24話 薔薇の魔法使い、ローズティアラ
魔剣と化したティルを見て、ローズは叫んだ。
「あぁっ! あああぁぁあ! そう言うことでしたのね! ベティも連れず、見慣れない子を連れてきたと思ったら! あの魔剣でしたのね! ブレイズお兄様!」
ローズは頭を抱え、髪を振り乱して言う。
「許せない、許せないッ! 結局ブレイズお兄様は、魔剣をお選びになったのですね! アレだけアタクシが愛して差し上げようとしたのに!」
植物のツルがうねる。棘だらけの、野太い、腕のようなツル。それから無数に、周囲から伸び出してくる。
「思い返せば、あなたはどんな時でも、その目でいましたわね、ブレイズお兄様! どれだけの恥をかいても、侮辱を受けても、卑屈な笑みなんて決して浮かべず、あなたはッ」
「……」
俺は剣を構えながら、じっと狙いを定めていた。どのように斬るべきか。どうやれば殺さず、しかし無力化できるか。
俺は、足に力を籠める。
「そう言うことでしたのね……ッ。その目。その目です、ブレイズお兄様。あなたを覆い尽くすほどの魔法を前にしても、ただまっすぐ、前を見るその目!」
ローズは、手を広げる。
「―――ならばその目」
そして、ぎゅっと握りこんだ。
「今こそ、アタクシだけに向けさせてみせますわ」
怒涛のごとく、野太いツルが襲い掛かってきた。数える気すら起こらないほどの、棘だらけのツル。一本でも巻き付いたら、まともに動くことは難しくなるほど太いそれら。
それに俺は、ただ、こう問い返すのだ。
「執着しているのは、お前ではないのか、ローズ」
一閃。駆け抜ける。押し寄せていたツルの全てを断ち切って、ローズの腕を斬り飛ばした。
ローズの腕が飛ぶ。くるくると宙で回転し、地面を何度か跳ねて転がった。俺は着地しながら、「ふむ」と呟く。
「侮っていたな。魔法とは、そんな芸当も出来るのか」
俺は切り落とした腕を見る。それはすでに擬態を解いていて、シュルシュルと絡み合うツルと化していた。
先ほどまでローズだと思っていたものは、絡みあったツルの幻影だったようだ。俺は、剣を構え直した。
周囲を見回す。ローズの姿はどこにもない。気配はあるが、まだ掴みきれないと言ったところか。
「うふ、うふふふふふふっ。お兄様、ブレイズお兄様っ。アタクシを探してらっしゃるのね。嬉しいわ。今あなたは、アタクシのことだけを考えている」
室内庭園に、ローズの声が反響する。場所が分かりにくい。思いながら、俺は剣先を揺らす。
「ねぇ、ブレイズお兄様。今からでも、またこの家にお戻りになって? お父様には、アタクシが取りなしてあげる。ずっとずっと、大切に飼って、可愛がって差し上げるわ」
「断る」
「あら、つれないお言葉。でも、諦めませんわ。あなたが『喜んで飼われます』と答えるまで、この戦いは、続くのですから」
ローズは言って、「ねぇ、そうでしょう、薔薇たちよ」と言う。
途端、部屋の中央に大きな薔薇が咲いた。花びらを散らしながら、くるくると回っている。
「うふふっ、うふふふふふっ。ああ、嬉しいわ。成長したブレイズお兄様に、成長したアタクシの魔法をぶつけられるなんて」
シュルシュルと音を立てて、扉をツルが覆った。閉じ込めたつもりでいるらしい。そこで、僅かに息苦しさを感じた。
「毒か」
「あら、お早い気づきですのね。そうですわ。中央の薔薇は、毒を持った品種。アタクシが、手塩にかけて育てましたのよ」
俺はその薔薇を一閃して落とす。ローズは、クスクスと笑っている。
「なんて残酷なことをなさるの? 悲しいわ、ブレイズお兄様。悲しくて泣いてしまうわ。でもね、ブレイズお兄様。その涙は、もっとたくさんの薔薇を咲かせるのよ」
俺の周囲を囲うように、巨大な薔薇が咲く。それらも一閃して切り落とすと、さらに四方八方から薔薇が咲き誇った。
「うふふっ、無駄よ。手折れば手折るほど、毒薔薇は増えるの。種子を撒き、養分を吸って、急速に花開くのよ」
薔薇が弾ける。種が、丸で矢のように飛んでくる。俺は剣を振るい、種を切り伏せた。キキキキィン! と連続で甲高い音を上げて、種の残骸が俺の足元に散らばる。
「あら、すごいわ、ブレイズお兄様。剣で薔薇の種まきを防ぐなんて。でもね、種の巻かれた場所に居た時点で、狙われているのよ。薔薇は、養分を欲しているのだから」
ツタが、迫る。
俺はそれらを切り伏せる。だが、そこからローズの攻撃の手は激化した。種が四方八方から矢のように襲い来る。かと思えば、種の間隙を縫って棘だらけの野太いツルが俺を狙う。
俺はその全てを切り伏せていた。斬り、斬り、斬り、斬り、斬り、斬り、斬る。常に剣を振るっている。風鳴りと金属音、種の砕ける音、ツルが断たれる音ばかり。
振るいながら、俺は「ふむ」と頷いた。
「考えても、分からないな。耳では、ローズ、お前の場所が分からない」
「うふふふふっ! ブレイズお兄様、そんなことを言っている場合ではないでしょう? 昔っから、少しずれているのですから。おかしい人。そういうところも、愛おしいですわ」
それにしても、とローズは続ける。
「驚きましたわ、ブレイズお兄様。確かに、魔境山で生き延びるだけの剣の腕はございますのね。アタクシ、お兄様のことを誤解していました。何の才能も、努力もできない人だと」
でも。
「でも、剣士というのは、所詮魔法に拒まれ、神に愛されないかった証拠。剣を失えば無力になる。違っていて?」
一際素早いツルが、剣を絡みついた。それが四方八方から。強い力で、奪い取ろうとしてくる。
「うふふふっ。これだけで、剣士というものは困ってしまうでしょう? 奪われれば戦えない。奪われなくても動けない。―――お兄様」
クスッと、ローズは笑った。
「お仕置きを、して差し上げますわ」
まるで丸太のようなツルが、俺に襲い掛かってきた。
「何を勘違いしているのか分からないが」
俺は、剣を握る手を引き絞りながら言う。
「ツルに掴ませたのはわざとだぞ」
「はい?」
俺は、剣の魔力の筋道を見出して、一気に力を込めて振るう。
途端、庭園の全ての植物が切れ散った。薔薇も、ツルも、木々も、何もかも。散り散りになって、部屋中に降り注ぐ。地面が、残骸で埋まる。
その最奥で、キョトンとした様子のローズが座っていた。目を丸くして、こちらを見つめている。
「え……え……?」
「これで、ほとんど無力化したようなものだが。念には念を入れるべきだろう」
俺が歩み出すと、ローズは身を竦ませる。
「な、何でっ。何でですのっ!? 今、あなたは何を! 何をしたというんですの!?」
「魔力の筋道を斬った。そういう、技がある。敵の魔力の筋道を把握して、そこから適切に力を伝えて破綻させる。難しい技だが、効果は絶大だ」
「う、嘘。こんなの嘘ッ! 何でッ! 何であのブレイズお兄様が、そんなに強いの!」
怯えと、俺には伺い知れない複雑な感情でもって、ローズは涙を流しながら叫ぶ。
「あなただけは! あなただけはアタクシの下でいてくれたでしょう! ブレイズお兄様が居なくなったせいで、アタクシが一番下になってしまった!」
「……」
「それが、こんな、ズルいです! ズルいですわ! 一人だけ居なくなってしまうなんて! 一人だけ逃げだすなんて!」
俺は、黙して近づく。ローズは震える体を奮い立たせて訴えてくる。
「お父様も、バーニアスお兄様も、アタクシに何の興味もございません! 僅かでもアタクシを見てくれたのは、ブレイズお兄様、あなただけでしたのにっ! あなただけがアタクシを見て、アナタだけがアタクシの下に居てくださったのに!」
ローズは、滂沱のごとく涙を流し、至近距離に至った俺に縋り付いて言う。
「ブレイズお兄様……っ」
まるで、捨てられた子犬のように。
「何で、アタクシを連れて行ってくださらなかったの……?」
俺は、剣を振るう。
ローズのたおやかな指が、指輪ごと飛んだ。「あぁッ!」とローズは叫んで、うずくまる。その手から血が流れる。だが、腕が飛ぶのよりも、首が飛ぶのよりも、ずっとマシだ。
「ローズ」
俺は踵を返しながら、言った。
「なるべく早く、この屋敷から出ていくことだ。バーニアスと父上と戦えば、まず間違いなくこの屋敷は焼け落ちる。信頼できる者に、連れ出してもらえ」
「……そんな者、いませんわ……。いっそ、いっそ殺してください……ブレイズお兄様……」
呻くように言うローズに、俺はもう何も言わなかった。庭園の扉を開き、立ち去るばかり。
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