5話 銅の冒険者証

 領都に着いた時、すっかりマーチャは俺たちに打ち解けていた。


「いやぁやっと着いたな! 領都ブラッドフォードだ。ずーっと荷馬車に揺られて、肩が凝ったぜ」


 マーチャの言葉に、俺とティルは頷いた。


 荷馬車から三人で下りて、関節をぐりぐりと回す。それから、周囲を見た。レンガ造りの家々が立ち並び、人々が馬や馬車に乗って往来を行き来する、栄えた都市。


 領都ブラッドフォード。人生初の都市でもあると同時、俺を追いだした養父の本邸がある街でもあった。


「ここが、ブラッドフォードか」


 俺は呟く。俺が住んでいたのは、領都からしばらく馬車で行った先の、郊外の別荘だった。そこから出してもらえなかったから、実は初めてここに来る。


 養父。今、何をしているだろうか。思うが、考えても詮無きことか、とやめる。奴は俺を追いだした瞬間に俺とは無関係になったし、俺はどうせ死んだ人間扱いされているはずだ。


 ならば、ティルと好きに生きるので良い。俺はティルを見て、「領都に着いたな」と語り掛ける。


 ティルは言った。


「美味しいもの食べたい」


「分かった」


「おい待て世間知らず二人。爆速で次の行動を決めるな」


 マーチャの制止に、俺とティルは睨みを利かせる。


「何故止める」


「美味しいもの食べたい。お腹減ったし、マーチャから分けてもらった干し肉、まずかった」


「ああ悪かったな! けど金も貰わず分けてやったんだから、うるさいこと言うんじゃねぇよ!」


 確かにあの干し肉は、固いばかりでマズかったなと思う。基本的に山では干し肉なんて食べなかった。全部その場で、狩りをして食べていたのだ。


「いいか、世間知らずども。お前らはオレの口利きでどうにか領都に入れた身分だ。そうだろ?」


「感謝している」


「美味しいもの」


「話を聞けよティル! このワガママお嬢様が……ったく。世間ずれして話にならんと思っていたブレイズの方が、まだいくらかマシだとは思わなかったぜ」


 マーチャは首を振りながら、ため息を吐きつつ続ける。


「いいか? お前らはまだ、身分を疑われている状態ってことだ。ほら、さっきの門番、まだこっちのことを怪しそうな目で見てるだろ?」


「なるほど、あれはそう言う視線だったか」


「……」


 ティルは不満そうな顔で、俺の腕に抱き着いている。


 マーチャは諦めて、聞く気のある俺にだけ話し始める。


「お前背中からの視線に気付けるのか、ブレイズ。流石の……いや、それは後でいい。で、ここから本題だ」


 ブレイズ、とマーチャは俺に言う。


「身分を手に入れろ。とりあえず、冒険者になれ。そうすれば冒険者ギルドがお前の身分を保証してくれる」


「ギルド、か」


「そうだ。最近大陸から渡ってきた組織でな、大陸じゃあ随分と力を持ってるらしい。国が認めてるくらい確かな連中らしい上に、冒険者になるだけで最低限の身分の保証になるんだと」


 オレも一応持ってるぜ。マーチャは言って、胸元からネックレスを取り出した。鉄のアクセサリーが、三つぶら下がっている。


「これと同じ」


 ティルが元々荷馬車の護衛をしていた男が付けていたネックレスを取り出す。銅の剣のネックレス。なるほど、これは冒険種の証だったか。


 俺はネックレスに付けられたアクセサリーの形に見る。


「剣、弓、松明か」


「ああ。よく分からんが、三つ持っておけって話だった。ともかく、冒険者になれ。話はそこからだ」


「分かった」


 俺が頷くと、ティルが俺の手を引いた。


「レイ、お腹減った。美味しいもの、食べたい」


 むすーっ、と頬を膨らませて、ティルは俺に言う。


「……マーチャ。まず食事、というのはどうか」


「はぁ、この箱入り娘は……安心しろ。ギルドはどこだって、併設で食堂がついてる。冒険者登録だけして、すぐに飯にありつけばいい。何ならオレが先に頼んでおいてやる」


「それでどうだ、ティル」


「完璧」


 ティルは満足げだ。表情を緩めて、俺に一層強く抱き着いてくる。


「お前らは一体どういう関係性なんだ?」


「レイと私は恋人」


「とのことだ」


「……まぁいいけどよ。ギルドはこっちだ。ついてこい」


「ああ」


 俺はマーチャに続いて、ティルと共に歩く。石畳の硬質な足応えはそれこそ十年ぶりで、俺も懐かしさに頬を緩めた。


 ギルドはすぐ近くに立っていて、三人で入るとジロリと睨まれる。だが睨みで言えば古龍に比べれば随分とマシだったので、俺たちは気にせず進んだ。


「おーこわ。お前ら肝が据わってんな。流石オークを無傷で倒しただけはある」


 マーチャのからかうような言葉を、俺は肩を竦めて受け流した。ティルは俺の腕を抱いたまま、「マーチャは早くご飯頼んできて」と好き勝手だ。


 俺は女性が立っている場所を見付け、あそこかと当たりをつけて向かう。女性は俺たちを見て、ニコリと笑った。


「クエストの受注ですか? それとも依頼ですか?」


「冒険者になりたい」


「あら、てっきり外からきた冒険者の方と思いましたが。では名前をお願いします」


 女性―――受付嬢から紙を渡され、俺は見下ろす。文字を書くのは久しぶりだと思いながら、それでも自分の名前はちゃんと書けた。


「ブレイズさんですね。これで問題ありませんが、名字や地位などがあれば身元保証の効果が高まりますよ」


 受付嬢に言われ、俺は「では」と口にする。


「オヴィポスタ、と続けて欲しい。ブレイズ・オヴィポスタだ」


「かしこまりました。ブレイズ・オヴィポスタですね」


 実際は違う。養父の名字に従うのなら、ブレイズ・ロッドワンド・ブラッドフォード、ということになる。


 だがそれを言えば妙な勘繰りを招くだろう、ということは想像がついた。だから、別の名前を名乗ることにしたのだ。


 ではオヴィポスタ、という名前はどこから持ってきたのかと言うと、実の父の名字である。


 実父も記憶の上では貴族ではあったが、父が死に、後継ぎだった俺も養子に出て、という流れである以上、とっくにオヴィポスタ家は取り潰しになったことだろう。


 十年も前なら分かる人間もいるまい。ならば、折角だし実の父の名を名乗りたい。そう思って、俺はこう答えていた。


「では、口頭で簡単な試験をさせていただきますね。この成績次第で、銀から鉄の等級の冒険者証をお渡しします。つまり、実力に応じた等級の試験という事ですね」


「銀が最高なのか」


「いいえ、さらに上に金、白金と続きます。が、それは試験では測れませんので、含みません。狙いたい場合は実績を積むしかありませんね」


 という事らしい。「分かった」と答えると、受付嬢は俺たちに問いかける。


「では第一問。あなたの専門分野の魔法は何魔法ですか?」


「ない。魔法は使わない」


「では、こちら鉄等級の冒険者証になります」


 判断が早い。


「……魔法を使わなければダメなのか?」


「魔法は人が人から外れるための手段ですので……。魔法ができないと、ゴブリン相手でも死闘することになってしまいます。少なくとも、口頭で高い等級はお渡しできません」


 魔法の知識を聞く形ならば、口頭でも実力を測れるから、ということらしい。逆に言えば、魔法とはそれだけ強いということなのだろう。


 確かに、山でも魔法を使う魔獣は中々強いのが多かった。すべて斬り伏せてきたが、簡易的な指標とするのは分からない話ではない。


「分かった。であれば仕方ない。あと、このアクセサリー、冒険者証だったか? は、何で三つあるんだ」


「分野の違いです。人を相手取る剣の冒険者証、野山の魔獣を狩る弓の冒険者証、ダンジョンに潜る松明の冒険者、となります」


「……何が違うんだ? 全部戦うだけだろう」


「冒険者を続けるうちに、分かるようになります。では、二人分の鉄の冒険者証をお渡ししますね」


 ネックレスを二人分渡される。俺とティルの分、ということだろう。俺は受け取り、首にかける。鉄製とはいえ、中々雰囲気があっていいな。気に入った。


 一方ティルは、「ねぇ」と受付嬢に言った。


「これ拾った」


 差し出すのは、銅の剣の冒険者証だ。死んだ馬車の守護者のもの。


 個人的な好みだが、銅より鉄の冒険者証の方が格好いい。色味が渋くて、俺好みなのだ。俺は気に入って、まじまじと見入ってしまう。


 だが受付嬢はそれを見て、目を丸くした。


「これを、どこで?」


「オークに叩き潰された人の物。オークは私たちが倒した」


 ティルの言葉を聞いて、受付嬢はチラと横のガラス玉を見る。それは気づけば、うっすら白色に輝いていた。


「……! なるほど、では改めましょう。少なくとも銅等級はありそうですね」


 随分とすんなり信じてくれるものだ、と思う。そのガラス玉は、真実と嘘を見抜くことが出来るのか。


「では、剣、弓の冒険者証を、銅等級のものに変更しましょう」


「松明は?」


「松明はまた特殊でして。ダンジョンは恐ろしいところなのですよ」


 ともかく、と受付嬢はティルの冒険者証を取り上げて、鉄製の剣、弓の冒険者証を銅のものに取り換えた。


「やった。得した」


 ティルは乏しい表情ながら、嬉しそうに言う。ティルの深い目はキラキラと輝いている。


 それから受付嬢は俺に手を伸ばしてくる。


「では、そちらもお取替えしますね」


「……」


 せっかく気に入ったところだったのに、と俺はしぶしぶ返却する。

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