20話 標的は誰だ
カッツの家で、俺はベティの拘束を解いていた。
「お、おい、いいのかよ。確かに今頷いたけど、もう少し慎重に」
「ベティは、武運を祈ってくれた。なら、ベティはもうブラッドフォード家の人間ではない。俺付きのメイドだ」
マーチャの指摘に俺が手を動かしながら言うと、「ブレイズ様……」とベティは涙をこぼした。俺は「いちいち泣くな、辛気臭い」と縄を解く。
「呪物商。お前の護衛、情緒もへったくれもねぇな」
「うるせぇ、強ければいいだろ護衛なんて」
カッツがマーチャを、俺をダシにしてからかっている。ティルはむすーっとして、俺に背中から抱き着いている。
「……ところで、ブレイズ様。その、そちらの方々は」
「ああ、紹介がまだだったな」
俺が席に座り直すと、何故だか正面から抱き合うような体勢で、ティルが俺の上に座ってくる。仕方がないので俺は抱き寄せつつ、一人一人言った。
「そちらの軽薄そうな男がマーチャ。俺の今の雇い主だ」
「軽薄そうって何だよ。まぁいい。マーチャだ。これから成り上がる有望株だぜ。仲良く頼むよ嬢ちゃん」
「は、はい。よろしくお願いします」
「で、そちらのいかつい男がカッツ。俺を殺しに来たギャングの若頭だ」
「殺しに来た!?」
「暗器の嬢ちゃん。アンタに驚かれちゃ、俺だって世話ねぇよ」
「す、すいません……。それで、ブレイズ様。そちらの小さな女の子は……」
俺はティルを見下ろす。ベティにけん制するような鋭い目線を送りながら、俺を独占するように抱きしめている。
「この子はティル。魔剣ティルヴィングだ」
「レイの恋人!」
「えっ? はっ!?」
「メイドちゃん過去一驚いてるな」
「驚かない訳ねぇだろ」
男二人が無関係面で言い合っている。
「え!? てぃ、ティルヴィングって、あ、あの魔剣ですか!? ダート様がお使いになっていた、あの!?」
「そうだ」
「……何で女の子になったんですか」
「ティル、何でだ」
「古龍の血のせい……?」
「だそうだぞ」
「古龍……? 何でそんなものを」
「殺したからだが」
「殺したんですか!?」
ベティがまた目を丸くしている。俺は気づいた。話が進まないと。
「私は、レイの、恋人!」
「しかも恋人!? さっきも言ってましたが、どういう事ですかブレイズ様!」
「さて、では早速ブラッドフォード侯をどう殺すか、と言う段取りを決めていきたいが」
俺は二人を無視することにした。
「俺の想定だと、屋敷に向かって斬り殺す、と言う以上の発想が思い浮かばない。だから、お前たちに意見を仰ぎたい」
「ブレイズなら、それでも半分くらいの確率で何とかなりそうなのが怖いな」
マーチャは肩を竦めながら、冗談めかしてそう言った。マーチャには意見はない、ということらしい。
だが、カッツとベティは首を振る。
「確かに剣士の実力なら、可能性がゼロとは言わないが、それでも厳しいだろう」
「そんな乱暴な方法では、間違いなく失敗します」
俺は二人に視線を向ける。
「何故か教えてくれ。まず、カッツ」
「俺もボスの言いつけで領主のことは調査してるがな、あの屋敷には手練れが多いんだ。銀の暗器の冒険者たちに、手塩にかけて育てられた子供二人」
俺はそこで、気になっていたことを尋ねる。
「暗器の冒険者、とは何だ。冒険者は、剣、弓、松明だけではないのか」
「貴族の子飼いになると、暗器の冒険者ってのになるんだよ。貴族の子飼いなだけあって、事情通しか知らん。そこのメイドの嬢ちゃんもそうだろ」
「……はい」
ベティは頷く。俺は理解して、カッツに「続けてくれ」と促した。カッツは頷いて口を開く。
「正面突破だと、この全てを敵に回すことになる。銀の暗器の冒険者ってのは、それだけで街のトップの実力者ってのと同義だ。そこに秘蔵っ子が加わると、手が付けられん」
「質と数が揃っている、という話か」
「ああ」
俺は納得して、ベティを見る。ベティは目を伏せて、話し始めた。
「ブレイズ様は確かにお強いので、銀の暗器団に関しては、問題ではないと考えます。10人所属しておりましたので、残るは7人。恐らくは勝利できるかと」
「だが、その上で勝利できる可能性はない、と言ったな」
「はい。その7人を相手取っている間に、ご子息のバーニアス様、ご息女のローズティアラ様、そして御屋形様が現れるでしょう。このお三方が揃えば、勝ち目は……」
俺は、その名に眉を顰める。俺をなじった義兄妹。義兄バーニアス。義妹ローズティアラ。どちらも、魔法の才能に溢れていた。
「つまり、3人を各個撃破できるなら、可能性はあるという事か?」
俺が言うと、ベティは「それでも、難しいとは思いますが……」と言った。勝率は、それで随分上がる訳らしい。
「なら、その人たちのこと、教えて」
ティルが、ベティにそう言った。ベティは頷き、一人一人説明していく。
「バーニアス様は、炎の魔法を好みます。全てを焼き尽くす業火を振るい、どれほどの敵でも瞬時に炭化させてしまうのです」
記憶の通りだ。10年前では、少々の火炎を放つくらいのものだったが、今では余程進化したらしい。
「ローズティアラ様は、薔薇の魔法を好みます。特に、ローズティアラ様の魔力の浸透した植物が植えられている庭園の中では、無類の強さを誇ります」
これも、記憶の通り。造花の杖を好んで振るっていた。植物の芽を足元に生やされ、良く足を掛けられたものだ。
「最後に、御屋形様です。御屋形様は、血の魔法を使うと言われています。ですが、それ以上のことは、ワタクシごときでは知れる立場にありませんでした」
魔法の名家として知られるブラッドフォード家。その当主だ。魔法にかけては、他の追随を許すまい。
「この3人を、各個撃破すればいいのだな」
「……」
ベティは、苦しそうな顔で目を伏せた。一番可能性のあるやり方ではあるが、それでも困難である、と考えているのだろう。
「各個撃破、なぁ」
そこでマーチャが、声を上げる。
「とりあえず、正面突破じゃあできないな。ある程度、素性がバレないままに屋敷を歩き回れる格好をする必要がある」
「変装か。マーチャは得意だったな」
「ああ、得意だぜ? もっとも、正式な服装みたいなのは、取り寄せなきゃならんが」
「俺なら用意できるぞ。表向きは、ボスはまだブラッドフォード家と親交がある。あの家の使用人服を製作し納品しているのは、ブラッドステインズ傘下の服屋だ」
カッツは、その様に語った。話がトントン拍子で進んでいく。そう言う雰囲気が、構築されつつある。
「なら、変装してもぐりこめばいいな。屋敷内の案内は、ベティに頼めるか」
「……」
沈黙。ベティは、深呼吸した。それから、震える腕を押さえながら、強い意志を秘めた目で俺を見る。
「かしこまりました、ブレイズ様。あなたを裏切っておきながら、お許しいただけたこの御恩。御屋形様への裏切りとこの命をかけることでもって、お返ししたいと思います」
俺は頷き返す。ティルの手を握り剣に変化させ、俺は地面に突き刺した。
「では、やろうか。ブラッドフォード家を、血で染めるぞ」
その宣言に、全員が身震いした。マーチャが「うぉー……!」と声を漏らし、カッツが「おっかねぇ奴だ」と吐き捨て、ベティが「もしかすれば、ブレイズ様なら」と呟く。
一方で俺は、ただ父の笑顔を思い出していた。
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