25話 真相を彷徨って

 庭園の扉を閉めると、「ブレイズ様っ」とベティが近寄ってきた。


「ローズティアラ様とは、その」


「勝ったぞ」


「っ! 流石です、ブレイズ様!」


 パァッ、とベティは表情を明るくして、両手を合わせた。俺はただ頷いて、次にどうすべきかを話そうとした。


 しかし、ベティのメイド服に着いた返り血で、黙った。


「……何があった?」


「はい? ……ああ、この血ですか。何のことはありません。万全を期すためにも、他の暗器を始末してきたまでです」


 微笑みと共に言うベティに、俺は何度かまばたきする。


「……ベティ、こわい」


 人間に戻ったティルか言った。俺の後ろに隠れて、警戒しながらベティを見ている。


「あっ、えっ、えっと。ティル、様? その、怖がらないでくださいまし。ワタクシは、お二人のために動いたといいますか、その」


「様」


 ティルが繰り返した。ベティは目を丸くしている。


「レイ。私、様付けされた」


「そうだな」


「私、偉くなった?」


「少なくとも、ベティが言うことを聞いてくれる程度には偉くなったんじゃないか」


「むふー」


 ティルはご満悦だ。ベティが「あの……」と俺を見る。


「ティルは常にこんな感じだ。機嫌を取ろうとしても取れないし、取ろうとしてないのに喜ぶ」


「気分屋なのですね……」


「私は気分屋の強欲の剣」


「強欲の剣」


 気に入ったのだろうか、その称号。


 とはいえ、ティルはベティに気を許したようだった。俺の反対の手をベティに繋いで、「行こ」と言う。俺とベティは顔を見合わせて、クスリと笑い合った。


「ええ、承知しました、ティル様。一緒に行きましょう。……ただ、人目につくところでは様付けできませんので、ご承知おきを」


「致し方なし……」


 ティルは険しい顔で言う。随分と偉そうな物言いだった。






 俺たちはそれからしばらく屋敷を彷徨っていた。


 ただでさえ広い屋敷なのに、家人がほとんどいないため、手掛かりがないのだ。俺たちは歩きながら、どこかと探す。


 探しながら、いくつか会話を交わしていた。


「そう言えば、先ほど始末してきたという銀の暗器だが、もう全員殺したのか」


「いえ、見つかったのは一人でしたので、そちらを。残りは二人かと存じます」


「そうか」


 俺とベティ二人なら、ここで会話は終わるところなのだが、今はティルが元気でいる。


「その二人、どんな人?」


「ど、どんな人か、ですか?」


 ティルがわざわざ敵の素性を知ろうとするので、ベティは困惑している。


 俺は忠告した。


「敵のことなど余計に知ろうとするな。後悔するばかりだ」


「レイはそういうことあったの?」


「……7年前、地竜を狩った。食べきれないから骸を捌いていたら、そのつがいと子供の地竜が現れた」


 歩きながら言うと、ティルは興味津々で聞いてくる。


「戦ったの? 剣の時のことは、気配しか分からないから」


「いいや、戦わなかった。その時ばかりは女子供だと分かったから、俺から手出しをしなかった。すると向こうも俺を襲わず、ただ捌かれる父親の地竜を見つめていた」


 あの時は、嫌な気持ちにさせられた。襲われたから殺したのに、自分が悪人になったような気持だった。


「斬るべき相手のことなど、無用に知ろうとするな。太刀筋が鈍れば、こちらが死ぬ。誰にとっても死ぬべき悪人ならいいが、人間とは、一面では測れない」


「……ブレイズ様は、何というか、物事を深く考えているのですね」


 ベティは、俺を見てそんなことを言う。俺は肩を竦めて、前に進む。


 そこで、ベティが止めた。


「ブレイズ様、ティル様。この部屋は御屋形様の書斎です。気配はありませんが、何か情報があるかもしれません」


「私入りたい」


「分かった、覗いてみよう」


 俺はティルに先んじて扉を開く。書斎。気配の通り無人だ。それが分かると、我先に、とティルが中には入ってキョロキョロ周囲を見始める。


「本がいっぱい」


「そうだな。ベティ、情報源に有用なものは」


「執事さんの持っている予定表が見つかれば、ブラッドフォード家の皆様の動きが分かるかもしれません」


「分かった」


 俺たちは、手分けして予定表を探しに動き回る。とはいえ、こういった書類探しを心得ているのはベティだけだ。俺はよく分からないし、ティルは探す気がない。


 と思っていたら、ティルが「レイ、来て」と呼ばれる。手には表紙のなされた薄めの本がある。


「どうした」


「これ、面白い。一緒に読も?」


「分かった」


 隣に座り、覗き込む。軽く読んで、俺は口を引き結んだ。


『呪われた勝利の十三振りの使い手が揃った。オヴィポスタ伯に比べれば見劣りするが、全員が揃えば殺せるはずだ』


「ティル、これは」


「誰かの、日記? 私、文字読めるみたい。年の功が出た」


 ティルはない胸を張ってふんぞり返る。俺はその隙に日記を奪って、表紙を見た。


『ブラッドフォード家手記 代、メイジ・ロッドワンド・ブラッドフォード』


 やはりだ。養父の日記。スカーの語った陰謀の夜は、真実だった。


 俺はページをめくる。初めは大したことは書いていない。爵位を受け継いだとか、領地運営は順調とか、そう言う当たり障りのないことばかりだ。


 だが、契機となることが書かれていた。


『魔王討伐隊に、王より選抜された。隣接する領地の、オヴィポスタ伯と二人で行けという事だ』


「……ここで」


 父と養父がどこで知り合ったのか、ということは、疑問の一つだった。父を殺すほどの確執がどこから生まれたのか、という事も。


 その一つが、これだ。魔王討伐。勇者。俺はページをめくる。


『領地運営は、妻と家令に任せた。オヴィポスタ伯は前から知っていたが、強いというのは知らなかった。どのような魔法を使うのだろう。興味が湧く』


『オヴィポスタ伯は、魔法を使わないという。信じられない。魔法がなければ、恐ろしい魔物たちにどう対抗するというのか。何故王はこのような愚か者を選出したのか』


『嘘だ。あり得ない。意味が分からない。剣を振るばかりの人間が、何故ああまで強い。私は何もできなかった。巨躯の魔物も、それを操る魔人も、全て奴が殺した』


『聞けば、奴が持っているのは魔剣だという。魔剣ティルヴィング。その所為か、と少し安心した。あの魔剣を持てば、誰でも強くなれるのだろう。焦っていたのがバカバカしい』


『違った。あの魔剣は、持ってはいけないものだった。触れた瞬間、欲望が私を飲み込みかけた。オヴィポスタ伯に救われた。クソ。何でこんなものを持てる。こんな、こんな』


『私を憐れむな。見下すな。何が「次頑張ればいい」だ。お前は私を見て、優越感にしたっているのだろう、オヴィポスタ伯』


『爵位も下の癖に。魔法も使えない癖に。私は何故こいつに敵わない。私は魔法の天才のはずだ。魔法学校でも優秀だった。入学すらしなかったオヴィポスタ伯に劣るはずがない』


『許せない。殺してやる』


 俺は読みながら、養父の歪みを感じ取る。父はもっと単純な人だ。励ますときは励ましているだけだし、怒るときはただ怒る。そして少し時間を置けば、ケロリと機嫌を直している。


 逆恨み。


 俺は、こんなことで、と思う。こんな事で、養父は陰謀の夜を企てたというのか。ただ助けられてばかりだったというだけで、感謝を忘れて惨めさに狂い、恨みを抱いたというのか。


『魔王は、オヴィポスタ伯が殺した。私は何もしなかった。何も出来なかった。魔王は、恐ろしい。だが何よりも、私は、オヴィポスタ伯が恐ろしい』


『何だ。何なのだ、あの強さは。意味が分からない。一瞬で国を薙ぎ払った魔王を、何故一方的になぶれる。何故魔王の魔術を前に笑える。……狂っている。奴は、狂っている』


『殺したいとは、常々思っていた。だが、今は使命感のように、私の胸が締め付けられる。オヴィポスタ伯は、殺されなければならない。奴のような化け物は、生きていてはいけない』


 ページをめくる手が止まらない。そして、先ほどのページに戻ってきた。呪われた勝利の十三振りの使い手を集めた、と記すページに。


『奴は化け物だ。確実に殺す必要がある。呪われた勝利の十三振りを活用して、その呪いを十全にぶつけなければならない』


『呪われた勝利の十三振りには、それぞれ特性がある。それを理解して、全て踏んでいく必要がある。幸いにも、オヴィポスタ伯は私のことを親友だと信じている。それを、利用する』


 そこで、気になる記述があった。


『呪われた勝利の十三振りには、「警句」なるものが存在するという。唱えると、その一振りの真の力を発揮すると』


「……」


 俺は、無言の内にティルを見る。ティルは、何も言わず日記を見下ろしている。


『中でも、魔剣ティルヴィングは願い三つを引き換えに、所持者に破滅をもたらすという。ならば、オヴィポスタ伯を罠にかけ、その願いを使用させればよいのではないか』


『まず、警句を聞き出し、発動させるべきか。オヴィポスタ伯は酒に弱い。酔わせ、おだてれば言うかもしれない』


『聞き出した。魔剣ティルヴィングの警句は―――』


「ダメ」


 ティルが、遮ってくる。俺はティルを見る。


「知られたくないか」


「……ううん。違う。けど、……言葉にするのが、難しい」


「今は、見ない方がいいか」


「見ても、いいよ? けど、見なくてもいいっていうか」


 ティルの言うことは、イマイチ要領を得なかった。ティルが手をどかして唸り始める。俺は、続く文章を読んだ。


『人間とは、欲深きものであるが故に』


「……」


 俺は、眉を顰める。この警句を述べることで、ティルの本来の力が発揮される。だが、三つの願いを叶えた先では、破滅すると。


 ティルが、俺の顔を見て言う。


「これ、言う?」


「いいや、言わない」


「何で?」


「文言が気に食わない」


 俺が言うと、ティルはぷふっと吹き出す。


「ふふっ。レイって感じ。ワガママ」


「ティルに言われるとは」


「私は強欲の剣」


「そうだな、ティル。お前は強欲の剣だ。俺はお前の欲に助けられている」


 山に居た時、特に古龍を殺した直後、俺は本当に、あの後どうすればいいか分からなかった。今でこそ諸問題があるから、その解決のために動いているが、それもそれだけ。


 したいからやっているのではない。必要に駆られて体を動かしているのみ。


 だから、『やりたい』と俺にねだってくるティルの存在は、一種救いに近い。ティルが言うのなら。そう言う気持ちで動ける。


 それを、悟ったように『俺たち人間は、所詮自分の欲には抗えぬのだ』とでも言いたげな、諦観にも似た文言で穢されてたまるものか。


 俺は今の文言を綺麗さっぱり忘れ、続く記述を読み進める。


『準備は整った。策も決まった。市井の悪党、ブラッディ・スカーなる者も利用して、手はずを整えることに成功した。決行は、今宵だ。私は、オヴィポスタ伯を殺す』


『念のため、呪われた勝利の十三振りの銘をここに記す。何かがあった時、役に立つかもしれない』


 そこから、呪われた勝利の十三振りの名が列挙され始める。


『一、堕剣ウロボロス


 二、呪剣クロノス


 三、魔剣グラム


 四、呪刀死狂い


 五、虐鞭マスタースレイブ


 六、妖刀ムラマサ


 七、破戒槍なまぐさ


 八、獣剣ルナ


 九、黒死剣ネルガル


 十、魔剣ダインスレイヴ


 十一、呪縛剣ディアブロ


 十二、魔剣レーヴァテイン


 そして十三、魔剣ティルヴィング。これで呪われた勝利の十三振りとなる』


「このページ、破っていい?」


「ああ、いいぞ」


 俺が頷くと、ティルはページを破って、呪われた勝利の十三振りの名簿部分を取り出した。折りたたんで、大事そうに服に挟む。


「これで安心」


「ああ、そうだな」


 俺たちがそんな風に言っていると、「見つけましたよ。こちらにおいでください」とベティが声を上げる。

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