15話 烏合の衆
殺伐とした過程に対して、随分と安穏とした決着に落ち着いたものだ。そう思っていたら、不意に妙なことに気付いた。
「……気配が消えた」
「あ? 剣士、何を言ってる」
カッツが俺を見て訝しむように言った。俺は続ける。
「山の時と同じだ。気配がない。―――マーチャ、観客たちはどこに行った」
「ん? そりゃその辺に……は?」
それで、全員が異変に気付いた。先ほどまで賑わっていたはずなのに、気付けば俺たち以外誰も残っていない。観客は消え、他の出店の店番たちも消え、広場は俺たちだけになった。
そこに、黒のローブで全身を覆ったものが現れた。二人。以前の黒ローブよりも大柄な一人と、さらに小柄な細身の一人。
奴らは、胸元に銀のネックレスをつけていた。これも以前の黒ローブと同じだ。すでにアクセサリーからは刃が飛び出している。
「『暗器』……!? しかも銀等級かよ。何で奴らが、ここで噛んできやがる」
カッツが、動揺しながら黒ローブを睨む。だが、黒ローブたちは、カッツに目もくれず、ただ俺をフードの奥から睨みつけてきた。
「ブレイズ・ロッドワンド・ブラッドフォード」
大柄の黒ローブが、俺を呼ぶ。その名に、マーチャとカッツが俺を見て「「は?」」と言う。
「まさか、無事だとはな。昨日お前を襲った奴は、凄腕の魔法使いだった。為す術なく倒れるものと思っていたら、奴はお前に、傷一つ付けられなかったとは……」
「もういいでしょう。どうあれ、ワタクシたちはやるしかないわ」
大柄ローブに、細身ローブが言う。細身の方は、どうやら女らしい。可能なら、女子供は殺したくないが。
ティルが俺の手を取って、剣に変化した。俺が構えると、マーチャが尋ねてくる。
「お、おいおい、何だよそれどういう事だよ。ロッドワンド? ブラッドフォード!? ブレイズ、お前貴族だったのか!? しかもこのブラッドフォード侯爵家の人間かよ!」
「昔の話だ。まさか今になって、問題になるとは思っていなかった」
「……剣士。お前魔剣といい、貴族身分といい、厄介ごと抱えすぎじゃねぇのか」
「持って生まれたものだ。今更どうこう言っても仕方がない。……が、ひとまずお前らも警戒しておけ」
俺が言うと、マーチャが「え、マジかよ」と言い、カッツが「一応言っておくが、俺はお前の敵だぞ。こいつらがお前を殺してくれる分には何も問題ないんだぜ、剣士」と言う。
俺は言った。
「勘違いするな。奴らは殺さない人間は人払いして遠ざける。それで居なくならない相手は、全員標的という事だ」
「―――ッ! クソ、やるしかねぇか」
「チィッ! お前ら! 構えろ! ブラッディ・カッツ隊、血の剣舞を見せつけてやれ!」
マーチャは短杖を取り出し、カッツたちは再び剣を手にする。
細身ローブが、大柄に問う。
「どう思う?」
大柄ローブは、こう答えた。
「烏合の衆だ」
二人揃って杖を取り出す。大柄ローブはごつごつとした長い杖を、細身ローブは高価そうな短杖を。
大柄が、長杖の丸まった先を、地面をこすらせるように走らせた。
「盟約結びし大地の女神エレクラよ! 奴らの前に大地を波打たせ、一息に薙ぎ払え!」
大柄の杖の先の地面が、まるで波のように揺らめいた。そこから地面の波はどんどんと大きくなって、俺たちに被さるほどに大きくなる。
俺はマーチャを抱えて跳躍し、地面の大波を躱した。
「うおぉっ。た、助かった」
「護衛だ。このくらいはする」
しかしカッツたちは躱しきれず、全員ひとまとめに広場の奥まで押し流されてしまう。
「くっ、この程度、痛くもねぇんだよッ!」
カッツが立ち上がり、黒ローブたちに向かって行く。仲間も同じだ。
しかし、敵がこの程度で済ますはずが、そもそもなかった。
「蒸気、雲、雨。垂れこめるは暗雲。しかし振り出すは雨ならず。冷たき風吹きて、雨粒は鋭く凍る。すなわち、降り落ちるは氷柱。下に居る者全てを突き刺し、針山に変える氷柱」
クルクルと短杖を回しながら、細身ローブは唱える。俺は空を見上げ、俺たちの上空にだけ暗雲が垂れ込めているのに気付いた。
「マーチャ、俺から離れるなよ」
「離れろって言われても離れねぇ」
遠くで、カッツたちが苦しい声を上げる。
「な、何だ。今度は何をするつもりだ」
そして細身が、杖を下に振るった。
「氷柱の雨が、降りしきる」
暗雲の中から、まるで矢の雨のような領都勢いの氷柱が降り注いだ。俺は息を鋭く吐き、剣を握る手を引き絞る。
「ティル、振り回すぞ」
剣閃。無数に振るう、振るう、振るう。心を無にして剣を振る。降り注ぐ全ての氷柱を剣で切り伏せる。
遠くで、悲鳴が上がった。カッツたちがやられたのだろう。だが、俺から言うべきことはない。彼らはどうせ、後になって生き返る。
俺はそれから十秒間降り注ぐ氷柱の雨に嫌気がさしてくる。この程度何時間でも対処し続けられるが、だからと言ってやっていたい訳ではない。
俺は僅かな間隙を見付け、剣に力を込めた。
「面倒だ。雲ごと斬ってしまえ」
一閃。空に向けた一振りで、暗雲が真っ二つに分かれる。そこから破綻していき、暗雲は消え去った。
「うぉおお……! 雲を、雲を斬りやがった」
マーチャが言うが、俺は油断できずに周囲を見渡す。だが、何故かすでに黒ローブたちは消えている。
どこに消えた。そう思っていると、異音が二方向から聞こえた。
「お、おい、ブレイズ、あれ」
マーチャが指さす方向を見ると、そこには全長が二階建ての家ほどもありそうなゴーレムがいた。土くれの魔法人形。巨大なる力。それがゴーレムだ。
そこで、声が聞こえてきた。
『俺のゴーレムだけではないぞ、ブレイズ・ロッドワンド・ブラッドフォード』
『ワタクシのゴーレムも、ございます』
直後、背後に強烈な気配を感じた。振り返ると、そこには異形のゴーレムが立っていた。
基礎は氷だ。アイスゴーレム。だが、暗雲から降らせた氷柱だけでは足りなかったのだろう。
「う、うぅ……」「た、たすけ……!」
そのアイスゴーレムは、カッツ隊の男たちを巻き込んで構築されていた。奴らは血を流し、その血ごとアイスゴーレムの一要素として組み込まれてしまっている。
人間の分だけかさ増しされたアイスゴーレムは、土のゴーレムと同じほどのサイズがあった。恐らく、同程度の強さだろう。
だが、一番の特徴は、その見た目だろう。カッツ隊が不死身でなければ、切るのを躊躇う造形をしている。
『行きなさい、血と氷のゴーレム』
二つのゴーレムが、俺たちに向けて歩きだす。マーチャが俺にしがみついて震えるので、突き飛ばして離した。
「なるほど、お前らの実力のほどは分かった」
攻撃の手を段取りよく整えた上に、そもそも場所を分からなくさせるという極めて高い防御法を取る。俺はそう言った手腕の諸々を評価して、微笑みと共に告げた。
「お前らは、烏合の衆だ」
踏み込む。土のゴーレム。ゴーレムは俺に拳を振りかぶるが、遅い。
ティルヴィングを走らせる。一閃、さらに一閃、さらにさらに一閃。
「崩れろ」
土のゴーレムが、切断面から瓦解する。
『なぁッ!?』
『嘘、こんな一瞬で』
「次」
血と氷のゴーレム。中にはカッツ隊の連中が混ざっている。奴らは俺を見て、観念したように目を瞑った。俺は笑う。
「潔い。そのまま、歯を食いしばっていろ」
俺は跳躍し、血と氷のゴーレムの首を一閃した。さらに剣閃を走らせ、血と氷のゴーレムを細切れにする。
そうして、カッツ隊の連中が解放された。地面に落ちて、奴らを拘束する氷が砕ける。
「ぐほっ。う、お、し、死んでねぇ」「マジかよ。俺たちを斬らずに氷のゴーレムを倒したのか」
『ぐっ。おい、ここは撤退だ。彼は想定よりも遥かに強い』
『目の当たりにして、やっと実感したわ。まさかこんなに強いなんて……!』
慌てる二人の気配が強くなる。俺は目を閉じて耳を澄ませた。
周囲の気配を探る。人払いで観衆は居ない。また奴らは慌てていた。しかも、こちらの状況が把握できる程度には近くに居る。その程度なら、この身一つで発見できる。
俺は心を静め、一つ一つを明確にしていく。近くにマーチャ。少し離れてカッツたち。さらに遠くに、二つの気配。
俺は目を開く。
「逃すものか」
さぁ、捕えに行くぞ。
俺は駆け出す。「はっや!」とマーチャが言う。俺は気配の方向に建物があったから、壁を何歩か走って跳躍し、家の屋根に乗り上げた。
「お、おい、あいつ魔法を使ってないよな」
「身体能力だけで、家を登ったぜおい」
屋根を駆ける。三軒先またいだ先の路地に、奴らは身をひそめていた。黒のローブで身を包む刺客たち。俺はそこに強襲を掛ける。
「まず、一人」
落下と共に剣を振るい、俺は大柄の黒ローブの首を刎ねた。「嘘ッ……!?」と怯む細身のローブを掴んで、強く壁に叩きつける。
「あっ、がぁっ……!」
細見はそれだけで前後不覚になった。俺はそこをさらに手繰り寄せ、首を絞める。
「……ぅ……く……ブレイズ、様……」
細見の黒ローブはそれだけ言って、全身から力を抜いた。気絶。俺は細身を抱え上げ、歩いて元の広場へ向かう。
「この人、レイのこと様付けで呼んでた」
いつの間にか人間になっていたティルが、そんなことを言った。俺は頷き、言う。
「ああ。こう何度も襲われると面倒だ。こいつから情報を引き出そう」
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