16話 悪党は呪いを語る

 窮地を逃れた俺たちは、ひとまず場所を変えよう、と全員で移動した。


「そこにウチの隠れ家がある」


 部下を下がらせたカッツに案内され、俺たちはカッツの隠れ家に案内された。


 俺はベッドに細身の黒ローブを放り投げた。黒ローブは僅かに弾んでベッドに横になったが、起きる様子はない。


 はずみで、そのフードが外れて顔が見えた。水色の髪をした少女だ。幼くさえ見えるティルに比べると、もう少し大人に見える。


「ヒュウ。随分別嬪さんに狙われたもんだな。色男め」


「マーチャ、からかうな」


「へへ、そう言うなよ」


 俺は息をついて、椅子に腰を下ろした。それから、ここに集まった面子に目をやる。


 まず俺にティル、マーチャ。ティルを奪いに来たカッツ。俺を殺しに来ただろう細身の黒ローブ。


 異色の組み合わせだ。椅子に座ったマーチャが、「んで、ブレイズ」と俺に声をかけてくる。


「どうすんだ、これから。問題が重なってて、一旦整理したいんだが」


「ああ。現状ブラッドステインズの問題と、黒ローブの刺客の問題があるが」


 俺たちは黒ローブを見る。まだ意識を失っていて、目覚める様子がない。


「とりあえず、拘束しねぇか? このままだと起きたらすぐ逃げられちまうぞ」


 マーチャの言葉に、俺は頷く。


「カッツ、縄などはあるか」


「ああ、やるよ」


 カッツは立ち上がり、物置からすぐに長い縄と猿ぐつわを投げ渡してきた。すぐに取り出せる場所に縄がある、と言うのは、何ともギャングらしい。


 俺とマーチャは黒ローブを縛ったが、それでも目覚める様子はなかった。固く縛ったし、杖も取り上げたので、目覚めたとて脅威になることはないだろう。


「こっちは目覚めるまで待機、だな」


 マーチャがパンパンと手を叩いて言った。すると、カッツが口を開く。


「じゃあ、次はこっちだな」


 カッツはニヤリと笑った。俺たち全員が、椅子に座る。


「早速だが、ボスの元まで案内したい。この修羅場続きだ。罠を張る時間はなかった、と信用してもらいたいもんだが」


「いいや、まずそのボスについて聞かせろ。お前から提案してくるってのが、こっちからしてみれば不気味で仕方ねぇ」


 マーチャは言う。だが、カッツは「嫌だね」と言った。


「どうせお前らは、ボスに会わねぇと街から出ることもできやしねぇ。だろ? なら、観念して会っておけよ。それともブラッドステインズの襲撃を受け続けるか?」


「チッ……」


「マーチャ、案ずるな。俺は負けない」


「……確かに、ブレイズが負ける気はしないけどよ」


 マーチャは、不承不承頷いた。「よし」とカッツは立ち上がる。


「なら、早速ボスの前に連れていく。ついてこい」


 カッツは奥の部屋に進み、壁を押した。するとそこは押戸になっていて、そこから地下に降りて行けるようだった。


「おい、これ罠じゃねぇのか。こんな狭い道でよ……」


「マーチャ。生き埋めにするにしろ、落とし穴にしろ、死ぬのはカッツだけだ」


「悪者は撃退」


「罠は仕掛けてねぇっつったろ」


 俺たちは狭い地下道をしばらく進む。すると階段に至って、ぞろぞろと上って行った。


「ここから、本拠地になる。暴れるなよ」


「状況による」


「……ま、敵である以上、そうなるか」


 俺の返答にカッツは渋面になりながら、高級そうな扉を叩いた。


「カッツです」


「入りたまえ」


 スカーのしわがれた声が返ってくる。俺たち四人は、カッツに続いて入っていった。


 部屋は、まさに重役室といった風情の部屋だった。様々な図書の詰まった本棚に囲われ、重厚な机が中央に一つ。


 そこに、しわがれた老人、ブラッディ・スカーが座っていた。奴は書類にサインを記しながら、こちらに声をかけてくる。


「おぉ、カッツ。実に早い仕事だった……な……?」


「ボス、単刀直入に申し上げます」


 こちらの面子に気付き、スカーは呆けた声を上げる。カッツは、落ち着いた声で言った。


「ブラッディ・カッツ隊は完敗しました。交渉で、この場に連れてきています」


「そういうことだ。慎重に話せ」


 ティルは俺の手を握っている。いつでも剣に変化できる、という体勢だった。


 スカーが、動揺に声を揺らす。


「カッツ、お前……」


「安心してください。拷問で全部漏らしたとか、屈服させられたとか、そう言うことじゃあないんです。あくまで、一度完敗して、交渉に切り替えた結果です」


「……つまり、完全敗北が視野に入るような敵だったわけか。それを、交渉でどうにか話せる状態で連れてきた、と」


 スカーが、しわがれた顔を強張らせる。敗北後即座に交渉に切り替えられるカッツも大概だが、それを聞き入れられるスカーも頭が回る。


 スカーは引きつり笑いをした。


「ヒ、ヒヒ……分かった。呪物商さん、それに護衛さんたち。ならば、交渉と行こう。今度こそ、まともな交渉だ。昨日は悪かったね。随分と儚げな護衛を連れているから、侮ってしまった」


「やっぱティルの外見だよなぁ……。ブレイズ、ティルを隠すか、お前の外見をもっとごつくできないか?」


「ヤダ」


「無理を言うな」


「だよなぁ。……まぁいい。じゃ、交渉だ」


 マーチャは、スカーの前に移動する。交渉は俺の本領ではない。マーチャに任せよう。


「まず、ティル……魔剣ティルヴィングが欲しい理由を教えてくれ。それを聞いてから、妥当なラインを探っていく」


「コレクション、と言ったらどうする」


「そりゃあ、困っちまうな。そもそも、オレが用意したのは偽物だけだ。本物は、偶々現地で護衛契約を交わしたブレイズの持ち物でな」


 肩を竦めて、マーチャは言った。それから、俺に振り返って問うてくる。


「おい、スカーが『コレクションに欲しいだけだ』って分かったらどうする、ブレイズ」


「皆殺しにする。交渉の余地がない以上、交渉はしない」


 俺の言葉に、「うぐっ」とカッツは肩を跳ねさせる。それにスカーは、笑いだした。


「ヒヒ、ヒヒヒヒヒ、カハハハハハハ! 強気な言葉だ。だが、カッツ隊が完敗したのなら、出来るのだろう。見たところ、怪我一つしていない」


 スカーはひとしきり笑ってから、マーチャに言った。


「殺したい者が居る。魔剣ティルヴィングでなら、殺せることが分かっている。手段として欲しかったわけだよ。『呪われた勝利の十三振り』なんて悪趣味なもの、本当なら持っていたくはないからねぇ」


「むー……」


 ティルはあしざまに言われて、不機嫌そうだ。


 マーチャは俺を見てくる。戦闘なら、俺が前に立って話した方がいいだろう。俺はマーチャと入れ替わるように、ティルを連れて前に出た。


「殺したいのは、誰だ」


「……」


 スカーは、じっと俺を見つめてくる。俺がそれをまっすぐに見返すと、スカーはニタリと笑って言った。


「領主殿だ」


「……何?」


「だから領主殿だよ、護衛さん。メイジ・ロッドワンド・ブラッドフォード。この領地を統べるブラッドフォード侯爵を殺したい」


 ギラギラと危うく輝く瞳で、スカーは言った。俺は僅かに言葉を失い、それから「何故だ」と問う。


「ヒヒ、それが、護衛さん。君に関係あるかね?」


「ある」


 俺は続けた。


「俺は、ブラッドフォード侯のかつての養子だ。ブレイズ・ロッドワンド・ブラッドフォード。公的には、俺の名前はそうなる」


「―――オヴィポスタ伯の息子かッ!」


 目を剥いて、スカーは言った。口端を吊り上げ、まるで悪魔のように笑っている。


「ヒ、ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒヒ! それは、それは数奇な巡り合わせだ! ああ、何ということか! これだから人生というものは面白い! ヒヒヒヒヒヒ!」


「……父を。俺の実の父を、知っているのか」


「ああ、ああ! 知っているとも! あの恐ろしい夜には、私も関わっていた! 剣聖、ダート・オヴィポスタ! 最強の剣士を殺すための、陰謀の夜に!」


「―――――ッ」


 それに、俺はスカーの襟首を掴んでいた。


「何だと。どういうことだ。父は、魔物に殺されたと」


「ヒヒ、魔物? 魔物になど、あのオヴィポスタ伯が殺されるものか。他国の王を斬り、魔王を斬り、果ては邪神すら斬った剣聖が、その程度で死ぬものか!」


 俺は、動揺していた。果敢に戦って死んだと伝えられていた父。だが、違うという。陰謀の夜。俺は、スカーに問う。


「ならば。何故父は死んだ。それほどまでに強いという父が、何故ッ」


「『呪われた勝利の十三振り』」


 ヒヒ、とスカーは嗤う。


「その内、オヴィポスタ伯が使用していた魔剣ティルヴィングを除く、十二振り。その全ての遣い手が集まって、オヴィポスタ伯を殺したのだ。それこそが陰謀。剣聖殺しの夜だ」


「……呪われた勝利の、十三振り……」


 俺は、手から力が抜けるのを感じる。スカーは椅子に座り直して、なおも笑う。


「惨い死に様だった。呪われた勝利の十三振りは、その全てがあまりに惨い。剣聖の尊厳など欠片もなく、オヴィポスタ伯は、君の父は、謀殺されたのだよ」


 そして、とスカーは言う。


「その計画犯は、私も憎むあの男。ブラッドフォード侯だ」


「ッ!」


 ヒヒ、とスカーは笑った。


「何を考えたか、剣聖殺しの計画犯が、剣聖の息子を育てようと聞いた時には耳を疑った! 一体何考えているのか、とな。それで結局逃げられているのだから、笑える話だ!」


 スカーはしきりに笑っている。俺は内心荒れ狂う感情に、全身が震えていた。


 だが、右手にきゅっと力を感じた。見れば、ティルが心配そうに見上げている。俺はそれで、不思議なくらい冷静さを取り戻した。


「……ありがとう、ティル」


「ううん。私は、レイの剣だから」


「ああ。そうだな」


 俺はスカーに問う。


「もう、その話はいい。今回の話をしろ」


「ああ、そうだったな。何、君の出自が分かった以上、我々は半ば同士だ」


 スカーは、そう言って、笑みを深く、深くした。


「君に、すべてを語ろうじゃないか」


「……」


 俺は何も言わない。ただ警戒を続けたまま、奴の話に耳を傾ける。

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