8話 マーチャの悪だくみ
マーチャの話はこうだった。
「明日、オレはこのブツを取引相手に渡す」
宿の部屋。マーチャが取った二部屋の内、マーチャの一人部屋で俺たち三人は話をしていた。
マーチャが言いながら叩いたのは、細長い木箱だった。
「それは?」
「『呪われた勝利の十三振り』……と呼ばれる業物の剣の、偽物だ」
「呪われた勝利の十三振り、とは、随分仰々しい名前だな」
「その名にふさわしい、ヤバい剣揃いだって聞くぜ。それらの剣を持って戦えばまず間違いなく勝てるが、代わりに持ち主は死ぬんだとよ」
自分の死と引き換えに勝利できる剣、か。それは確かに、呪われた勝利、という言葉に相応しい。
しかしティルは違うところが気になったようだ。
「偽物を売るの? マーチャ、悪者?」
「いいんだよ。買い主の要望は『この剣を奴隷に持たせて刺客にする』だぜ? クソ野郎は騙していいってのがオレの法律なんだよ」
ティルは難しそうな顔をして、したり顔のマーチャの話を聞いている。
「だからオレは、そいつからたんまりもらって、すぐにブラッドフォードを抜け出すつもりでいる。ブレイズたちも、この地は因縁の地なんだろ? そう長居はしたくないはずだ」
「そこは、気にしていない。ティル次第だ」
「どっちでもいい」
俺たちの返答に、マーチャは微妙な顔をする。
「じゃあ商談がまとまり次第トンズラってことでいいな。で、だ。ここからちょいと相談なんだが」
マーチャは俺とティルの顔色をうかがいながら、こんなことを言い始める。
「その、まぁ強面のおっさんばっかりが集まるような商談だ。だから、ティルが居るとちょーっと不都合なんじゃねぇかなぁって、そう思ってる。もちろん二人が想い合う恋人なのは分かるぜ? けど、状況ってものがある訳でよ、つまり―――」
「マーチャ、何か勘違いしているようだが、俺はティルなしでは戦えないぞ」
「は?」
「いや、ケンカくらいなら出来るが、少なくともいつも通りには戦えない」
「レイはティルにべた惚れ」
「そういう話ではない」
堂々とした表情で、ない胸を張るティルだ。物おじしないな、と傍から見ていて思う。
「えー……っと? そりゃ、何でだ? ブレイズは剣さえあれば、剣士なんだから戦えるはず……」
そこでマーチャは、はたと気づいた。
「そういやブレイズ。お前剣はどこにあるんだ」
「ここに」
「は? どこにもないだろ」
マーチャはキョトンとして、俺の視線の先を辿った。自然と周囲の視線をティルが一人占めすることになる。
「ティルはレイだけのもの」
ティルはそんなことを言いながら、俺の腕の中に飛び込んできた。とりあえず受け止めておく。
「……? い、いや、分からん。どういうことだ」
「こういうことだ」
俺はティルの手を握った。ティルは察して一瞬の内に剣に変わる。
それを見て、マーチャはパチパチとまばたきした。「は? え?」と呟いて、俺を見る。
「その剣、どこから出した。それにティルが一瞬の内に消えたぞ。お前奇術師だったのか?」
「この剣がティルだ。ティルは消えたのではなく、剣になったのだ」
「は?」
「ティル、戻ってくれ」
俺が言うと、ティルは再び少女の姿に戻る。それから何やら味を占めたのか、俺の膝の上に堂々と座り始めた。
「え……いや、そりゃ、いやいやいや、待ってくれ。は? 人間になる剣ってことか? それとも剣になれる人ってことか? 何だそりゃ。そんなことあるのかよ」
「信じられない気持ちは分かる」
「マーチャ、目が良くないみたい。お医者さんに行くべき」
「行かねぇよっ!」
俺のフォローとティルのからかいに、マーチャは唸り出す。
「え、マジかよ。そう言うことだったのか? 確かに剣士の割にはいつも剣を帯びてないと思ってたが。違ったのか。常に剣に帯びていた結果、ティルがべったりだったのか」
「ああ」
俺は頷く。マーチャはさらに言う。
「ティルが、異様に常識がなくてワガママなのも」
「人間生活初心者、というか人間初心者だからだな」
「私、人間初心者」
「そうかぁ剣だったかぁ……」
正しい理解を得たマーチャに、俺は頷いた。「マジで一体何者なんだよお前ら……!」とマーチャは頭を掻きむしっている。
だが少しして、マーチャは「なるほどな……。そりゃあ連れていかなきゃならんか」と渋々頷いた。
「だが、利点がないわけじゃない。一見すれば武器を持っていないってことになるから、油断させられる。そう考えればおいしい話だ」
マーチャは一人ぶつぶつと言いながら、勝手に納得し始める。俺はティルにされるがままで、腕を動かされ、ティルを強く抱きしめているような風になる。
「分かった! なら今回はオレが譲ろう。弱みを見せながらの商談は、敵も油断するだろうしな」
「理解してもらえたようで何よりだ」
「とするなら、だ」
マーチャは人差し指を立てて言う。
「早速明日の段取りについて話そう。具体的には、オレがカモにする奴と、もし戦闘になったらお前らが戦わなきゃならない奴ら、だ」
俺はその提案に頷いた。敵のことは知っておいた方が、楽に事が進むのは道理だ。
ティルはもう興味がなくなったらしく、目を瞑って寝息を立て始める。
「オレが今回カモにするのは、このブラッドフォードでもっとも力を持ったギャング、ブラッディ・スカーだ。外見が特徴的でな。顔にでっかい斜めの傷痕が入ってる老人だ」
「ブラッディ・スカー、か」
自分の顔の上を斜めになぞるマーチャを見ながら、俺は頷く。
「元々バチバチの武闘派だったらしい爺でな。今は年老いて直接の戦闘に参加することは少なくなったそうだが、その気性の荒さが組織に受け継がれて、ドンドン周りを潰しては飲み込んでデカくなったんだと」
「詳しいな。調べたのか」
「もちろんだ。こう言うのが商人の本業よ」
得意になってマーチャは続けた。
「んで、今はブラッディ・スカーの秘蔵っ子が奴にどんな時でもついて回ってるらしい。ブラッディ・カッツ。若頭で、カッツバルゲルっていう、鍔がS字の直剣を好むそうだ」
「それが、俺の敵となるだろう男か」
「ああ。つっても、アレだぞ? 商談がうまーく運んで、やり合う必要がないなら戦っちゃダメだぜ。ま、ちょいと危なくなったら、どうでも良さそうなのは斬ってもらうかもだが」
「分かった」
「……本当に素直だな。人斬りにここまで抵抗感ないのは、やっぱ拾い物っつーか。扱いやすすぎて戸惑うっつーか」
俺はそれに肩を竦めて、ティルを見た。
「その分のワガママはティルが言っているからな」
「プッ、ハハハッ! そうだな、違いない。何だよ、ブレイズ。お前人間味のない奴だとばかり思っていたが、意外に冗談の一つも言えるじゃねぇか」
「ここまでの会話で、そういえばこういう言い回しがあったな、と思い出しただけだ。人と話すのも随分と久しぶりで、忘れていた」
「……なぁ、ブレイズ」
マーチャは俺に笑いかけてくる。
「この街を出たら、お前らの話を聞かせてくれるって話だったな」
「ああ」
「なら、その時を楽しみにしてる。お前とは、何だか馬が合いそうだ」
「そうだな」
お互いに、僅かに微笑み合う。それから、マーチャは冗談めかして言った。
「ティルはオレの手に負えるワガママっぷりじゃないから、ブレイズに任せとくわ」
「たまには家庭のことも振り返ってくれ」
「お前旦那に文句を言う嫁さんかよ!」
「冗談だ」
二人して、くつくつと笑う。それから俺は、ティルを抱えて立ち上がった。
「じゃあ、今日はもう寝る。また明日」
「ああ、明日はよろしく頼むぜ、用心棒さんよ」
俺は部屋を出て、自室に戻った。ティルをベッドで寝かしつけ、俺も自分のベッドに入る。
その柔らかさに、俺は何だか無性に懐かしい思いをした。かつては、こうしてベッドに寝ていたのだ。その事を思い出して、何だか、人里に戻ってきたのだな、とそう思った。
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