28話 炎虐の魔法使い、バーニアス
速度は、奇しくも同じだった。
俺の駆け出す速度と、バーニアスが火魔法を反動に飛び出す速度。速度が同じならば、衝撃も同じだ。振るった剣はぶつかり合い、僅かな鍔迫り合いの後にお互いを弾き合った。
「ヒュー! 中々やるじゃないかブレイズ! これでも僕は、ブラッドフォード流剣術の師範代なんだよ!」
「魔法を重んじるブラッドフォード家が、剣術などやるものか」
「あちゃー、バレた? でもね、遠距離戦が出来るだけの魔法使いなんてありきたりだろう? 近接戦もある程度出来なきゃ、ねッ!」
再び肉薄してきたバーニアスが、炎の剣を振るう。俺はそれをまともに受けず、すばやくステップを踏んで回避する。
「おやおや、受けないのかい!? ブレイズ、君は意外に憶病だなぁ! 僕よりも体格がいいんだから、このくらい受けてくれてもいいじゃないか!」
俺は回避しながら、近くにあった燭台をバーニアスに投げつけた。バーニアスはそれを炎の剣で斬る。その断面はドロドロに溶けている。蝋燭も、燭台の金属も。
「おやおや、バレていたみたいだね。そうだよ。この剣は、超の付く高熱だ。最初の一合で一瞬鍔迫り合いになったから、そこでバレちゃったのかな」
ちぇ、と言いながら、バーニアスは炎の剣先をエントランスの地面につける。それだけで、地面が溶けた。大理石の床が、溶岩の様に溶けている。
「となると、弱ったなぁ。純粋な剣だと、流石に僕が負けちゃうぞ。なら、そうだな」
バーニアスは、嫌らしく笑う。
「仕方ないから、詠唱、しちゃおうか」
くるりと炎の剣の剣を手元で回転させると、炎は消え白樺の杖が露出する。バーニアスは、杖の石突で地面を突いて、口を開く。
「ああ、神よ。僕の願いを聞いてください。弟が言うことを聞かないんです。だから折檻の火をお授けください……」
ぽぅ、とバーニアスの目の前で小さな火の弾が灯る。隙だらけ。だが、バーニアスはただ考えもなく隙を晒すまい。恐らく、罠だ。
「え、神様。これっぽっちのの火じゃあだめですよ。もっと大きくなきゃ。弟は強いんです」
火の玉が、大きくなる。ぼぉお、と音を立てて絶えず燃え上がる。
「ダメダメ! この程度じゃ話になりませんって! もっともっと、もーっと大きな奴にしてください!」
火の玉が、消える。それを見て、バーニアスはにやぁと笑った。
「アハッ。そうそう、そうですよ神様」
直後、屋敷すべてが炎の渦に飲み込まれた。
視界の全てが炎に染まる。体が炎の奔流に押し流される。バーニアスの哄笑ばかりがエントランスに響く。
「アハハハハハッ! どうだい、派手な魔法だろう!? 発動者の僕以外、全てを一気に飲み込む大炎流だ!」
くくくっ、と笑いながら、奴は続ける。
「特に室内で発動するとすごいんだよ。こんな風に、炎が渦を巻いて全てを吹き飛ばす! ……さて、そろそろ火を消して、炭になった君の姿を見てみようか、ブレイズ」
直後、ふっ、とまるで今の魔法が嘘だったかのように、炎が消えた。バーニアスはおちゃらけて言う。
「いやぁ、あの魔法の欠点は、僕も少し暑いことだね。照り返した熱が空気を熱して、夏みたいになるのさ。それで、さてさて? ブレイズ、君はどこに―――」
俺はしがみついていた天井を離し、バーニアスの背後に落下する。その勢いを利用して、深く斬り下ろす。
「――――ッ」
バーニアスは大口を開けて、空気を吐き出しながら倒れた。血を流し、震えながら地に伏せている。
奴は首をねじり、目を剥いて背後に立つ俺を見た。
「な、何故……、何故生きている、ブレイズ。あの、あの大魔法で、何故死なない……!」
「魔法には、斬り方がある」
俺は剣を振るい、バーニアスの穢れた血を払う。
「斬り方次第では、魔法の入り込む余地のない空間というものを作れる。炎の勢いで天井まで飛ばされたから、安全な空間だけ作ってそこに隠れていた」
「な、何バカなこと言ってるんだ! そんなこと、人間にできる訳ないだろうが! ほ、本当の、本当の理由を話せよぉっ! 僕を、僕をバカにしてるのかぁっ!」
言いながら、震える手で地面を突いて、バーニアスは立ち上がろうとする。だが血でぬめった地面のせいで、手が滑って一度勢いよく突っ伏してしまう。
「う……う……? うわ、うわぁ、血、血だ。僕の、僕の血、僕の血だぁああああ!」
しばらく地面をのたうち回ってから、バーニアスはやっと起き上がってきた。その表情はひどいものだ。恐怖と怒り、憎悪。汚い感情で歪んだ顔は、見ていられない。
「ゆ、許さないぞ、許さないぞっ、ブレイズぅ! 僕の、僕の背中を斬るなんて! 痛い、痛いよ、クソぉ……」
「バーニアス、お前まともな怪我はそれが初めてか」
「はっ? そうに決まってるだろう!? 僕は、僕はブラッドフォード家の嫡男だよ!? 玉のような子だったんだ! そんな僕が、怪我をするなんてっ!」
「自分の火魔法で怪我をすることも、なかったのか」
「はっ? そんなのある訳ないじゃないか! 自分の魔法で怪我するなんて、三流もいいところだ!」
「そうか。確かに、俺もないな」
「……は? お前は、僕が散々焼いただろう?」
「いいや、違う」
俺は、傾く。
「俺も、剣で四肢を斬り飛ばされたことはないな、と思ったのだ」
駆け抜ける。一閃。俺はバーニアスの両足を切り離す。
ばしゃん、と水音を立てて、バーニアスは自らの血だまりに落ちた。噴水のように、奴の足から血が噴き出る。バーニアスは何が起こったのか分からない、という顔で、血に沈む。
「あ……あ……な、何が、何だよ、何があったんだよぉ。血、血が、血が広がっていく。わ、分からないよぉ。足の、足の感覚がないぃ……!」
「バーニアス、お前はこれから死ぬ」
俺が近づいて見下ろすと、バーニアスは「ひっ」と息をのむ。
「だが、助かる方法はある。火の魔人。アレになれば、お前は助かる。アレは不死なのだろう。四肢を切り落とされるくらいでは、死なないはずだ」
「い、嫌だ。嫌だッ! ば、バカじゃないのか! あんな、全身火だるまになれって!? そんな、そんなことになるなら死んだ方がマシだ!」
「そうか」
言いながら、俺はバーニアスの右腕を斬る。切断。俺は右腕を蹴り飛ばして、エントランスの入り口に滑らせる。これで、杖を握る左腕以外がバーニアスから離れた。
「あぁあああああ! やめろっ! やめろぉ! 熱いんだ! 斬られたところが、焼けるように熱いんだよぉ! やめ、やめてくれよぉ、助けて、くれよぉ……!」
ボロボロと涙をこぼしながら、バーニアスは懇願する。俺はその頭を踏みつけて告げる。
「俺は極論、お前が無力化されていればいい。お前は左手で杖を握っているから、まだ無力化できていない」
「て、手放すっ! 手放すからっ、助けてくれっ!」
バーニアスは、杖を投げ捨てた。俺は杖に近寄っていき、剣でへし折る。
「これで、無力化は済んだ。もう、お前には用はない」
「う、ぐ、み、見逃してくれるだけかよ。いや、いい、それでも、僕なら、天才の僕ならどうにかな―――っ」
そこで、バーニアスは気づいたようだった。
「ああぁぁああああぁぁああぁぁあぁぁ……!」
唸り声を上げて、背後から近寄ってくる何者か。腕を片方しか持たないバーニアスには、その正体を直接眼で捉えることが出来ない。
俺は言う。
「バーニアス。お前はもう魔法を使えない。いい機会だろう。自らの火は熱いのだと、身をもって知れる」
「う、嘘だ。嘘だ。だって、何で。ころ、殺したんじゃなかったのかよ。殺したんじゃなかったのかよ! やだ、嫌だ! 火の魔人、やめろ! 近寄ってくるな! やめろ!」
バーニアスは、火の魔人に覆いかぶさられ、火に包まれて燃え上がった。二人の魔人に覆われ、ぼおぼおと燃えている。
「熱いぃッ! 熱いぃいい! たすっ、たすけっ! お願いだっブレイズ! お前を焼いたのは悪かった! いじめてごめんなさいッ! だから、だから助け」
俺はベティの気配を探り、どちらに進むべきかを決める。それから、ちらとバーニアスを見た。
「バーニアス、先に地獄に落ちていろ。すぐに、父上に後を追わせてやる」
「ブレイズぅぅううううう!」
バーニアスは叫ぶ。俺はもう振り返ることすらせず、ベティと合流しに戻っていった。
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