12話 語るは魔剣の裏話
マーチャしばらく忘我していたが、ハッとして俺に言った。
「す、すげぇ! おいブレイズ! お前はかなり強いとは思ってたが、ここまでとは! カッツは剣だけで銀等級になるような冒険者だったし、スカーは妙な魔法を使うので有名だったのに!」
大興奮でマーチャは言う。だが、俺は聞いておかなければならなかった。
「マーチャ、答えてくれ」
「ん? おう、何でも聞いてくれ! オレとお前は親友だブレイズ!」
俺は、問う。
「ティルは、呪われた勝利の十三振りなのか?」
「は?」
「ティルは、ティルヴィングだ。魔剣ティルヴィング。それを縮めて、ティルと呼んでいる」
「……」
俺の説明に、マーチャは何度かまばたきをする。
そこで、俺たちでない声が上がった。
「ひ、ヒヒ、そうか。呪物商さんも、人が悪い」
俺たちは弾かれたように、揃って声の下に目を向ける。そこには、刎ねたはずのブラッディ・スカーの首が、嫌らしく笑みを浮かべていた。
「本物を持っていたが、この土壇場で惜しくなったかね? まぁ、いいだろう。ならば、報酬を支払った以上、貰い受けるしかないな。ヒヒ、ヒ、ヒヒヒヒヒヒヒ!」
ブラッディ・スカーの身体が、煤けて灰となっていく。そのまま、奴は消えてしまった。
俺たちは、その様子に目を剥くしかない。だが、硬直している暇はなかった。
目配せをし、俺たちは同時に走り出す。
そのまま街を出ようとした。夜だったが、そんなことは関係なかった。相乗りで人々に紛れるのは無理だろうが、話が回る前に馬車を一つ買って出てしまえば、誰も文句は言うまい。
だが、手を回されていた。恐ろしいほどの手際だった。
「悪いな。アンタらはウチの馬車には乗せられねぇ」
「悪いが、お前たちに門を開けば家族が危うい」
誰もが渋面で、俺たちがブラッドフォードを出ることに、首を横に振った。
マーチャはその時、俺にすがるような目を向けた。言わんとすることは分かった。だが、俺はこう答えた。
「それをしろというのなら、俺はお前の護衛はしない」
「悪い人以外、殺しちゃダメ」
「……だよな。いや、悪い」
「気にするな。護衛の仕事は、ちゃんとする」
マーチャの物分かりが良くて良かったと思う。簡単に人間など殺せてしまうが故に、殺す相手は選びたかった。
結局どうすることもできなくて、俺たちは宿に戻った。宿の女将さんは事情を知らないらしく、そのまま俺たちを迎え入れてくれた。
どうなるか、と思ったが、朝は時間と共にやってきた。俺はいつも完全に寝入ることはしなかったからどうと言うことはなかったが、マーチャは一睡もできなかったようだった。
「おう……おはようさん。ハハ、お前は肝っ玉だな、ブレイズ……。オレは、全然眠れなかった」
「俺は慣れているだけだ」
「ティルは、どうだよ。眠れたか」
「レイが抱きしめてくれたから、ぐっすり」
「そりゃ、良かった」
朝食の席に集まって、俺たちは話していた。
「それで、どうする」
「……問題を解決せずには、トンズラは無理だ」
マーチャは言う。確かに、昨日、あの短い時間で包囲網を敷かれているとは思わなかった。
「ここから他の街に行くには、徒歩じゃ難しい。無数の魔獣が出るから、そいつらに殺されるのがオチだろうな。そもそも、城門も開けてもらえない」
「強行突破は、しない」
「わかってるよ、ブレイズ。それは、もうオレも飲み込んだ」
寝不足の、疲れた目でマーチャは俺を見た。俺は僅かに頷く。
だが、それはそれとして、俺には聞きたいことがあった。
「なぁ、マーチャ。昨晩の話だが」
「あ? どれだよ」
「呪われた勝利の十三振りと、ティルについてだ」
俺が言うと、マーチャの動きが強張った。ティルも、ぎこちなく俺を見上げてくる。
「今話す話か?」
「俺にとっては重要なことだ。今俺たちを追い詰める状況にも、繋がっているような予感がある。話してくれ」
「……この数日で、随分ハキハキ喋るようになったな、ブレイズ」
皮肉か、それとも心労か。マーチャはため息を吐いて「分かった。一旦話すべきことは全部話しておこう。頼もしい護衛は、ちゃんとここに居る訳だしな」と言った。
「そうだな、とこから話すか……。呪われた勝利の十三振りの話は、簡単にだがしたよな?」
「ああ、聞いた。使用者に死や破滅を与える代わりに、勝利をもたらす剣のことだと」
「ま、大体その通りだ。大きな代償と、それに見合う勝利。それが呪われた勝利の十三振りの特徴だ。そしてその内、ティルヴィングは三つの願いを叶える代わりに、主人を破滅させるという」
視線が、ティルに集まる。ティルは震えながら、フルフルと首を横に振った。
「私は、しない、そんなこと……! レイを、不幸に、なんか」
「その辺りは、疑っていない。ティルは俺の愛剣だ。手放すことはない」
「~~~~~~っ」
ぎゅっと俺にティルは抱き着いてくる。俺はその艶やかな黒髪を撫でつけながら、「だが」と続けた。
「聞くべきことは聞いておきたい。ティルが魔剣だ、という話は父からも聞いている。全てが事実無根のことと言う訳ではないだろう」
「……」
ティルは俺から離れて、力なくこくりと頷いた。それから、口を開く。
「その、三つの願いと、破滅は、本当のこと、なの。でも、レイは、別で」
「ああ。分かっている」
俺は、ティルの手を握る。
「安心してくれ。俺は、聞きたいだけだ」
「……うん」
ティルは、顔を上げた。そこには、先ほどの怯えは消えている。
「―――そう。私は、呪われた勝利の十三振りの一振りに数えられる、魔剣ティルヴィング。悪しき願いを三つ叶え、代わりに所持者の命を奪う」
「……なら、ティルよぉ。何でブレイズは生きてる。ブレイズは、恐らく長年お前を使ってきたんだろ?」
その問いに、ティルは答えた。
「レイの願いを、私、一つも叶えてないから。むしろ、私の願いをずっとレイが叶えてきてくれた、から」
「……はぁ?」
マーチャは、訳が分からない、という顔をした。俺は思い当たるところがあって言う。
「もしかして、昔ティルを握っている時、敵を斬りたいという飢えるような気持ちが湧きあがる、あれか?」
「そう。レイは淡々と、ずっと自分の力だけで私を振るって、全部斬り伏せてきた。強くなりたいって言う願いはあったけど、私が叶えるまでもなく、レイは強くなっていったし」
マーチャはしばらく唸っていたが、「ってーと、何か?」とまとめに掛かる。
「確かにティルは魔剣ティルヴィングで、願いを三つ叶えたら持ち主を殺すが、持ち主であるブレイズが願いを全部自分で叶えたから、殺さなかったと?」
「うん」
「しかも何ならティルの願いも自分で叶え始めたと?」
「そう」
だから、とティルは続ける。
「それで、いつしか反転が起こったんだと、思う。多分、古龍を殺した時」
「は? え、ティル今お前、何て言った? 古龍?」
「古龍を殺した時、その血を啜った時、私の欲求はなくなった。体の中に満ちていた呪いも、消えたんだと、思う。それでも力が消費しきれなくて、でもレイは苦しんでて」
先日のことだ、と俺は思い至る。『お前の願いが欲しい』と俺はティルに願った。
「呪いが、裏返ったって、思った。私は願われる側から、願う側になったの。多分その先があるような気がしてるんだけど、まだ分かってなくて」
「よく分からんが、古龍……? いや、そんなまさか。でもブレイズだし、ぐぬぬ……」
マーチャは頭を抱えて、うんうんと唸っている。
だが、俺は何となくわかったような気がした。確かに過去、ティルは魔剣で、恐ろしい呪いに掛かっていたのだろう。
しかし、それはもう終わったことなのだ、と。俺は表情を緩め、ティルに言う。
「分かった、教えてくれてありがとう、ティル。一層、お前を手放したくなくなった」
「レイ……」
ティルは目を瞑り、俺に身をゆだねてくる。マーチャはそれに「犬も食わねぇってか」と皮肉を言った。
俺はマーチャに言う。
「時間を取らせた。では、これからどうすべきかを考えようか」
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