11話 強欲の代償を払え
夜。夕食を食べ終えた俺たちは、マーチャに連れ出されて宿を出た。
マーチャは、その背に例の木箱を背負っていた。中に入っているのは、『呪われた勝利の十三振り』と呼ばれる魔剣の内の一つ、の贋作だ。
「いいか、この取引の前提を振り返るぞ」
夜道。すっかり人通りの少なくなった暗い道を蝋燭で照らしながら、マーチャは小声で言う。
「オレたちは、この剣を売る。有名な曰く付きの剣の代表格こと、『呪われた勝利の十三振り』だ。お前らは、この取引が無事に終わるように見守りつつ、オレを守ってくれ」
「ああ。分かっている」
「うん」
「ま、どうなるかは分からんがな。特にティルはその背格好だ。不気味に思ってくれれば恩の字だが、舐めてかかられる可能性もある」
「その場合は、軽く斬ればいいんだろう」
「ああ。偉そうな奴を斬るのは後に回せよ。下っ端はいくら殺しても替えが利くが、偉い奴ってのは指先をちょっと怪我しただけで癇癪を起こすもんだ」
言われて俺が思い浮かべるのは、養父のことだ。怒りで他人を支配しようとしていた。その支配から逃れるために、俺は山に登ったのだ。
「よし。あとはまぁ、黙ってくれればいい。オレが商談を上手く進める。特にティル。お前は存在がそもそも不釣り合いなんだから、好き勝手喋ったりするなよ」
「ヤダ」
渋面で言ったマーチャに、ティルはぷいっとそっぽを向く。マーチャはさらに顔をしわくちゃにして、俺に言った。
「ブレイズ、何とかしろ」
「ティル。ここで静かにしていれば、マーチャから貰った金でまたベリーを食べられるぞ」
「ベリー……。分かった。静かにする」
「はー、ったく。子供は苦手だぜ」
マーチャはそう吐き捨てる。それに、ティルは眉を顰めた。
「子供じゃない。生まれてから数万年は経ってる」
「人間になってからどのくらいだよ」
「……1週間とか?」
「ハッ、バブちゃんがよ」
「レイ~」
ティルが俺に泣きついてくる。俺は苦笑しつつ、ティルの頭をポンポンと撫でた。
それからさらに歩いて「この角だ」とマーチャは言った。俺たちはそれに従って、三人で路地に入る。
路地は袋小路になっていて、人目が付かないという意味では絶好の場所だった。マーチャは足元に、蝋燭の刺さったキャンドルホルダーを置く。
「これから少し遅れて、相手方が来る。警戒だけして、黙っていればいいからな」
「マーチャ、しつこい」
「こんだけ言わないと不安なんだよ。ブレイズなら一度言えば通じるぜ。精々見習え」
「むぅ……」
ティルは俺にしがみついてくる。俺はその状態で、マーチャの背後に控えて、静かに立ち尽くしていた。
それから少し待ったら、マーチャの言う通り、数人の男たちが現れた。
先頭を歩くのは顔つきのいかつい中年で、腰のS字の鍔の剣を服に帯びている。カッツバルゲルという剣だ。ならばこいつがブラッディ・カッツだろう。
その一歩後ろを、杖を突きつつ進むのが、顔に斜めの傷を負った老人、ブラッディ・スカー。その背後には、さらに三人のガラの悪い男たちが付き従っている。
「おぉ、おぉ。随分と若い商人だ」
最初に口を開いたのは、老人のブラッディ・スカーだった。杖でカツンと石畳を叩きながら、奥へと進んでくる。
「ブラッディ・スカーだな?」
「ああ。そちらこそ、私に連絡をよこしてくれた呪物商さんだね」
それだけ確認して、二人はお互いを認めたようだった。商談が始まった。そう言う雰囲気がある。
「にしても、護衛に愛らしいお嬢さんがいるとは」
しかしスカーは、商品の話をする前に、身を屈めてティルの顔を覗き込んできた。はぁ、と生温かい息を吐いて、指の欠けた手をティルに近づけ、奴は言う。
「それとも、商品かな? 奴隷はウチでも扱っているよ。美しい。陶器のような肌をしている。これならは高値で買うが、どうかね」
「生憎と、それはオレの持ち物ですらないんでね。その二人はあくまでオレの護衛だ。商品じゃないんで、許してくれ」
「ふむ……そうか。残念だが、まぁいい。本当に欲しいのは、恐らくその木箱に納まっているのだろう?」
「ああ。確かめてくれ」
「カッツ」
「はい。ボス」
スカーに名を呼ばれ、カッツは木箱を改め出した。蓋を開けて、おがくずの中に包まれた剣を取り出す。
それは、妙に魔剣状態のティルに似ていた。
「おぉ、おぉ。これが、魔剣ティルヴィングかね。いや、長年追い求めてきたモノと対面するのは、気分がいい」
俺はその名を聞いて、瞠目した。スカーの言葉に、マーチャは補足を入れる。
「ああ、これは呪われた勝利の十三振りの中でも、最も強欲な魔剣。『魔剣ティルヴィング』。かつて創造主が作りたもうた最古の魔剣の、一振りと言われてるぜ」
「そうそう、そうなのだよ。ふ、ふふ、ははは。強欲の魔剣、ティルヴィング。持ち主の悪しき願いを三つ叶える代わりに、その後に破滅を与えるという話だったな」
俺はそれを聞きながら、ティルと目配せし合う。ティルヴィング。それはティルの銘だ。だが、『呪われた勝利の十三振り』や、三つの願いなどは知らない。
「どうだ、カッツ」
「はい。込められた魔力純度は非常に高いです。単なる鈍らではありません」
「そうか、そうか。喜ばしいことだ。しかし、それだけでは呪われた勝利の十三振りであることの証明にはならんな」
「そうは言ってもよ。これは本物だぜ」
マーチャは悪びれずに言ってのける。スカーは「何、疑っているわけではないよ」と言う。
「剣と言うのはな、試し切りをすればその本性が分かるものだ。まずは試し切りをさせてもらってもよいかな?」
「良いが、報酬が先だ」
「はっはっは。そうだったな。カッツ、渡してやれ」
ずっしりと重そうな金貨袋を、カッツはマーチャに手渡した。マーチャは中を見て、「おぉ、金貨10枚はずっとりくるな」と上機嫌で袋をしまう。
余談だが、金貨というのは銅貨、銀貨よりもさらに価値のある、非常に高価な硬貨だ。金貨1枚あれば、一年丸々働いたのと同じだけの収入と言うことになる。マーチャに教わった。
「よし、ならいくらでも試し切りしてくれ。んでも試し切りするって、何を斬るつもりなんだ? その辺の建物を斬ったら、警邏隊が来ちまうぜ」
「ああ、その辺りは抜かりないさ。さぁ、お前にこれを渡そう」
スカーは、付いて来た名もなき部下の一人に、剣を手渡した。
そして言う。
「そいつを斬り殺しなさい。そうすれば、お前の借金はチャラだ」
「はっ、はっ、はっ」
渡された方の輩は、部下ではないらしかった。渡された剣を僅かに鞘から抜きながら、荒い息で見下ろしている。
一方斬られるとされた方は、必死になって逃げだそうとした。だがカッツがそれを許さない。すぐに襟首を掴んで引き留め、力づくで引き寄せて言う。
「お前は、俺の剣を貸してやるよ。愛剣カッツバルゲルだ。鍔に布をかませればどこにでも持っていける、便利な剣なんだぜ」
「いっ、いやだ! 相手は魔剣を持っているんだろう!? そんなの勝てるわけがない!」
「うるせぇ! なら何で借金を返さなかったんだ! えぇ!?」
「う、うぐ、助け、助けて下さ……」
「良いからやるんだよ。このバカ野郎が!」
カッツに蹴飛ばされ、男は路地に倒れた。偽物の魔剣を握らされた方は、すでに剣を構えている。マーチャが眉を顰めて苦言を呈した。
「おいおい、悪趣味な真似するなよ」
「まぁまぁ。そう言わないで、呪物商さん。それ用にせっかく二人、クズを用意したんだ。そら、魔剣は願いを叶えてくれるというぞ。ならば、お前は勝つし、借金はなくなるだろう」
「ハッハッハッ……」
「う、うぅ……!」
俺はティルと奥で見守りながら、醜いと思った。ティルは頬を膨らませながら、流れを見守っている。
「こ……こうなれば、俺が先に殺してやるぅぁあああああ!」
カッツバルゲルを渡された方が、破れかぶれに切りかかった。存外に、太刀筋がまともだ。偽物を持たされた方はそれを、目を丸くして見つめる。
このままだと斬られるだろう。そう思った。だが偽物を持った方は、そこまでの異様な興奮を排して一歩踏み出した。
単なる直剣を持たされた男を、偽物の魔剣がいとも容易く貫く。
「ほう……!」
スカーは、その様子を、ぎょろりと目を剥いて見つめていた。喜色に彩られた顔を、アゴを撫でながら頷かせている。
「確かに、魔剣ティルヴィングらしい。魔剣でない方の男はな、これでも剣術に長けていた。だがそれに素人同然の奴が勝つならば、呪われた勝利の十三振りの名にふさわしい」
「毎度」
マーチャは反吐が出そうな感情を、必死に押し殺して笑みを作っていた。傍から見ていても、それが分かるくらい笑みが歪んでいた。
それにスカーは言う。
「では、最後に、この魔剣が確かに呪われていることを確かようか」
「は?」
スカーは、偽物の魔剣の持ち主に命じる。
「敵に勝ち、借金は消え、これで二つの悪しき願いは叶えられた。最後に、もう一つ叶えてもらおう。―――この呪物商を殺したまえ。それが出来れば、渡した金貨10枚もやる」
「ほっ、ホントか!」
「おいおい! そりゃないだろ!」
すでに一人殺したことで、偽物を握った男の理性は麻痺しているようだった。
男はマーチャ目がけて偽物を振るう。十分に魔力の込められた業物だ。俺が阻止せねばマーチャは死ぬ。だが防げば、商談は破談する。
俺は僅かに考え、ならば全部ぶち壊してもいいだろうと考えた。
ティルの手を強く握る。ティルが魔剣ティルヴィングへと変貌する。俺は踏み込み、その流れで男の両腕を刎ね飛ばした。
剣ごと、両腕が落ちる。羽をもがれた蝶のようになった男が、マーチャの懐に忘我して飛び込む。
「うぇっ、離れろクソが!」
マーチャは男を蹴り飛ばした。返り血を浴びて、「クソ」と言いながらスカーを睨む。
だが、スカーのキレ具合はその比ではなかった。
「……何だ、これは。どういうことだ……」
傷を顔に残す老人は、ギョロリと目を剥いて俺たちを見ていた。血管が顔に浮かんで、今にも破裂しそうなほどに激怒している。
「呪物商さん……? これは、どういうことかね? まさか、私に贋作を掴ませようとしたのかね。このブラッディ・スカーを、たばかろうとしたのか……?」
「ぐっ、そのままオレを殺そうとしたお前に言われたくないね! もういい、ブレイズ、この場から逃げるぞ!」
「待て、逃げるよりも良い手がある」
「はぁ!? 金は貰ったんだ、あとはトンズラこくのが最善―――」
俺は、息を吐く。そして、駆けた。
「皆殺しにすること。それが、一番良い手だ」
ブラッディ・スカーを。ブラッディ・カッツを。この二人の首を、俺は一刀の下に胴体から切り離した。
隙だらけだった。ならば、汚物のような悪党は、殺してしまうのがいい。
一瞬の内に、悪党二人の首が地面に転がった。胴体が崩れ、血を垂れ流す。残る一人は腰を抜かして、後ずさりながら壁に背をつけた。
俺はそこに近寄って、尋ねた。
「お前も、借金のカタに言うことを聞かされたクチか」
「え、あ、え? あ、ああ! そうだ! 俺も借金で言うことを聞かされて」
「……お前の口は、ドブのように臭いな。嘘つきの、口の臭いだ」
「えっ」
一閃。最後の一人も、同じように首を刎ねた。これで皆殺しだ。目撃者が全員死ねば、厄介ごとは起こらない。
俺は剣を肩に担いで、マーチャに言う。
「仕事ぶりは、まずまずと言ったところか」
マーチャはしばらく硬直していたが、僅かにほぐれてきた頃に、「す、すげぇ」と笑い始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます