第51話:第四の力



 みんなと合流すると、そのまま魔王城で会議をすることになった。なんだっけ? 俺の本拠地を地上のワシャルドにするか、この魔王城……メドゥーサの鼓動にするかみたいな話だっけか?


「ちょっと前にも言いましたけど、ワシャルドとこの魔王城のあるウォーグラー、その両方が本拠地ということでいいんじゃないっすかね? 普通ならありえない話っすけど、実際クローの兄貴なら分裂することで同時に存在することも可能みたいですし、古代の転移門を内蔵してるからやろうと思えば、地上と地獄二つの兵力を一つにすることだってできる」


「そうだね。ボクもフロデスマルクと同意見かな。さらに言えば、そんな荒唐無稽なことができてしまうという事実が、クロー君の力を示し、統治者としての正当性を証明することにも繋がる。気持ちとしてはクロー君を地獄で独占してしまいたいが、君という存在を最大限に活かすとなると、そうはいかない」


「はいはーい! それなら、クローさんの中にちょうどワシャルドの歯車巨人さん達がいるので、彼らもこちらに呼んでみたらどうですか? それと、こっちの人たちで地上に興味のある方をワシャルドに来てもらうとか!」


 俺は最近、住居やちょっとした街の自覚が出来てきたが、これからは道路だとか橋の自覚も持たなきゃいけないのかもしれない。


「ふむ、シャトルーニャの意見は元々考えていたことではあるけど、こうしてクロー君の内部の転移門を活用できるとなると、平時から連携して動くことも考えていきたいね」


「ね、ねぇ……転移門をさ。ワシャルド側のを外に、俺の外に設置したら駄目なのか? こっちの、ウォーグラーの転移門は外にあったんだしさ……」


「いや、分裂できることが分かったからね。地獄側の転移門も君の中に設置するよ」


「えええええええええ!? なんでっ!? めめめ、メリットは!?」


「だって君の中に置くのがセキリティ面でも、防衛的な面でも安全だし、君の内部に設置されることで、実質的に君はいつでも軍隊を自身の内部から召喚することができるようになるんだ。これは相当に恐ろしいことだ。実際に兵士を動員しなくとも、君一人しか交渉の場にいなくとも、軍団を引き連れたのと同程度の示威行為となる。どんな状態でも、数の優位を持っている可能性……まぁ、そもそも君は大勢の相手をするのが得意みたいだから本当はそこまで意味はないのだけど、表向き、交渉面ではまた変わってくるのさ」


「わ、分かりました……実際、邪神達が俺を弱い間、成長する前に俺を殺せなかったのは、いつ俺からラインマーグが出てくるか分からないって恐怖から出来なかったわけだしな。まぁラインマーグは俺の腹からじゃなく、ジャスティスゲートを通ってくるって違いはあるけど……考えとしては似たようなもんだな」


 まぁ実際転移門が悪用される可能性を考えると、俺の中にあった方が安心か……けど、古代遺跡の転移門自体はまだ存在するかもしれねぇんだよな。【蟲神都市・イセエビ】周辺地域にはいまだに多くの古代遺跡が眠ってる。そして、俺が転移門を活用してることや、どこから調達したかなんて、すぐに他国のやつらにバレるだろう。


「ワシャルドに本拠地を置くって話なんだけどよ、ちょっと待ってくれ。地上側で、俺が次に活動しなきゃいけない地域は、おそらく【蟲神都市・イセエビ】になる。あそこは確実に色んな所から狙われることになる。転移門があったのはイセエビ周辺の古代遺跡群、あの一帯の安全確保が必要だと思うぜ」


「お兄さんの言う通りだも。狙うのがタダヒトの弱小国家なら問題にはならないけど、ファーカラルや他の神々も狙ってくるはずだも。他にも転移門があるかどうかは不明だけど、それと同等か、それ以上に強い力が眠っている可能性が高いも。現状で世界のパワーバランスを覆す可能性があるのは、この古代遺跡群ぐらいだも」


「そうだね。まぁボクとしても気になるところだけど、ボク達はボク達で地獄側の古代遺跡群を調査しているからね。そちらには手を出さないよ。ま、イセエビと共同で研究や発掘を行うだとかは大歓迎だけどね」


「よし! じゃあ、方針はこれで決まりだな。ついでにワシャルドの一部も俺の中に入れておく、あくまでイセエビへの旅に着いて来たいやつらだけだが、人手もいりそうだからな。だったらそいつらの住居ごと持ってきた方が快適だしストレスもない」


 と、そんなこんなで俺達のやるべきことは決まり、俺は分裂し、今では地上側と地獄側での俺が存在し、地上側の俺はワシャルドの民達を引き連れて【蟲神都市・イセエビ】への大移動(見た目上は俺とシャコしか見えない)を始めた。


──────



 半年、地獄でイセエビの守りを強化すると決めてからそれだけの時が経った。俺達が予測していた通り、色んな国や、アラバイルの手下、ファーカラルに操られた者がイセエビを狙ってきた。


 遺跡、というよりはイセエビに住む技術者達を狙ってだ。理由は簡単で、遺跡を守る分厚い壁を壊す技術を持っているのはイセエビの者達だけからだ。


 最初、あの壁を壊したのは俺の魔蟲が生み出した酸によるものだが、イセエビのやつらはそれを再現した。元から俺の魔蟲や魔蟲の生み出したモノを再現させることで技術力を高めていったから、技術体系が他とは異なる。俺の魔蟲のサンプルでもあれば他のやつらも再現できるのかもしれないけどな……


 ファーカラルの場合、おそらく本人が現地で遺跡を解析すれば、遺跡への侵入方法はすぐ分かるはずだ。ヤツも魔蟲には詳しいわけだしな。


 遺跡の壁は硬い、しかし単純な硬さではない。この遺跡群は精神生命体の侵入をも防ぐように作られている。つまり物理、精神系、両方の突破を同時にこなせないといけない。魔法を編み込んだ魂を持っているような感じで、その魔法の発動によって異常な強度と再生能力を持っている。


俺の魔蟲は元々人の精神を溶かし、それを吸うことで生きてきた存在で、どんなに精神力がタフで硬かろうと確実に削るだけの威力がある。あいつら元から伝説級の寄生型モンスターだからな。ファーカラルがガチギレした結果、俺を苦しませようと張り切ったせいでのレジェンドクラスだ。


 精神を溶かす酸と、単純に物質に作用する酸、それらを同時に放出することができるからこそ、俺は簡単にこの遺跡の壁を突破できたわけだ。精神攻撃系の魔法を使えば、それでもいけるか? と思ったりしたけど、結果は駄目だった。魔法系は普通にレジストされてたし、レジストされない浄化魔法も、遺跡の壁が邪悪でもアンデッドでもないから意味はなかった。


 俺が最初に試した方法であっさりとできてしまったから、大したもんじゃないと思っていたけど……とんでもなく高性能な壁だった。偶々俺と噛み合っただけで、非魔法系で精神に作用するというのが、かなりハードル高い。けどあれだな……よくよく考えると、この酸ヤバイな……これって時間かかったり再生されたりはあるかもだけど、どんなに相手が強くても確実にダメージが通るってことじゃん……


 ちなみにマロンちゃんはその伝説級クラスの魔蟲の精神を溶かす酸を大量に集めるのに滅茶苦茶苦労したらしい。俺が陸路で地獄へ行くまで待てばいいだろって言ったら、それじゃあまりに遅いとか言って、無理をした。その結果、多くの罪深い魂が犠牲になったらしい……ちなみに、酸で少し溶かした魂はマロンちゃん的に鍛え直しやすいみたいで、良い仕事ができると言っていた。


「あれ? ここって俺が最初に壁に穴空けたところじゃないのか? あれ~? ここに穴空けたはずなんだけど……ないじゃん」


「ああ、それですか? 実はゆっくりとですが、一度完全に破壊されても再生するみたいでして。けど! 凄いんスよ! 研究した結果、一度破壊したら、破壊された箇所をいじれるようになることが分かったんです。この遺跡は正規の形で入ることを許可された存在がありまして、それがハイエルフなんですけど、その識別を魂の形で認識してるんですよ。なのでその識別システムに手を入れれば、俺達だけが普通に入れる遺跡を作ることも可能なんすよ。だから俺達は普通に正面から入れます。もちろんクローさんも!」


 俺がイセエビにたどり着いてすぐ、ドラッシャーとこんなやり取りがあった。これを踏まえて考えられることは、おそらく遺跡を生み出したのはハイエルフであり、ハイエルフは元から地獄で文明を築いていて、地獄へ移住した存在。


 だけど今のハイエルフ達はこの古代遺跡を知らない。これって……多分、ラインダークが生まれた時に、そういう知識層、古く偉いハイエルフが殆ど死んだせいなんじゃねーか?


 じゃあ、ハイエルフの王と部下たち、サキュバスの女王が一緒に住んでたってこと? カオス過ぎんだろ……じゃあ、ラインダークのお親父さん、一度やってから吹っ切れちまったのか? それとも責任を取るつもりだったのか……


 けど、ラインダークの誕生で古のハイエルフが全滅したのなら、色々説明がつく。ハイエルの知識層は王と同じく特権階級で、王の近くに住んでいた可能性もある。その場合ラインダークの力に取り込まれて死ぬ。新たに生まれたハイエルフは、知識的には古のハイエルフと断絶してるんだ。んで、巨大な転移門はハイエルフ達の引っ越しとかに活用されていた。開闢の螺旋階段はハイエルフに隷属していた種族や、商人だとかに使わせていたんだろうな。自分たちだけで最強の移動装置を独占して、圧倒的な力を誇示していたに違いない。


 まぁ、その話はともかく、遺跡のセキュリティは俺が思っていたよりもしっかりしていた。今じゃ遺跡のごく一部を特殊な酸で破壊した後、システムに干渉する方法を確立しているみたいで、遺跡を起動させ、防衛施設や兵器として活用しようだとかの話もあがってきている。


 ま、ハイエルフのとんでも超技術も、想定外の攻略法をされてしまうと、案外脆いってことだ。



──────


「お前はお兄さんに会わなくて良かったも? あんなに会いたがってたのに」


「パパとママには会えない。あえばバレてしまう、仮に姿を変えてもバレてしまう。お前の方こそ、知ってていっているのなら、性悪だ」


 【蟲神都市・イセエビ】それはマキとその分体の影糸が首領である組織【羽の風糸】の本部がある街。ドラッシャーはマキ達と組んでいる。


 このことをドラッシャーもマキもクロー達に秘匿している。実際にはこの街の住人ほぼ全てが【羽の風糸】の構成員であることを隠している。それ故に、マキと影糸は一見するとなんの変哲もない民家を、仕事の場に変えることもできる。内部の者達を外に配置し、警備としての役割をもたせるのだ。


 【羽の風糸】それはクローの狂信者達を抱えた、危険組織。世界の為でも正義の為でもなく、クローという存在の為だけにある組織。正義と救済はクローが齎すものであり、自分たちは支えるだけというスタンスで、悪辣な手段を選ぶことを迷わない。


 敵対者に慈悲はない。イセエビを狙った者達には、当然慈悲は与えられない。ファーカラルに操られたエルフも、他国の間者の人間も、アラバイルの手下である力を失った神々も、その全てが廃人となった。拷問され、魂を破壊され、情報が抜き終わった後、彼らはその目から光を失い、人語を理解できなくなった。


 外傷は全て治癒した。魔蟲達が治したからだ。かつてファーカラルによってクローに行われた拷問が、マキと影糸の手によって再現された。


全の混成体オールキマイラの完成はいつになりそうだも? ……それとお前、あたしとの繋がりを意図的に遮断するのはどういうつもりだも?」


「説明しなくても、大体わかっているでしょう? 嫌なヤツね……お前の心と繋がりたくないからだ。我々の活動自体、好きではないのに、お前の心まで感じていては、魂が腐る」


「はぁ……? お前の心が痛いだとか、苦しいだとか、不愉快だとか、そんなことはどうでもいいんだも。確実に仕事をするにはあたし達が繋がっている必要があるも……繋がることで不快な思いをするのはお前だけではないんだも?」


「……分かった……一日数時間はお前に魂を繋げておく、それで妥協しろ。お前と二つに別れてから、ワタシ達は別の意思、別の自我を持ち始めた。同一存在ではなくなった……いずれ衝突を起こし、互いを殺すことになるだろう」


「分かってるも。だから全の混成体オールキマイラの研究が重要なんだも。あたし達が衝突し、殺し合い、生き残った者が死した者の残骸を取り込んで、新たな存在として生きるために必要だも。魂も肉体も混ぜて、それでも動く再構成された存在、あたし達が動く仕組みを解き明かし、”次”に進むためには」


 マキと影糸は、他者の魂が混ざり合うことに忌避感はなかった。一般的に異常ではあると思っていても、自身がそのようにして生まれたから、自分たちにとっては自然なことだった。


 だから彼女たちは敵対者の肉体と魂を溶かし、砕き、それらを材料として混ぜ込んだ新たな存在を生み出そうとした。しかし、混ぜ合わせて出来た物体は、動かなかった。


 かつての自分たちと同じように、材料達を呪いに浸けてみても、再現はできない。ワーム・ドレイクの死体から取り出したファーカラルの因子を組み込んでみても、それはやはり動かなかった。


 動いたなら、それだけで”世界”と戦える存在だが、その物体は動かない。赤黒い、白と黒で輝く、巨大な肉塊。


「やはり、パパとママの力が関わっているんだと思う。ファーカラルの力が原因でないのなら、動かすには二人の力を調べないと無理ね」


「ママ? もしかしてシャトルーニャのことを言ってるのかも? ありえないも。お兄さんをパパと呼ぶのはまだ理解できるけど、シャトルーニャは友達だも」


「珍しく、感情を出してくれたな。しかしマキ、お前がそう呼びたいと、心の奥底で思っていたからこそ、ワタシはそう呼んでいるのだ。お前の心は、あの二人に父と母を求めている。お前もワタシも、求めてはいても……真に触れることはできない。ワタシ達が二人から勝手に離れていってしまっているから……分かるだろう? お前が始め、ワタシが止めなかったからだ……ワタシがお前を止められていれば……ワタシは二人と会えたし、話すこともできた。愛してくれたかもしれない!! だからワタシは!! お前が嫌いなんだ!」


 影糸は震え、涙を流す。感情が高ぶり、肉体が変形してしまう。邪竜の形から、人、成人女性の姿に変わる。邪竜のための仮面は、サイズが合わなくなって外れ落ちる。カラカラと音を立て、影糸の顔が露わになる。


 白髪で黄色い目の、美しい女性。マキが成長したならちょうどこのような姿になる、そんな姿だった。一つだけ、マキとは見た目が異なる場所がある。それは影糸の右腕、右腕は黒と緑に輝いていた。


「おい、そんなもの……前はなかったはずだも……それ、お兄さんと同じ輝きだも……あったも……ここに……全の混成体オールキマイラを動かす最後のピースがあったんだも! 最初から、あたし達の中に!! もももも! じゃあ、もう待たなくていいも。お前もあたしも、いつ死んでも大丈夫だも! やるなら早い方がいいも、お兄さん達がお前の存在を知る前にやれば、そこに悲しみはないも。お前が生き残っても、あたしが成長したと誤魔化せばいい」


 マキは笑う。その狂気に満ちた目は、影糸を殺すことに一切の躊躇がないことを示していた。


 そんなマキとは反対に、影糸は迷い、マキから目をそらした。


 二人は間合いをあける。相手の行動を様子見する。しかし、影糸はこの場から、民家から逃走した。マキはそれを追わない、いや追えなかった。


 民家の警護に役割を変えていた一つの家族が、影糸の尖兵として立ち塞がったから。


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