17話 過去に狂う
スカーが養父を憎む理由は、単純なことだった。
「裏切りだよ」
スカーはヒヒと笑いながら語る。
「ブラッドフォード侯とは、かつて一つ、共に事業をこなした中でね。しかし奴は、土壇場でそれを私から奪ったのだ」
スカーは長々と話す。どれだけ莫大な金の動く事業だったのかを。その内の半分は自分のものであったと。大変な苦労をしたと。
「それを、奴は裏切った! 奴は私に一銭たりとも渡さなかった! それが、もう十二年も経つのに、今でも悔しくて悔しくて仕方がないのだよ!」
喋る中でどんどんとスカーは話に熱を入れ、最後には絶叫のようになっていた。「だからね」と息を切らしながら、スカーは俺を見る。
「どうせ、君にとっても親の仇だ。その剣、魔剣ティルヴィングで、奴を殺してきてくれさえすればいい。そうすれば支払った金はそのままに、街から出してあげようじゃないか」
そこで首を振ったのがマーチャだ。
「いいや、ダメだね。金貨10枚は、あくまでティルヴィングの使用料だ。そこからさらに、ブレイズの人件費を払ってもらわなきゃあ」
「……確かに、その通りだ。君はただでさえ凄腕のようだからね。ならば、金貨2枚」
「5枚だ。ティルヴィングは確かに良く斬れる。だが、カッツ隊を退けたとき、ブレイズはティルヴィングを使わなかった。それくらい、腕が立つんだ。分かるだろ?」
「……カッツ」
「残念ですがボス。奴の話は本当です」
スカーは舌を打った。それから、顔に怒りを湛えてマーチャに言う。
「仕方ない。ならば5枚、支払おうじゃないか。代わりに、失敗は許されないぞ。もしおめおめと逃げ帰ってきたなら、等しくみな殺してくれる!」
「毎度あり!」
マーチャは上機嫌でそう言った。俺はマーチャを手招きで呼び寄せる。
「ん? 何だ?」
「耳を貸せ」
「おう」
俺は耳に囁く。
「俺はまだ、話を受けるとは言ってないぞ」
「……」
マーチャの顔が青白くなり、滝のような脂汗が浮かび始める。
「……ブレイズ」
「何だ」
「金貨5枚は、そっくりお前に渡すので、どうかやってくれないでしょうか……」
「ティル、どうする」
「金貨10枚! 金貨いっぱい集めたい!」
ティルは目をキラキラさせて、俺にねだってきた。俺はそれに笑い、マーチャは絶望に顔を蒼白にする。
「マーチャ、聞いた通りだ。金貨10枚」
「うぐっ! わぁったよチクショーめ! 足元見やがって!」
マーチャの敗北宣言を聞いて、俺は肩を竦めた。当事者の話を聞かないからこうなるのだ。
「ま、実際に渡す必要はない。お前に貸してやるから、どうにか管理しろ。ただ、ティルには一度手渡せ」
「へいへい。チッ、それを元手に何倍も儲けてやるからな」
ふんっ、と負け惜しみを言うマーチャを無視して、俺はスカーに問う。
「それで、何故養父を殺すために、魔剣ティルヴィングが必要になる」
俺が尋ねると、スカーは「ああ、それか」と言う。
「何のことはない。ブラッドフォード侯は、魔法の名家の当主だ。強いんだよ、途轍もなくね。その途轍もない強さの侯が、謀をしてやっと殺したのがオヴィポスタ伯なのだが」
ヒヒ、とスカーは笑う。
「謀をして殺した敵が、かつて持っていた武器で殺す。という事にこだわりたかったのだよ。それを知って死ぬ、奴の絶望の顔が見たかった。とはいえ、君にはそこまで望むまい」
ただ、殺してくれればいいさ。とスカーは、しわがれた顔をさらに歪めて笑った。
「さて……こんなものかね? 報酬も、背景も、敵の情報も渡した。他に知りたいことはあるか」
「いいや、これで十分だ。他は自分で集める」
「それはそれは、勤勉なことだ。親のかたき討ちでもあるのだから、当然かもしれないが」
「……」
俺は答えない。スカーは「ふむ」とだけ言って「カッツ」と呼んだ。
「彼を補佐しろ。カッツ隊は自由に使っていい。絶好のチャンスだ。殺した男の息子に殺されるなど、奴にとっては屈辱の極みだろう。何としても成功させろ」
「分かりました、ボス。……じゃ、前の隠れ家に戻るぞ」
カッツの先導に従って、俺たちは出ていく。スカーはヒヒと笑いながら、独り言を漏らした。
「ああ、堪らないな。殺した男の息子に殺される奴の屈辱。仮にも息子として育てた子供に殺される奴の絶望! 早く、早く奴の訃報が聞きたい……!」
扉が閉められる。小さな声で、ティルが「気持ち悪い……」と漏らした。
それから何を言うでもなく、俺たちは元の隠れ家に戻った。すると、「んー! んー!」とくぐもった声が聞こえてくる。
「起きたみたいだな」
カッツの言葉に俺は頷き、細身の黒ローブを寝かせていたベッドへと向かう。
俺の姿に気付いた黒ローブの少女は、蛇に睨まれた蛙のように静かになった。
俺は「猿ぐつわを外すぞ。騒ぐなよ」と告げて、口周りを解放した。少女は自由になった口で、しかし何も言わずに目を背けた。
俺は問う。
「俺を狙ったのは、ブラッドフォード侯の命令か?」
少女は目を剥いた。だが、他の連中の反応は冷めたものだ。
「あちゃー」と軽く言うマーチャに、「だろうな」と鼻で笑うカッツ。「つながった……!」と目を丸くするのはティルくらいだった。
少女は、険しい顔で言う。
「……どのようにしていただいても、構いません。ブレイズ様」
「まず、お前は誰だ。何故俺を様付けで呼ぶ。そこから教えろ」
「ワタクシは……元はブレイズ様お付きの、メイド見習いを務めていた者。名を、シャーベット・ヘイルと申します」
俺はそれを聞き、記憶の中に引っかかりを覚えた。
「シャーベット……ベティか」
「はい! ―――……ベティでございます」
記憶に残っていた。当時7歳の、ドジばかりだが愛らしく俺の世話を焼こうとした、小さなメイド見習いが居たことを。
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