27話 火の魔人たち
バーニアスとの思い出に、良いものはなかった。
『ブレイズ。新しい魔法を覚えたんだ。使わせてもらっていいかい?』
バーニアスは、そう前置きして俺を焼いた。俺の拒否も拒絶も『まぁまぁ、僕らは家族だろう?』の一言で黙殺した。そして地面で焼かれ悶える俺を見て、嗤ったのだ。
そういう男だった。自分以外は全て些事。他人のことを人形か何かと勘違いした、傍若無人の悪人。
それが、バーニアス・ロッドワンド・ブラッドフォードという、俺の義兄だった。
「さぁッ! 縋りつけ魔人たち!」
言いながら、バーニアスは自分の真下に炎を起こし、その勢いを受けて高く飛んだ。訓練場の壁の上に着地して、しゃがみながら俺たちをニマニマと見下ろしている。
バーニアスの言葉を受けて、暗器二人が変化した火の魔人たちは、「だずげでぇぇええ!」と言いながら俺に走り出した。奴らは一歩進むたびに、草を燃やし、壁を煤で汚す。
「どうする、ブレイズ! この哀れな被害者たちを、君は斬」
俺は腰を低く屈め、駆ける。一閃。火の魔人たちの首が飛んだ。
「る、のか……?」
「敵を殺さない道理があるのか?」
唖然としながら俺を見下ろすバーニアス。俺は剣を構え、壁を駆けあがって奴を斬る準備をする。
だが、背後から感じた圧に、俺は振り返った。首を落としたはずの火の魔人たちは、
揺らぎながら俺に振り返ってくる。
「な、何を油断しているんだブレイズ! 先ほど、火の魔人は不死だって話をしたじゃないか! ほら、早くその二人を相手にするんだよ!」
「何故、そんな面倒なことをしなければならない」
「は?」
俺は息を吐く。
「切っ先の届く場所に敵がいて、斬らないと思うのか」
壁。
俺は訓練場の壁を駆けあがった。壁に足を付け、落ちるよりも先に壁を蹴る。それを何度か繰り返し、頂上に至る。
「ひ……」
斬り上げる。咄嗟にバーニアスは避けるが、関係ない。俺は返す刃を振り下ろす。
バーニアスの、腕が飛んだ。
「ぎゃっ、ギャァアアアアアア!」
血と叫びを上げながら、バーニアスは体勢を崩して落ちる。地面まで落ちていき、そして散らばった。
灰。バーニアスは、完全な灰になって地面にこびりつく。俺は目を細めて言った。
「また、この手合いか。魔法使いとは、こればかりだな」
「そういうなよ、ブレイズ。というか、少しくらい勝ち誇ってくれよ。面白くないじゃないか」
ケラケラと笑いながら、訓練場の入り口に寄り掛かるバーニアス。奴は僅かに吟味して、「ふぅむ」と顎を撫でる。
「何と言うか、速いねぇお前は。油断ならないよ。怖い怖い。怖いから、ここは退散だ」
魔人たちは任せたよ。なんてことを言いながら、バーニアスは屋敷へと戻っていく。俺はすかさず追おうとするが、すぐに魔人たちが屋敷の入り口を塞いだ。
「……バーニアスなどに払う忠義があるのか」
俺は地面に着地し、問う。だが、火の魔人たちは「あぁああぁぁぁああ……!」と嘆くばかりで話にならない。
「何だ。とうに人間ではなかったか」
俺は剣を構え直す。火の魔人。不死。それだけ聞くと、厄介には聞こえるが。
俺は山でのことを思い出す。不死の化け物は、いた。斬っても斬っても再生し、襲い掛かってくる難敵だ。形は様々で、人型も居れば獣のようなものも居た。
だが、何と言うことはなかった。不死、と言う言葉はあいまいだ。不死の怪物と語られた寝物語の登場人物は、大抵何か弱点を持っていて、その所為で死んだ。
俺は思うのだ。本当の不死などいないと。殺しえぬ不死などいない。弱点、欠点、あるいは限界。そう言ったもので、不死は不死性を失う。
火の魔人たちが、襲い掛かってくる。俺は長く息を吐きだし、キリキリと意識を研ぎ澄ませる。
そして、呟くのだ。
「不死だというなら、耐えてみろ」
肉薄。魔人たちはそれに反応できない。俺は体をねじり、剣を振るう。一閃。魔人の一人の足を斬り飛ばす。振るった剣を力ずくで止める。
ギ、と俺の身体が軋む。
反転。返す刃で、魔人が倒れる前にその胴を払った。魔人は燃える血を吹き出す。俺は身を屈めて回転し、そこからとぐろを巻くように斬り上げる。
「十字切り」
飛び退く。魔人は燃える血を上げて、「キェァェァェァェァェァェエエエ!」と奇妙な叫び声を上げた。片足でバランスを崩して倒れる。体を抱きしめてもだえ苦しんでいる。
「なるほど。苦しむのだな、お前たちは」
ならば簡単だ、と思う。もう一人の魔人が襲い掛かってきたから、俺は剣を地面に立て、それを足場に跳躍した。頭上から、俺は魔人の背後に着地する。
「ティル、戻れ」
魔剣ティルヴィングが、ひとりでに俺の手の中に戻ってきた。その勢いを利用して、俺は魔人の背後から回転切りを放つ。
燃える血。
訓練場は、燃える血が上げ続ける炎で汚染されていた。魔人たちは、苦しみながら地面でのたうっている。俺は剣を振り上げ、殺しにかかろうとし、首を振った。
「いいや、今ではないな」
俺は踵を返し、館に戻ることにした。魔人たちはゆっくりと追って来る。その速度は、俺の歩み寄りも余程遅い。気にするまでもないだろう。
俺は裏口の扉に触れる。鍵が開かなかったから、剣を振るって錠を破壊した。蹴破り、中に入る。
そこからしばらく廊下を進み、エントランスに出た。カーブする大階段のある、広い空間。そこで本を読みながら、奴は待っていた。
「ん、おぉ! これはこれは、お早い到着だ。いやぁ。不死の魔人たちを、こんなにも早く下すなんてね。素晴らしい」
「……」
「おいおい。ほとんど言葉を発さないな、ブレイズ。お前は全然喋らないから、つまらないよ。もっとこう、あれからどうだった? とか、そういう話をしたいじゃないか」
「お前のあの後に興味がない」
「そうかい? 僕は興味あるよ。ブレイズ、お前は不死という言葉を聞いても、眉一つ動かさなかった。不死殺しの経験があるんだろう。そういう話を聞きながら、こう」
バーニアスは杖を手元で回転させ、石突を剣先のように、長く持って構える。
「斬り合いながら、話したいと思ってね」
白樺の杖が、燃える。
それは、まるで炎の剣だった。細い杖だ。それを片手で構えると、レイピアのように見えてくる。細身の片手剣。本来実践向きの剣ではないが、魔法が付与されれば話は別だ。
「先ほどは悪かったね。君が僕の相手に相応しいかどうかを見極めたかったんだ。弱い相手は豚同然だから、適当に焼いて遊ぶ。だけど、強いなら別さ」
バーニアスの表情が、軽薄な笑みから、ギラついたそれに変わる。
「強い相手は好きだよ。そう言う相手を嬲ると、じわじわと崩れていく。その様は美しいんだ。覚悟や決意と言った崇高な思いが、じわじわと本能むき出しになって行くのがね」
「……」
俺は剣を構える。バーニアスはククッと笑って、「いいね、いいよ。そう来なくっちゃ」とレイピアの優雅な構えを取る。
俺は言った。
「ティル、あと少し待っていろ」
剣先を下ろす。身を屈め、獣のように駆け出す準備をする。
「すぐに、奴の血を飲ませてやる」
「アッハハハハハハ! 来なよブレイズ! 愚弟がどこまで強くなったのか、この身で確かめてあげるさ!」
バーニアスの足元に火が渦巻く。同時に、一歩を踏み出した。
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