14話 厄介者たちは交渉を始めた

 俺がティルに歩み寄ると、ティルは俺に抱き着いてきた。


「サンドイッチ……」


「マーチャに謝ってもう一つ作ってもらおう」


 マーチャの出店の方を見る。するととっくに軽食屋の体裁を取り払って『ブラッドステインズVS謎の剣士! 観戦料銅貨二枚』と看板を立てていた。


「という事で、勝者は謎の剣士と少女の二人組! はいはいこれから予想を当てた人に払い戻しするよー! チケット持って集まってねー!」


 はげた中年男に変装したマーチャは、賭けの胴元までこなしたらしい。周囲には人が集まって、サンドイッチを食べている。


「クッソー、まさかこっちが勝つとは」「兄ちゃん! 儲けさせてもらったよ!」「嬢ちゃんが人質に取られた時はヒヤヒヤしたけど、いやぁ一本取られたね!」


 観客が口々に言うので、俺は戸惑ってしまう。一方ティルは流石のマイペースで、手を振り返していた。観客、特に男から歓声が上がる。


「あの子めっちゃ可愛いな!」「数年後が楽しみだな」「神秘的な雰囲気があるなぁ……」


「レイ、私人気」


「そうだな」


「……可愛いって言って」


「可愛いぞ、ティル」


「~~~~~~! 嬉しい。恥ずかしい」


 ティルはくねくねしている。これだけの血だまりの中でも、ティルはいつも通りだ。


 と思っていたら、きゅうにぷくっと頬を膨らませて、ティルは俺に文句を言う。


「そういえば、さっき、浮気してた」


「……浮気……?」


「他の剣で人を斬ってた」


「……ああ、なるほど」


 俺は理解する。ティルは剣なので、他の剣を使うと浮気判定になるらしい。


「ティルを剣として振るえないときは、どうすればいい?」


「素手で戦って。他の剣、使って欲しくない……」


「分かった。だが、それで窮地になるかもしれないが、いいか」


「ダメ。レイが危ないのは、もっとダメ。でも、やっぱりティルしか使って欲しくない……」


 ティルは難しい顔で俺をぎゅううと抱きしめている。俺は微笑して、ティルの頭を撫でた。


「分かった。危なくない範囲で、素手で何とかしよう」


「うん……」


 そこで、カッツが呻いた。どうやら、目を覚ましたらしい。


「う、くそ、何がどうなった……」


「起きたな」


「ッ!? お前は。野郎ども! 今どうなっ……て……」


 カッツは周囲を見て、ようやく状況に気付いたらしかった。


「……マジかよ」


「ああ。さて、お前を生かした理由は分かるな。情報を吐いてもら―――」


「ったく、しょうがねぇ奴らだ。ボスが聞いたらブチギレるぜ」


 俺の言葉をまるっきり無視して、カッツは自分の人差し指をへし折った。


 ボキボキと音がするほど激しく折り、引きちぎる。そこから血が流れる。


 カッツは、歌い始めた。


「ブラッディ・カッツが血の神イーコールに血を捧ぐ。願いは血の兄弟たちとの再会なり。血の盟約に従って、兄弟たちを復活させたまえ」


 カッツの指から垂れた血が、地面につくなり浸透して消えていく。まるで何者かが飲んでいるかのように。


 俺は瞠目して、呟く。


「なるほど。魔法が重要視されるわけだ」


 男たちの死体が、蠢く血によって再生していく。奴らは「クッソー」とか「やられたぜ」とか言いながら、ぐずぐずと復活した。


 まさか死者の蘇生までもしてのけるとは。魔法とは、ここまで恐ろしいものだったとは知らなかった。


 だが、とはいえ、である。先ほどの敵がまた出てきたとて、どうにもなるものか。それに今は、ティルも食事を終えている。先ほど以上に、勝負にもなるまい。


「さて……とはいえ、すでに負けてんだよな。どうしたもんか」


 カッツも同じ考えらしく、俺から離れようともせず、腕を組んで考え始めた。復活した男たちも、お互いに目配せし合っては唸っている。


 俺は言った。


「もう一度戦うならそれでいいぞ。結果は変わらない」


「だろうな。分かってる。だがよ、俺たちも戦果なしじゃあ帰れねぇんだよ。困ったもんだぜ」


 カッツは、まるきり俺に向けた戦意を失っているようだった。男たちも同様だ。どうする、と悩む雰囲気がある。


 カッツは俺を見て口を開いた。


「お前は、俺たちが何度襲い掛かろうと、多分どんな状況だろうと皆殺しにできる」


「ああ、そうだ」


「だが、俺たちも言っちまえば不死の戦闘部隊だ。今回は俺を媒介に復活したが、ボス一人が残ってりゃ全員生き返れるのが、俺たちブラッドステインズだ」


「厄介な敵だな」


「お前の方がずっと厄介だっつの」


 カッツは皮肉っぽく笑う。


「お前は俺たちを歯牙にもかけないだろうが、それはそれとしてうざってぇだろう。羽虫みたいなもんだ……ってのは、自分で言ってて悲しくなるが」


「そうだな。可能なら居なくなって欲しいものだが」


「なら」


 カッツは言った。


「ボスに会わねぇか。実のところ、俺たちもボスが魔剣ティルヴィングを欲しがってる理由を知らねぇんだ。お前らを引き合わせることで、案外すんなり事が運ぶかもしれん」


「罠があったとて、俺は食い破るぞ」


「分かってる。だが、俺たちも『負けましたー』っつって尻尾巻いて帰る訳にもいかなくてな。これでも若頭だ。ボスを安心させてやりてぇのよ」


「……」


 俺は目を細めて、カッツを見つめた。「どうだ?」とカッツは確認してくる。


「お前は、戦いよりもよほど交渉のが向いていると思うぞ」


「皮肉か? これでも武闘派で鳴らしてたんだがな。お前が化け物すぎるだけだと思うぜ」


 そこで、会話に割り込む者が居た。


「違いねぇな」


 はげ親父が近づいてくる。「あ? 何だお前」とカッツが言うのを聞いて、親父はべりべりと肌を剥がした。中から、マーチャの顔が覗く。カッツは驚いた顔で言った。


「……なるほど、見つからねぇわけだ」


「いや、双方見事な大立ち回りだったぜ。オレも随分儲けさせてもらった。やっぱ賭けの胴元は儲かるな」


「お前ら全員やべぇな」


 ゲヘヘと笑うマーチャに、カッツが言う。俺は返す言葉が見つからなくて、目を伏せて首を横に振った。ティルが、「大丈夫、レイが一番強い」と雑なフォローをしてくる。

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