3話 「血の匂いがする」

 山を下りるにあたって気を付けたのは、昔の家の方向に降りない、という事だった。


「そっちに降りるの?」


「ああ。こっちならそう問題はないだろう」


 髭を剃り、ある程度髪も切ってこざっぱりした姿になった俺は、ひとまずティルヴィングを負ぶって下山していた。


 目下問題なのは、服だろう。俺は十年ずっと着っぱなしの薄汚れた服しかないし、ティルヴィングに至っては全裸だ。


 だから足早に山道を下っていると、ティルヴィングが俺に言った。


「そういえば、ブレイズ、私のことティルヴィングって呼ぶ」


「ん、ああ。そうだな。それが銘だから」


「恋人っぽくない。可愛い呼び方がいい」


「……」


 ティルヴィング、こんなにワガママだったのか。いや、元からワガママな魔剣だったが。握る度に敵を欲してたが。


「ティル、でどうだ」


「気に入った。ブレイズはどう呼んでほしい?」


「好きなように呼んでくれ」


「じゃあダーリン」


「やっぱり俺が考える」


「ケチ」


 どこでダーリンなんて言葉覚えたんだ、と思いながら、俺はティルの足が俺の足にぶつけられるのを耐える。


「というか、俺の名前は短いし、そのままでも」


「ダーリン。ハニーでもいい気がする。迷う」


「レイ。実の父が俺のことをそう呼んでいた」


「……んふ。レイ。気に入った」


 きゅーっとティルの抱き着く腕が強くなる。ささやかな胸が背中に押し付けられている感触がある。先ほど子供とかなんとか言っていたが、ティルは本気なのだろうか。


 そんな事を考えながら進んでいると、早々に俺たちは下山していた。山の麓の寒村だ。俺は、あまり見られたくない姿だと思いながらも、近くの家の戸を叩く。


「はーい? 誰よ、わざわざノックなんかして……あ、アンタらは……?」


 気風のいい女将さん、という容姿をした女性が、俺たちを出迎えた。俺はそれに、単刀直入に言う。


「その、服をいくつか分けていただけないだろうか」






 素性を聞かれたときは、事故があった、という風に伝えることに決めていた。


 馬車で移動していたところに盗賊に襲われ、服もはぎ取られたところを脱出した、というのが主なストーリーラインだ。


 それでもダメならどうしたものかと考えていたので、女将さんが受け入れてくれて助かった。


「アンタら大変だったねぇ。都市へ向かう定期便は今日まだ何本か残ってるから、それで家に向かいな」


「恩に着る」


「ありがと」


「若いのに礼儀がなってるね。しかし、盗賊か……何だか他人事とは思えないね」


 女将さんは、渋面でそういった。それに、ティルが興味を示す。


「他人事とは思えないのは、何で? この村も盗賊で困ってる?」


「お嬢ちゃん、勘がいいね。その通りさ。この近隣に、盗賊団のアジトがあるらしくってね。定期的にこの村に襲いに来るのさ」


 女将さんはため息を吐く。それは困りものだろう。特に、こんな武力のなさそうな村からすれば。


 そう思っていると、ティルが俺の袖を引いてきた。


「レイ、恩返しのチャンス。私、恩返ししてみたい」


「……分かった。ティルが望むことをしよう」


 俺たちが行って立ち上がるのを見て、女将さんは目をパチクリとさせる。


「ちょっ、ちょっとお待ちよ! アンタらみたいな盗賊に襲われて命からがら逃げてきた人間が、何を出来るっていうんだい! アンタらのその服は、死に化粧に用意したわけじゃないよ!」


 しまったな、と思う。嘘の話と矛盾してしまった。だが、そこでティルが言う。


「安心して。私たち、盗賊皆殺してここに来たから。その盗賊たちも余裕」


「そ……そうかい? いや、だとしても……」


「いいから、黙って見てて。私たち、ちょー強いから」


 ね、とティルが俺を見る。俺は頷いた。


「そうだな。俺たちは、並ぶものが居ないくらい強い」


 そう話していた瞬間、村にカーンカーンと鐘の音が響いた。警報。女将さんが、「噂をすれば、だね」と顔をこわばらせる。


「じゃあ、レイ、行こう?」


「そうだな、ティル」


 俺たちは手をつないで立ち上がる。女将さんの建物の玄関をくぐる。


 すると、十人前後の盗賊が、武器を持って騒いでいた。


「チッ! どいつもこいつも鍵かけて引っ込んじまってよ!」


「まぁまぁお頭。適当に3つ程度の家を略奪して回れば、しばらくは持つんですから……ん?」


「ん、おうおう! 何だぁ坊ちゃん嬢ちゃん。キレーな顔してんなぁ。この村に匿ってくれる家はなかったかい。可哀そうになぁ。お前らは俺たちに売りに出されちまう」


「ギャハハ! その前にあの嬢ちゃん、俺に味見させてくれよぉお頭! ありゃあ髪ばっかり長いが、よく見りゃ上玉だぜ?」


「バカ野郎! そういうのはなぁ、俺が楽しんでからだ! そのあとなら、好きにしていいぞ」


「やりぃ!」


 ゲラゲラと、男たちは品のない声で笑う。


 一方、ティルも静かに、頬笑みを浮かべていた。


 ティルは言う。


「レイ、私、あいつらの血が飲みたい」


 深い色の瞳が、ギラギラと危うい輝きを宿す。俺も釣られて少し笑いながら、言った。


「そうだな。お前の望みをかなえよう、ティル」


 手をつないでいたティルが、魔剣ティルヴィングへと変貌する。


「あ……? あの嬢ちゃん、どこに隠れたんだ?」


「まぁいい。坊ちゃんと手をつないで、随分中良さそうだったし、あの坊ちゃんを痛めつければ出てくるだろ」


 盗賊たちは俺たちににじり寄ってくる。俺はそれに、静かに姿勢を屈めた。


「血の、匂いがする」


 次の瞬間、ティルヴィングを手に駆け抜けた。盗賊たちの全員が、足を失ってその場から崩れ落ちる。


「あっ? な、何が起こっ――――いでぇー! なっ、何だ! 足ッ! 足ぃッ!」


「俺の足! 俺の足がぁっ! ねぇよお! 足が、なくなってるよぉ!」


「血が、血が止まらねぇ。何だ。何が起こったんだ、何ぁ゛っ」


 俺は居合いで全員の足を切り落としていた。全員が倒れ伏し、足首から先がないために立ち上がれない。


 それから俺は、奴らの背後からその頭に剣を刺して回る。勝負は、とうについていた。今は、生かすのが哀れだからその後始末をしてやっているだけ。


「ひっ、や、やめ、やめろぁ! この、化け物! 化け物がァ!」


「何を勘違いしている。これは、善意だ。俺がお前らを殺した方が、苦痛が少ない」


 突き刺す。抜く。突き刺す。抜く。淡々と一人ずつ殺していく。失禁するもの。泣き出してしまうもの。様々だったが、長く死の恐怖に晒すこともない。


 最後に、盗賊団の頭目らしき男が俺を見上げていた。だらだらと血を流しながら、目をそらさずに俺を見上げている。


「……オメェ、何モンだ」


 震える目で俺を見上げる頭目。俺は、肩を竦めて答えた。


「俺は何者でもない。だから、何かになりたいのだ」


 首を刎ねる。盗賊団の頭だ。恐らく、路銀にできる。そういう打算で、俺は首を掻き切った。

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