年ほど前……。

 それを見ていると、大地くんが私のとこに座り込んだ。


「これ……無くしたと思ってたのに……」


 私はそれを、大地くんに見せた。 

 そして、


「ほら、修一さんは……!」


 ここにいて、場所を教えてくれたんだもん!!

 言おうと思って顔を上げたら、目の前に座り込んでいた大地くんは涙ぐんでいた。

 私は黙った。


 こんなのなんだか『トゲトゲ』していて、違う。

 私だけが正しい、正しいって叫んでも、痛い気持ちは転がったまま。

 ううん、もっと、傷つける。


 私はただ、それを手渡した。

 大地くんは写真をただ静かに見ている。

 横に座った幸次郎おじさんは、


「……これは懐かしい写真だな。たった数年で顔が違うなあ、別人だ」


 と言葉で大地くんを和らげるように言った。

 横にふわりと降りてきた修一さんが口を開く。


「……難しいね。こうすれば、君の力を証明してあげられると思ったけど、よく考えたら立夏ちゃんにしか俺の声は聞こえないわけだから、立夏ちゃんが本当のことを言っているかどうか、みんなには分からない」


 私はこくんと頷いた。

 そうなのだ。

 私にしか見えない、聞こえない、話せない。

 そんなの「ただの変な人」だってことは、中一になった今ならわかる。

 だからずっと、すごく頑張って見分けて、見えても黙っていたんだ。

 大地くんは写真の表面を優しくなでて、抱えて立ち上がった。


「……探してた」


 その言葉に私は静かにうなずいた。

 なにかちゃんと話さなきゃいけない。

 でも目の前にゴロンと石みたいな空気が転がってしまって、それを誰も動かせない。

 私が黙っていると、目の前に修一さんが降りてきた。

 そして、

 

「ね。散歩に行かない? 立夏ちゃんにこの街を教えてあげるよ。それに聞きたいこともたくさんあるし」


 と、目を細めてひらひらと手を泳がせた。

 私はここに居たくなくて、逃げ出すようにお母さんに一言いって、家を出ることにした。

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