6話 冒険者ギルドの洗礼

 銅の冒険者証をぶら下げてカウンターを離れると、ガラの悪い三人組に絡まれた。


「おうおう。これはこれは、新米冒険者たちじゃねぇか」


「いやぁ、良いカモだよなぁ。弱いって分かってる奴が、見張れる場所に来てくれるんだ。うまくって仕方がねぇ」


「お? しかも女の子の方は可愛いねぇ。よーし、おっちゃんたちが可愛がってあげようなぁ、ゲヘヘ」


 俺たちを取り囲むように、ガラの悪い三人は下卑た笑みを浮かべる。


 俺は周囲を見た。誰も彼もが、ニヤニヤとしてこちらの様子をうかがっている。受付嬢も、貼り付けたような笑みのまま止めようとしない。


 いわゆる、洗礼というものか。冒険者は荒事仕事になる。この程度跳ねのけられねば、しごとにならないということなのか。


 それにティルは、マイペースに聞いてきた。


「可愛がってくれるって。ご飯くれるのかな」


「間違いなく嘘だから、ついていってはダメだぞ、ティル」


「嘘。まだ私、嘘の見抜き方は下手……」


 しょぼんとするティルだ。そんな会話を聞いて、男たちは眉根を寄せる。


「おいおい、何悠長にしてんだお前ら? 状況が分かってねぇのか?」


「チッ、まぁいい。男の方ボコってやれば嫌でも分かるだろ。―――オラァッ!」


 男の一人が、俺を狙って拳を振り下ろした。俺はそのあまりにゆっくりな拳を、一歩下がって避ける。


 男は、自分の拳の勢いで、僅かによろめいた。俺は目を細め、唇をへの字に曲げる。


「うおっ、こいつ避けやがった!」


「へぇ……? 意外にできるみたいだな。ただの鉄等級じゃないってか?」


 俺は胸元を見下ろす。冒険者証は、基本的には胸元に隠しておくのがいい、と受付嬢に言われた。だから隠していたのだが、今回は裏目に出たらしい。


 俺は絡まれてしまった以上仕方がない、と後学のために問う。


「鉄等級じゃなかったら襲わないか?」


「あ? そりゃ銅等級以上は一端の冒険者だ。下手に絡めば怪我しちまうからな」


「その点、鉄等級はいいぜ! 一般人に毛の生えたような強さしかない癖に、冒険者だから警吏に泣きついても助けてもらえないからな!」


 ギャハハ! と笑い合う三人だ。それに、ティルは眉を顰めた。


 ティルは言う。


「私、この人たち嫌い」


 それに、大人げなくキレたのが三人だ。


「おうおう嬢ちゃん! 男の後ろに隠れて好き勝手言うじゃねぇか、あぁ!?」


「決めたぜ。嬢ちゃんは朝まで徹底的に可愛がってやる。おら退け小僧! 受付嬢との話は聞いてたぜ? 魔法使えねぇんだろ? なら、雑魚もいいところだ!」


 俺はそれを言われ、眉がピクッと勝手に動くのを感じた。そっと自分の眉に触れながら、ティルに「どうする」と尋ねる。


 ティルは言った。


「この人たちは、血も飲みたくない。居なくなって欲しい」


「分かった」


 俺は一歩前に出る。ギャハハと男たちが笑う。


「おいおい! ぼくちゃんやる気です~ってか!? 魔法も分からないければ実力差も分からないと来た。小僧、お前長生きできねぇぜ」


「それで? どうする。もしかして肉弾戦か? おいおい困ったなぁ。困ったから―――」


 男は、ニヤリと笑った。手に小さな木の棒を握りこんで言う。


「鉄を司りし神よ。我が身に鉄のような固さを宿したまえ」


 男の身体が、パキパキと音を立て始めた。奴は拳同士を打ち付ける。ガキンガキン! と鉄を打ち合わせたような音が響く。


「さぁやろうぜ小僧! お前が俺の身体に、傷一つ付けられるとは思えないけどなぁ!」


 言いながら、冒険者は殴りかかってくる。なるほど、これが魔法か、と思いながら、俺は奴の懐に入り込んだ。


「お前は鉄のように固いのだったな」


 俺は殴りかかってくる男の拳を懐から掴んで、主導権を握る。


「なら、他二人はそうではない、ということだ」


 俺は鉄の男の足を払って、そのまま掴んだ拳より振り回した。笑いながら成り行きを見守っていた男二人目がけて、鉄の男を武器のように振り回す。


 魔法を使った男は、確かに鉄のように固くなっていた。重さも申し分ない。つまりは、良い武器という事だ。俺は鉄男を鈍器代わりに、難なく二人を薙ぎ払って吹っ飛ばす。


「がっ!?」


「ぐぁっ!」


「うぐっ!? な、何だクソ……おっ、おい! お前ら大丈夫かよ!」


 鉄男が俺の手を振り払い、ふっ飛んだ二人に声を上げた。二人は巨体の重さもある鉄で殴られ、目を回して倒れ込んでいる。


 鉄男は俺に向き直って、表情を険しくした。


「テメェら……! ただじゃ置かねぇ!」


 再び殴りかかってくる。俺は一歩下がって避ける。俺は言った。


「それに、鉄だから硬い、硬いから無敵だ、と言う考え方も適切じゃない。古龍は鉄の何千倍も固かったぞ」


「はぁ!? テメェ訳わかんねぇこと言ってんじゃ」


 足を払う。今度は、先ほどよりももっと強く。鉄の男が宙に浮くほどに。


「ぎゃぁっ!? 足がっ!」


「にしても、なるほど。いい具合に分かってきた」


 俺は、空中で地面に平行になった男の顔面を掴む。力を入れる寸前、俺は呟いた。


「人間と言うのは、だいたいこの程度の強さなのだな」


 全体重を乗せて、思い切り地面に叩きつける。


「ガッハッ!」


 鉄男は絶息し、頭に伝わった衝撃で目を回した。「チク、ショウ……」と弱々しい声を上げる。


 俺は立ち上がり告げた。


「固くなったとしても、お前のそれは体の表面だけだ。内臓も脳もそのまま。なら、振動が体に伝わるようにすればいい」


 鉄の男は、結局それで動かなくなった。見れば観衆が集まっていたので「見世物ではない」と言うと、そそくさと立ち去って行く。


 俺はティルに振り返った。


「終わったぞ、ティル」


「……レイ。私が手伝わなくても、強い」


「ティルが手伝うと殺してしまう。それに、使うまでもなかった相手だった、と言うだけだ」


「つーん」


 ティルは不服そうにそっぽを向いた。俺は頬を掻きながら少し考え、こう告げる。


「本気の戦いでは、ティルなしでは無理だ。古龍は、一人では殺せない」


「……ティル、必要?」


「必要だ」


「なら、いつも一緒に居るからね」


 ティルは俺の手を繋いで、指を絡めてくる。どんどん甘えん坊になっていくな、と思いながら、俺は「ああ」と頷いた。

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