13話 「十一人目」

 三人で話し合って結論は、『堂々として居よう』ということだった。


「うーっし。これで出店としては上等だろ」


 マーチャの満足そうな声を聞いて、俺は頷く。


 ―――俺たちには、何の情報もなかった。


 ブラッディ・スカーは何故殺したのに死ななかったか。どうすれば殺せるのか。そもそもアレは偽物だったのではないか。本物はどこにいるか。


 そういった、敵に対抗するためのあらゆる情報に欠けていた。しかし、分かることはいくつかあった。


『偽物をスカーに売るっていう話になったきっかけだけどな』


 昨晩、マーチャは語った。


『この街のブラッディ・スカーってギャングのボスが、魔剣ティルヴィングとやらにご執心って聞いたからだ。だからオレは、仕入れのついでに偽物を売りつけてやろうと思った』


 マーチャの話によれば、この話は隣の街に居ても聞こえてくるような有名な話なのだという。だから適当に話をでっちあげて、手紙を送り、段取りを整えたと。


『つまり、スカーが魔剣ティルヴィングを欲しがってるのはガチだ。コレクター的に魔剣を欲しがってるとかじゃなく、ティルその物だけを欲しがってる。でなきゃこんな情報にはならん』


 となれば、一つだけ確定的な情報がある。


 それは、ブラッディ・スカーが間違いなく俺たちを襲ってくるということ。ティルを奪い、自分には向かった若造たちを殺すために。それだけは、疑う余地のない情報となるのだ。


 ならば、それを返り討ちにして、さらなる情報を得ればいい。幸い俺は、並の使い手に負けるほど弱くはなかった。ならば、堂々と過ごし、敵が来るのを待てばよい、と。


 とするなら、と働きだしたのがマーチャの商人的な頭脳だ。


「見世物にしよう。マジの殺し合いだ。刺激的な見世物になる」


 その言葉に、俺もティルも困惑した。


「門番に言うこと聞かせられるような権力をスカーの野郎が持ってるなら、殺し合いだって無視するはずだ。なら、見世物にできる。ついでに軽食でも売れば、さらに儲かるぞ」


「……マーチャ。俺はお前を、勘違いしていたらしい」


「何だ? 商売の天才って見直したか?」


「マーチャ、人死にを見世物にするのは、怖い」


「は? おいおい。この嬢ちゃんはどこの箱入り娘だよ。パンとサーカスって言葉を知らないのか?」


 マーチャは、心外だ、とでも言いたげに手を広げて説明する。


「この国じゃ殺しも略奪も盛んだ。都会の国なら闘技場の殺し合いが見世物だ。ありふれた殺しを、せめて見世物にして儲けようっていう気概を買って欲しいもんだぜ!」


 俺とティルは顔を見合わせる。俺も貴族の箱入り息子だし、ティルはそもそも剣だ。こういう価値観は、世間いっぱいのそれとずれていたらしい。


 俺は、目を伏せて息をつく。


「分かった。好きにしろ」


「マーチャ、常識人だと思ってた。でも本当は変な人だった」


「商売をするときは、ガツガツ行かなきゃダメだぜ。窮地は状況の大きな変化の証だからな。そこに合わせてやれば、金は生まれるのよ」


 くつくつと笑うマーチャは、俺には理解できない何かが見えているようだった。


 なるほど、飄々とした商人が、危ない橋を渡って魔剣を売るという話をしたのだと思ったが、違ったらしい。―――つまりは、マーチャは商売狂いだったのだ。


 それなら、そう気遣いも要らないか、と思い始める。俺も大概剣術狂いだ。馬が合うと思っていたが、こう言うことだったか。


 そんな訳で、俺たちは今、刺客の登場を前に市場近くの広場で出店を作り終えたところだった。


「よし! じゃあブレイズ、出店からちょっと離れたところで座ってろ。オレは変装して、ただの軽食屋の振りしてるから」


「ただでは転ばないな、お前も」


「もちろん、ちゃんと情報聞き出すのも期待してるぜ。これもまぁまぁ稼げるが、香辛料を他の街に売りに行った方が儲かるんだからな」


 俺はマーチャに言われ、ティルと共に広場の目立つ場所に向かう―――前に、ティルが言った。


「今作ってるの。二つちょうだい? レイと一緒に食べる」


「お、おお。ティルのワガママも堂に入ってるな」


「私は強欲の剣」


 ティルが堂々と言うので、俺とマーチャは苦笑した。


「そうだな、お前の望みを叶えよう、ティル」


「分かったよ。ちょっと待ってろ。二つだな?」


 どこから調達してきたかよく分からない鉄板で肉を焼いて、マーチャは俺たちにサンドイッチを作ってくれる。野菜も肉もたっぷりだ。


 俺たちはそれにかぶりつきながら、公園の目立つところに座った。


 ティルは言う。


「おいしい。ジューシー?」


「現代的な表現だ」


「瑞々しいトマトとか、シャキシャキレタスとか、分厚いお肉とか。何か、すごい。複雑パンチされてる」


「複雑パンチ」


 ものすごい表現である。


 そんな風に、マイペースに黙々と食べていると「おうおうおう」と声がかかる。


 振り向く。そこには、十人前後のギャングらが、ぞろぞろと歩いてきた。その先頭に立つのは、昨日殺したはずのブラッディ・カッツだ。腰のカッツバルゲルでそれが分かる。


「人ごみに紛れたところをサックリ殺すので済ませてやろうと思ってたのによ。こーんな目立つところで呑気に飯かよ」


 S字の鍔を服から外して、カッツは剣を振りかざした。この様子だと、マーチャは見つからなかったらしい。


 出店の方を見ると、全く知らない禿げ頭の中年が店番をしながらこちらを見ている。状況的に、アレがマーチャの変装姿か。これなら確かに見つかるまい。


 俺は口の中にサンドイッチを詰め込み、一息に飲み込んだ。立ち上がってティルの手を握り、戦闘を開始する。


 と思っていたが、ティルが手を伸ばしてくれなかった。


「ティル?」


「まだ食べてる」


 ティルは口が小さいだけあって、サンドイッチを食べるのに苦戦しているようだった。しかしこの状況下でも食事を中断するつもりはないらしい。


「食べ終わるまで待ってて」


 ティルの言葉に、俺は頷く。


「分かった。―――と言う訳で、来い」


「嘘だろ」


 カッツがポカンとしている。


「え、いや、……は? おいお前ら、俺たちのこと舐めてんのかよ」


「舐める舐めないということは、考えたことがない」


「……調子の狂う奴だぜ。言っておくがな、俺たちはこの街を牛耳るギャング、ブラッドステインズでも、もっとも恐れられる部隊なんだぜ」


「……」


 俺は何も答えない。横目でティルが食べ終わるのを待っている。


 ちなみにティルは、まだサンドイッチの三割程度を食べ終えたところだ。まだまだ完食までに時間がかかるだろう。小動物のように、小さな一口をモクモクと繰り返している。


「―――ぶっ殺す」


 カッツは、何が琴線だったのか激怒していた。


「全員包囲しろ! あのメスガキが、恐らく魔剣ティルヴィングだ! メスガキを拉致れば任務達成! 男は殺していい!」


『応!』


 男たちは駆け出し、ぞろりと俺たちを囲い始めた。連中は揃いも揃って、思い思いの剣を握って俺たちをじっと睨みつけている。


「ブラディ・カッツ隊、血の剣舞」


 カッツは言う。俺に剣先を向けて。


「切り刻んでやれ、野郎ども」


 号令と共に、男たちは完全に同時に踏み込んだ。


 十以上の方向から駆け寄ってくる。なるほど、これは誰から相手取ればいいのか迷ってしまう。この集団戦を駆使して、今まで敵を屠ってきたのだろう。


 俺はそれに考える。俺たちが今欲しいのは情報だ。だから、一人は殺さずに済ませなければ。


 そして一番情報を持っているのは、当然最も偉いカッツだろう。


 俺は呟く。


「ありがとう、カッツ。ちょうど、剣が欲しかった」


 俺はカッツに肉薄する。剣を振りかぶってくるが、遅い。腕を絡め、手を絡め、膝蹴りをその胴体に叩き込んで奪い取った。


「カッハッ……!?」


「カッツバルゲルを、借りるぞ」


 頭を地面に踏みつけにして、カッツの意識を刈り取った。部下の男たちは動揺するが、それでも足並みを崩さずに俺を襲ってくる。


「練度が高いな。余程結束したチームらしい」


 俺は剣をかざし、言う。


「ならば全員、仲良く地獄に落ちていけ」


 肉薄。一人に近づく。その一人は俺に剣を振り下ろしてくるが、遅い。俺はその手首を一閃し、手首を落とす。


「なッ」


 手首ごと落下する剣。俺はそれを足で上に弾き、掴んでその胴体に突き刺した。


「一人目」


 そこに、二人の男が迫る。曲剣を交差するように振りかぶる様は、芸術的だ。


 俺はまず二人の足を斬り飛ばし、片方の背後に回ってその背中を蹴り飛ばした。男たちはお互いに、曲剣で互いの胴体を貫き合った。


「三人目」


 そうしている俺の背後から三人が迫ってきていたから、俺は貫き合う二人の肩に登って跳躍し、上空から三人の背後に回った。


 三人は振り返るがもう遅い。俺は直剣で一気に三人を串刺しにする。


「ガ……ハ……ッ」


「六人目」


 剣を引き抜く。三人が折り重なって倒れ、小さな屍の山となる。


「そこまでだぁクソ野郎!」


 残るは五人。その内二人がティルの首筋に剣を突き付け、三人が盾になるように構えていた。


「お前が暴れてる間に、この嬢ちゃんを人質に取った! そこから一歩も動くな! 動けば嬢ちゃんを殺すぞ!」


 俺はティルを見る。ティルは黙々とサンドイッチをかじっている。今六割くらいのところを食べているようだ。


「ティル、おいしいか」


「うん、おいしい」


「なに悠長に飯なんか食ってんだ!」


 ティルに剣先を突き付けている内の片方が、ティルのサンドイッチを叩き落した。ティルはまるで、世界の終わりのような表情で地面に落ちたサンドイッチを見ている。


「お前は人質なんだよ! 勝手に行動してんじゃねぇ!」


 男は半狂乱で、ティルに叫ぶ。ティルはサンドイッチをダメにされたことがよほど悲しかったのか、涙目でサンドイッチを見つめている。


「あ? 何だ嬢ちゃん。怖くて泣いちゃったか? だがもっと怖いことになるぞ。何せお前を守ってた兄ちゃんが、今から死ぬことになるんだからなぁ!」


 男たちは下卑た笑い声を上げた。俺は肩を竦めて、その場に座る。


「あ? テメ一歩も動くんじゃねぇって言っただろ!」


「……何故だ」


「あ!? お前状況分かってねぇのか! この嬢ちゃん殺すぞ!」


 俺は目を細めて答えた。


「死体の言うことを聞く必要があるのか?」


「は?」


 男の首。そこには、剣が刺さっていた。ティルが手の平から生やした刃だ。それが同時に、ティルを人質に取ったと嘯いた二人の首を貫いていた。


「食べ物を粗末にするのは、ダメ」


 涙目のティルが、剣をねじってから引き抜いた。単純だが、致死率の高い攻撃だ。山では俺もよくやっていた。それを覚えているのだろう。


 人質に取っていた男二人が崩れる。その音を聞いて、俺にじりじり近寄ってきていた三人が振り向いた。


「なっ……!?」


「十一人目」


 三人に向かって俺は駆け、その首を一振りで切り離す。

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