9話 色とりどりのベリーを食べて
朝目覚めると、俺のベッドの中にティルがもぐりこんでいた。
「んむぅ……」
俺に抱き着いて、むにゃむにゃと何か言っている。俺は何とはなしに、その髪を撫でていた。
初対面(?)の時から思っていたが、この黒髪は目を惹く。なめらかで、艶やか。人間ではありえないほど伸ばされていながら、汚れ一つ付く様子がない。
その手触りが良くて、俺は寝ぼけたまま手で梳いてしまう。
「んぅ……?」
すると、ティルが目を覚ました。俺の手が自分の髪に触れているのに気づき、綻ぶように笑う。
「髪、触ってたの……?」
「……ああ」
「レイ、この髪好きなんだ……。なら、もっと触っていいよ……」
トロンと蕩けるような瞳で、ティルはそう言った。そうしながら、密着していたのをさらに俺ににじり寄ってくる。
「私も、レイの好きなとこ、あるよ。レイの、匂い。安心するから、好き……」
俺の胸元に鼻を押し付けて、深呼吸する。そのまま、ティルはまた寝てしまった。
俺は半ば起きなければと思っていたが、ここは人里で、敵が居なくて、しかも朝食はマーチャが持ってくれるという事を思い出した。
なら、もう少し寝ていてもいいか。
俺はティルを胸に掻き抱き、再び目を閉じて、二度寝をす―――
「おーい朝だぞー! 今日は色々と下準備もあって忙しいんだ、サッサと起きろよ用心棒ども!」
「……」
そうも言ってられないらしかった。
朝食をマーチャに急かされながら掻き込んで、俺たちは朝の市場に出た。
「すごい人……!」
市場には無数の人がぞろぞろと行き交いしていて、人生で初めて見るほどだった。道には人に限らずかなりの種類の品々が展示されていて、より取り見取りだ。
ここに来るまでは眠そうにしていたティルも、この光景に圧倒されて目を大きく開いている。
「よし、これからお前らに役割を言い渡す」
マーチャは俺たちにそう言った。
「護衛なのではなかったか」
「夜までは要らないからな。オレはこの件に関して以外なら、クリーンな商人なんだよ」
マーチャは俺の疑問を跳ねのけて、メモを取り出した。
「頼むのは簡単なことだ。ここに書いてある品物を、書いてあるだけ買ってこい。金は余分に渡しておくから、お嬢様がワガママ言ったらそれ優先でいい」
「お小遣い? やった」
「随分と気前がいいな、マーチャ」
「分かってねぇな、ブレイズ。こういうのはよ、投資って言うんだ」
ニヤリ笑って、マーチャは俺たちに金貨袋を渡してくる。
「中にはそれなりの金額が入ってる。盗まれるなよ。あと、ワガママ分の金も入ってるが、メモの品物を買うのが最優先だ。ティルの言うことを聞き過ぎて、メモを買い切れませんでした、なんてバカなことは止めてくれよ」
「分かった」
「ワガママは程よく言う」
「そうだ。度を過ぎると誰も言うことを聞いてくれなくなるからな。程よくワガママを言えよ」
ティルはワガママが通る、という保証をつけられて、機嫌が良さそうだ。俺の手を握って、ふんすと鼻息荒く俺を見上げている。
「早く行こ、レイ。見たいものいっぱいある。早く」
「分かった。マーチャ、他に注意事項は」
「ブレイズはボチボチ常識あるし、多分大丈夫じゃねーか?」
「一応言っておくが、俺も大概常識はないぞ」
「……不安になってきたが、まぁ、信じる。しいて言うなら、往来で人は殺すな」
「分かった。では、行こうか、ティル」
「行く」
俺は金貨袋とメモを手に、ティルと共に市場を歩き始めた。
市場を進むと、誰もが盛んに声を上げて呼び込みをしている。ティルは声をかけられる度に興味を持って、ステテテと駆け寄って品物をキラキラした目で見ている。
「これは?」
「それはねぇ嬢ちゃん、黒ジャガイモってんだ! おいしいよ!」
「どうやって食べるの? このまま齧っていい?」
「それはダメだねぇ~。ちゃんと家で料理してもらいな!」
ティルは店の活発な女性とワイワイと話しては「ありがと。じゃね」と次の店に移っていく。俺はその姿が微笑ましくて、無言で付き添っていた。
五件、十件とティルがそう言うやり取りを繰り返すと、段々ティルも満足してきたのか、俺の元に戻ってくる。
「飽きた」
「そうか。マーチャのお使いをするか?」
「うん。何買うの?」
メモを見せる。じっとティルはメモのお品書きを見つめて、言った。
「香辛料ばっかり」
「香辛料が分かるようになったか」
「うん。小っちゃくて、噛むのピリッとしたり、不思議な味がするの」
行く店で香辛料を売っている店などは、一粒試しにティルに食べさせてくれる店などがあった。そういうところで、香辛料とは何かを理解したのだろう。
「では、買いに行こうか」
俺たちは手を繋いで、品書きにあった香辛料を買っていく。買いながら思うのは、軽くて持ち運びやすいこと。また他の野菜などに比べて、重さ当たりの値段が高いことだ。
マーチャはそれを見越して、俺たちに買い物を頼んだのだろう。金貨袋の中身をそれなりと言っていたが、買い物をしている限りかなりの金銭だという事が分かってくる。
そんな買い物の中で、ティルが「レイ」と俺の袖を引いた。
「これ、食べたい」
指さした先には、果物屋があった。先ほど「このまま食べれるよ!」と店の店主が言っていたから、食べたくなったのだろう。
「どれが食べたいんだ」
「全部」
「それは無理だ。買ってやることはできるが、ティルが食べきれない」
「……レイが出来ないんじゃなくて、私ができない……?」
ティルは目を丸くして、そんなことがあり得るのか、という顔で俺を見つめている。店主も笑って「そうだなぁ! 嬢ちゃんに全部は食べられないだろうなぁ!」と言う。
「じゃあ、食べられる量で、色んな種類食べたい」
「ならベリーだな! ほら、一粒が小さいだろ? それにベリーだけでたくさん種類がある。ブルーベリー、ストロベリー、ブラックベリーにホワイトベリーもあるぞ!」
「レイ、ベリー買って」
「分かった」
なるべくたくさんの種類のベリーを、小さな袋いっぱいに詰め込んでもらった。昨日今日の食事でティルが小食であることは分かっていたので、この量でも余るだろう。
別の買い物のために、その場を離れる。歩きながら、ティルはベリーを口にする。
「~~~~! すっぱい」
一つ目のベリーの味が酸っぱかったらしく、ティルはキュッと顔をすぼめた。それから別のベリーを食べて「甘い」と頬を緩める。
「うまいか」
「おいしい。レイにもあげる。あーん」
ティルが俺にベリーを差し出してくる。俺は口を広げて、されるがままに口にベリーを入れられた。
「……すっぱいな」
「うふふっ。すっぱいのあげちゃった」
ティルは悪戯っぽく笑って、「次は甘いのあげる。あーん」と言いながら、また酸っぱい品種のベリーを俺の口に押し込んだ。
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