4話 世間知らずの二人組

 村の警邏に盗賊の死体と頭の首を差し出すと、怯えた顔で路銀を渡された。


 その路銀を元に、俺とティルは二人で馬車に乗っていた。向かう先は領都。ティルが「もっと人のいるところに行きたい」と言ったからだ。


 女将さんに一連の話をしたところ、「ありがとうね、アンタたち! せめて、もっといい服を着ていきな! 領都でも通じるような、粋な服をね!」と生地のいい服を着させられた。


 俺もティルも、黒を基調とした服だった。俺は程よく薄手でゆったりとした、腰ベルトの目立つ服。ティルはスラリと、スレンダーなボディラインのうかがえるシックな服だ。


「可愛い。お嬢様になったみたい」


「お嬢様が分かるのか?」


「何となく?」


 こてん、とティルは首を傾げる。俺は、ふ、と笑って「そうか」とだけ言った。


 すると、ティルは俺の腕に抱き着きながら言ってくる。


「レイも格好いい。貴公子って感じ」


「貴公子も分かるのか」


「レイ。私のことバカにし過ぎ。意外にモノが分かる」


「意外に」


 そんな会話をしていると、相乗りしていた男がカラカラと笑う。


「お前ら、随分素っ頓狂な会話してんなぁ? さっきの村から乗り込んだ二人だろ? あの村、前に比べて妙にざわざわしてたけど、お前らの所為か」


 くすんだ茶髪を、緩やかにウェーブさせた男だった。口端は常に吊り上がっていて、貼り付けたような笑みには軽薄さがにじんでいる。


 俺とティルは顔を見合わせ、男に答えた。


「どうだろうな」


「分からない」


「……何か、調子狂うな、お前ら」


 男は鼻白んだ様子でそう言った。俺は肩を竦めて流し、ティルはそもそも興味がない、という顔で正面に向き直る。


「おいおい、これで会話終わりかよ。もっと何か話そうぜ。領都までしばらくかかることだし」


「しばらくとはどのくらいだ」


「ざっと三日かねぇ」


 男の答えに、ティルは目を丸くする。それから俺に言った。


「レイ。退屈なのは嫌。何か面白いことが欲しい」


「分かった、ティルの望みを叶えよう。……では」


 俺は男に改めて目をやる。程々に鍛えられているが、戦える人間と言う感じはない。


「ご趣味は」


「ブフォッ」


 男は吹き出した。


「……おい兄ちゃんよ。真面目な顔して、いきなり趣味はないだろ趣味は。見合いか?」


 男は呆れた目で俺を見る。俺はティルを見た。


「……今のところいい感じ」


 静かにご満悦な顔をする。ティルの判定的には良いらしい。この調子で話を続行する。


「本日はお日柄もよく」


「兄ちゃんよ。お前会話下手だな?」


「無論だ」


「自信をもって答えるな。ひとまず、こう言うときは名を名乗るんだよ。っと、名乗りはまず自分からってな。オレはマーチャ。駆け出しの商人だ」


 ニヤリと口端を持ち上げて、マーチャは名乗った。俺は頷き、答える。


「俺はブレイズ。彼女はティルだ」


「よろしく、マーチャ」


「ああ、よろしくな、兄ちゃんに嬢ちゃん。しかし、不思議な二人だな。何となく雰囲気があるが、貴族というには体が出来上がりすぎてる」


 マーチャは主に俺を見て言ってくる。探りを入れられているというところか。だが、だからどうという事もないだろう。


「褒め言葉と受け取っておく」


「ハハハッ! ちょっと持ち上げた程度じゃ、話してくれないってか。意外に手ごわいな、ん?」


 俺は目を伏せて流すと、ティルが突いてくる。


「レイ、いい感じ。ぽい」


「ああ。期待してくれ」


「……なぁ。その、会話に評価が入る度に、何の意図もなく転がされる気がしてくるから、やめてくんねぇかな」


 事実だが、そうと教えてやる義理はあるまい。


 そう思っていると、ティルはマーチャの苦情に答えた。


「ヤダ」


「だそうだ」


「……!? な、何だ? オレは一体何を話してるんだ? 分からなくなってきた」


 マーチャは動揺している。だがティルはまだ人間になって日が浅い。大目に見てもらおう。


 ティルが期待の目を向けてくるので、俺は会話を続行する。


「最近ハマっていることはあるか」


「だぁー! ちげぇだろうが! こういうときはよ! 儲かってるかとか! どこどこがきな臭くなってきたとか! そういう話をするんだよ! 何が悲しくてそんな個人的な話をしなきゃならねぇんだ!」


 叱られてしまった。ティルを見ると、「それだ」と呟いている。なるほど、この方向性か。


「で、どうなんだ。儲かってるのか」


「クソがッ! ……ああ、ボチボチだよ。お前らはどうなんだ」


「ついさっき初めて路銀を得た。大銀」


「あーあー! そういう金額の話をするんじゃねぇバカタレ! 金を持ってるってバレたらなぁ、寝てる間にスられたり、路地裏で襲われたりするんだよ!」


「なるほど」


 所持金額を表立って言うと危険なのか、と思う。だが同時に、人間ごときが危険なのか? という疑問も抱く。


「レイ」


 ティルが呼んでくる。目を向けると、ティルは言った。


「満点」


「ありがとう」


「だからその評価制やめてくれねぇかなぁああああ」


 唸るようにマーチャは言う。


 それっきり、マーチャは舌打ちをしてそっぽを向いてしまった。ティルを見ると「続き聞きたい」と急かされてしまう。


「マーチャ」


「お前らとはもう話さねぇ。話すだけで損する」


「治安だが、先ほどの村はいいぞ。というか、良くなった」


「……」


 マーチャは俺に振り返ってくる。その顔は、警戒半分、興味半分という風だ。


「その根拠は」


「盗賊がいなくなったからだ」


「何でいなくなった。剣の冒険者団でも来たか」


 剣の冒険者団? と俺は首を傾げるが、ひとまず違うので首を横に振る。


「なら、何でだよ」


「俺たちが殺した」


「……は?」


 マーチャは瞠目して俺を見た。マーチャ以外の相乗りの連中も、俺たちを見ている。


「殺したって、お前がか」


「違う。俺たちがだ」


「お、おう。だが、あの辺りの盗賊団は割と人数がいたはずだ。二人で全員を殺すのは無理があるだろ」


「何故だ。奴らは弱かった。弱い者がいくら群がろうと、強くはなれない」


「……」


 俺の言葉に、マーチャは沈黙している。他の連中も、ひそひそと会話を交わしながら俺をチラチラと見ている。


「なら、この馬車もそういう契約で乗ったって訳か?」


「そういう契約?」


「だから、馬車を守るために乗り込んだのかって話だ。そういう契約なら移動に金は掛からないし、それどころか警護代にもありつける」


「そうなのか」


「お前なぁ……」


 マーチャは俺に呆れた顔をした。少し離れたところに座っていた男が「お三方よ。生憎だがこの馬車の警護は俺だぜ」と声を上げる。


 そこで、馬車が揺れた。俺は素早くティルを支え、ティルは俺の胸に飛び込んでくる。一方マーチャなどは、その衝撃に馬車の上で転がった。


「何だぁ何だぁ!? おっちゃんよぉ何があった!」


「ひっ、魔獣が! 魔獣が出やがった!」


 馬車を操っていた御者の指さす先には、豚の顔をした巨人、オークがたたずんでいた。道端で牛の死骸を貪っている。


「チッ、ここまでの代金は貰ってないぜ!」


 言いながら、警護を名乗った男が立ち上がった。見ると、銅の剣のアクセサリーが首元で揺れている。


「レイ、アレ格好いい。欲しい」


「分かった。機会があれば交渉しよう」


「なぁに呑気に構えてんだこのバカタレ二人は!」


 マーチャが俺たちに雷を落とす。その間に、警護の男が馬車から飛び出した。剣を振るい、何かを唱え始める。


「力の神よ! 我が賛美に応えよ! 我が身に力を! このオークに釣り合うだけの力を―――」


 オークは、振り向きざまに棍棒を振るった。まるで丸太のような棍棒が、あっさりと男を叩き潰す。


 飛び散る血、肉。カランと呆気なく地面を滑る剣を見て、即死したのだとすぐに分かった。


 それに、俺たち以外の全員が凍り付く。俺はティルの手を取って立ち上がった。


「ティル。殺されてしまった以上、早い者勝ちだ」


「うん。早い者勝ち」


 俺たちの動きに、マーチャが真っ先に反応した。必死の形相で「おい!」と声をかけてくる。


「オークに太刀打ちしようってのか!? 無茶は止めろ! オークってのは銅等級相当でも上位の魔獣だぞ!」


「何を言っているのか分からないが、ひとまず俺たちの心配は無用だ」


「はぁあ!? いくら鍛えてるからって、お前らみたいな世間知らずのペーペーが敵う相手じゃ」


 マーチャが言う間に、ティルは姿を変えて魔剣と化している。その光景にあっけを取られて、「へ……?」とマーチャは声を漏らした。


 俺は軽やかに馬車を下りた。オークに近寄っていく。オークは唸っていたが、やはり俺たちに丸太ほどの棍棒を振り起こした。


 俺は言う。


「返り血は、浴びたくないな」


 オークの棍棒がすっぽ抜けた。馬車横に跳ねて、炉端に倒れ込む。オークは呆然として、握っていた手を見下ろした。


 その手には、指が付いていない。すべて一様に、切り落とされている。


「せっかくいい服を着ているのだ。オークの血は、臭う」


 跳躍。俺はオークの頭に着地して、その頭蓋をティルヴィングで貫いた。


「は……」


 見守っていたマーチャが、呼吸音を漏らした。俺は剣を抜き、くるりと一回転して地面に着地する。


 同時、オークが背中から倒れた。俺は剣を振って血を払い、それから潰された警護の男の首飾りを血だまりから取り上げる。


「ティル。少し汚れているから、洗ってから渡そう」


「うん。ありがと、レイ」


 人間に戻ったティルが、俺にギュッと抱き着いてくる。


 その一連の流れを見て、マーチャは「ハハ……。マジかよ……」と呆然とした。

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