7話 商人のマーチャ
冒険者証を受け取ってマーチャの下に向かうと、すでにマーチャは何か飲んでいるようだった。
「おう。災難だったな。ちゃんと冒険者になれたか?」
聞いてきた表情は、何処か含みのある笑みだった。俺は少し考え、何となく察する。
「先ほどの男たちを差し向けたのはお前か、マーチャ」
「人聞きの悪いこと言うなよ。オレは何もしてない。ただ、都合が良かったから何もせずに見守ってただけだ」
「都合がいいと言うのは、俺たちが襲われるのが、か?」
「お前らの強さを改めて確認できる機会が、だ」
マーチャはニヤリと笑って、樽のジョッキに口をつけた。ティルはムスッとマーチャを見ているが、俺はそれ以上追及しても意味がないと判断する。
「それは?」
「エールだ、ブレイズ。到着したその日から仕事なんかできないからな。飲みながら情報収集って訳よ」
「聞き耳立ててる」
「人聞きの悪いことを言うなよ、ティル」
俺とティルは並んでマーチャの前に座る。するとちょうどそのタイミングで、料理が出された。揚げた芋と魚だろうか。昔こんなのを食べたような気がする。
「……ギザギザしてる。いい匂い。何これ」
ティルは目を丸くしている。どうやらお気に召したらしい。機嫌も一発で治ったようだ。そこでマーチャは「ん?」と首を傾げる。
「そりゃフィッシュアンドチップスに決まってんだろ。……もしかして食べたことないのか?」
「ない。食べていい?」
「いいぞ。おごりだ。存分に食え。ブレイズもな」
「恩に着る」
「いいや、趣味が悪いことをしたからな。恩に着なくていい。対等な立場で話そうぜ」
マーチャは手を振って、そんなことを言う。何か考えがありそうだなと思いつつ、今は舌鼓を打った。
俺はソースをつけてフィッシュフライをいただく。うまい。濃厚なソースにサクサクのフライは相性抜群だ。今まで魔獣の肉ばかり食べていたから、人里の食事に感じ入ってしまう。
「うまい」
「……! おいしい。レイ、すごいおいしい。びっくり。おいしい」
「フィッシュアンドチップスでここまで喜ぶなんてな。本当、お前らはどういう過去を背負ってるのか気になるところだが」
マーチャは身を乗り出して、「それよりも大事な話がある」と俺たちを見つめた。
「なぁ、ブレイズ、それにティル。オレはお前らの過去には触れない。興味はあるが、訳アリだろうから、話したくないだろうと思ってな」
「そうだな。少なくとも領都にいる間は言いたくない」
「ハハ、それも含めて、聞かなかったことにするぜ。でよ、本題はここからだ」
マーチャは言う。
「お前ら、オレ専属の護衛にならないか?」
「……」
俺とティルは顔を見合わせる。「まぁ聞けよ」とマーチャは続けた。
「お前らは行く当てがない。というかやりたいこともまだふわふわしてるような雰囲気がある。実際、この飯を食べたらどうするか、なんて決まってないんじゃないか?」
「そうだな。ティル次第だが」
「ベッドで寝たい」
「オレが宿代を出してやる、と言ったら?」
ティルは俺に耳打ちしてくる。
「怪しい気がする。マーチャはランプの魔人……?」
「子供みたいな疑い方するなぁお嬢様よぉ!」
疑うにももっとこう……とマーチャはもやもやしている。
「でだ。一方オレは安全に旅がしたい。商人だ。これでも金はある。お前ら二人の飯と宿代には苦労しないくらいの金がな」
「やることがないのなら、日銭を持つから護衛をしろ、と言いたいのか」
「ブレイズは話が早くて助かるぜ。で、どうだ。乗ってくれるか」
俺は言った。
「考えさせてくれ」
「……何だその玉虫色の回答は」
「聞いての通り、答えはすぐに出せない。その理由だが」
俺はティルを見る。
「俺はティルの叶えたいことを叶えたい。それ以外にすべきことというものを持たない。一方ティルは、事情があって、人間なら当たり前にしてきたことの多くを知らない」
「人間生活初心者」
ティルは無表情でダブルピースしている。
「だから、まず当たり前の生活を送らせてやりたい。おいしいものを食べる。柔らかいベッドで寝る。朝起きて街を歩く。そう言うことを一通りしないと、正しい欲求が分からない」
「……なるほど。事情が、予想以上のものだってのは分かった。なら、条件を付け加える」
マーチャはそれでも食い下がった。
「いつでもやめていい。どうせお前らが本気で嫌がったら、オレに止める力はない。人間生活なんて、オレの護衛をしながらでも十分できるはずだ。実際お前らは、今オレの金で飯を食ってる」
だろ? とマーチャは言う。
「だから、都合よく考えてくれ。オレは、お前らがオレの護衛をしてくれてる間は、ブレイズたちの金を持つ。二人はその金で好きに過ごして、嫌になったらやめればいい」
「ふむ……」
それだけ聞けば、実に都合のいい話のように聞こえる。だから、聞いた。
「なぜそこまでしてくれる?」
「理由は簡単だ。お前らは都合のいい話を聞いて、『どんな危険な護衛になるんだ?』なんて聞かないからさ」
「……?」
俺は首を傾げる。ティルと顔を見合わせる。それから、マーチャに問いかけた。
「先ほど、人生で初めて、ケンカ、というものをしてみた。その上で聞きたいのだが」
「ああ」
「人里に危険があるのか?」
俺が疑惑の表情で言うと、マーチャは口端を吊り上げる。
「っ。くくっ、ハハハッ。お前らの口以外から聞いたら、どんな寝ぼけた言葉だって笑っただろうよ。だが、お前らの実力を目の当たりにした今となっては、頼もしいったらないな」
上機嫌でマーチャは笑う。ティルは目を細めて、マーチャをじっと睨んでいる。
「マーチャ、レイのこと利用しようとしてる?」
「そりゃあしてるさ。お前らだってオレのことを利用しようとしてるだろ? 約束や契約ってのはそういうもんだ。さっきの条件はそれくらい、お互いにとっていいところなんだぜ」
オレにとっては格安すぎるしな、とマーチャはくつくつと笑った。正直な奴だ、と思う。
だが、ならば、と値段を吹っかける気にはならない。俺は金銭感覚がないし、先ほどの条件でも十分だと考えているからだ。
しかしティルは、マーチャにうまくいなされたのが不服らしい。ぷくーっと頬を膨らませて、俺の袖を引っ張ってくる。
「レイ~……」
「ティル、済まないが、言葉にならない願いは俺にも叶えられない」
「……じゃあ、マーチャのこと倒して」
「分かった」
「おいおいおい! ちょっと待てって分かったよ! オレが悪かった! もう煙には巻かねぇから、落ち着けって!」
俺が立ち上がると、マーチャは心底焦った様子でわたわたと手を振った。
ティルを見る。むすーっとしていたが、ティルはほどなくして「……いいよ」とそっぽを向いた。俺は腰を下ろす。
マーチャは疲れた様子で息を落とす。
「ったく、恐ろしい二人組だぜ……。凄腕の剣士と、不思議なお嬢様で、決定権を握ってるのがお嬢様だとはな。ブレイズも、少しくらいティルに食い下がれって」
「こう言うものだと思ってくれ。ティルが何か言ったら、俺はそれに従う」
「ティルは人間味がありすぎるし、お前にはなさすぎるっつーの。ったく」
ひとまずマーチャが一泡吹いたことで、ティルは機嫌を直したようだった。しかしティルは警戒を解いていないらしく、じっとマーチャを見つめている。
マーチャは観念したように頭を掻いて、こう言った。
「分かった。一から話す。明日、ちょっとデカい商談があるんだよ。そこには領都ブラッドフォードの裏社会も噛んでくる。そこでオレを、守って欲しいのさ」
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