第48話:怒りの神
2000年、僕が生まれてからそれだけの時が流れた。肉体はすでに限界に近い。見た目は若いままだけど、それは見た目だけの話で、長年の戦いでダメージが蓄積したせいで、胸のあたりがひび割れてしまった。多分、心臓がもう限界なんだ。
僕よりもかなり年上だったはずのトランダークはまだまだ元気で、残る寿命も多そうだった。いつの間にか、僕だけ先に年をとったかのように錯覚した。
まぁ、僕も、もっと大人しくしておけば、長く生きられたかもね。でも、後悔はない。他のタダヒト達と比べれば生きすぎなぐらいだし、僕が命を削って救ってきた命が、笑って、喜んで、幸せそうなら。それだけの価値があったと思う。
【傭兵国家・カールヴァイン】が興ってから1000年の間に、大陸東の邪教勢力の完全排除には成功した。
大陸東側の国には、カールヴァインから対邪教の人員が派遣されているため、邪教が再び付け入る隙はない。
けれど、それも楽な道ではなかった。邪神に従わないという絶対の証明、それがなければ、対邪教として成立しない。一人堕ちれば、また一人と堕ちていくからだ。
そのために僕の配下たちは自身を呪った。邪神に従えば死ぬ、悪道を進めば死ぬ、そんな自害の呪いで、己の正義を証明した。
彼らは僕の真似をしたつもりらしい。僕が他者を理不尽から救うことを諦めないために、ラインダーク様から呪ってもらったこと。この怒りの呪いから着想を得て、地上の呪術士達に頼み、呪ってもらった。
最初この自害の呪いを提案された時、正直驚いたし、どうかなと思ったけど。彼らの真っ直ぐな眼差しを見て、結局は許可した。僕は信じていたから、彼らは邪神に手を貸すこともないし、悪道を進むこともないと。
なんだけど……そんなことが文化的にも根付いてしまって……重大な失態をすると、責任を負うために切腹するという文化が形成されてしまった。
カールヴァインの国民全員が、それを当然だと思っている。そのせいで、他国からは野蛮な国だと思われて、あまり交流もない。交流があるのは僕が直接救ったことで縁のある国だとか、商人、部族で、どちらかというと、アウトロー寄りな存在の方が交流があった。
まぁ交流先も交流先だから、そういった誤解にも拍車がかかったんだろうけど。誤解は行動で解くという信条の元、結局僕たちは我道を突き進んでいた。
「坊ちゃま、やはり体調は思わしくないのですか?」
「うん、そろそろ死ぬだろうね。でもやりきったと思うし、後悔はないよ。というかトランダーク、その坊ちゃまって言うのやめない? 僕達には子供だっているんだし、昔とは関係性も違ってる」
「いえ、わたくしはお情けを頂いただけで、坊ちゃまの伴侶としてはふさわしくありません。坊ちゃまは坊ちゃまです」
10年前、僕が体調の異変に気づき始めた頃、近いうちに僕は死ぬだろうとトランダークに言った。するとトランダークは泣いて、僕を押し倒した。そして、子供ができた。
トランマーグ、それが僕たちの子供の名。僕の血を引く、ただ一人の存在。日常生活に支障はない程度だけど、僕と同じ魅了の呪いがある。読書好きの元気な男の子だ。僕の子であるということは公表されていないけど、いつもトランダークと一緒にいるため、周りには完全にバレていた。そもそも隠す気があるなら名前を……と思ったけど。トランダークは譲らなかった。
もう10歳、怒鬼族の寿命は他のタダヒトよりもかなり長いけれど、子供から大人になるまでの成長速度は他のタダヒトと変わらない。長い寿命の中で、子供時代はほんと、一瞬だ。だけど、僕が生き方を決めて、その後の人生の方向性を決めたのは子供時代だった。子供であった頃が短く一瞬だからこそ、強く印象に残る。
僕はトランダークを愛していた。だけどそれは恋愛的な感じではなく、僕をずっと支えてくれた、養育者としてだった。僕が大人になってからは少し意識もしたけど、ほとんどなかった。でもトランダークはそうじゃなかった。もちろん僕と同じ感覚もあったはずだけど、それだけではなかったんだ。
トランダークは立場からずっと、気持ちを心の奥底にしまい込んでいたけれど、僕が死ぬと分かって、その気持ちを抑えられなくなった。
「トランマーグ。本ばっか読んでないで、ちゃんと体も鍛えるんだよ? じゃなきゃお母さんを守れない」
「はい! じゃあ本を読みながら体を鍛えられる方法を教えてください!」
「が、頑固だなぁ~一体誰に似たのか……あーよくよく考えると二人共頑固か。分かった、じゃあ考えとくよ。でも僕より人を導く才能はありそうで良かったよ」
トランマーグはトランダークの教育の影響で本の虫と化している。国の次世代を背負えとトランダークに教育された結果、経済だとか政治だとか、難しいことを勉強している。本人はそれをまるでプレッシャーに感じていない。マイペースというか、タフだと思う。まぁ、本人としても勉強が好きみたいだから、いいのかな?
結局、僕が死ぬまでカールヴァインと大陸東の平和は続いた。何事もなく、僕は眠るように死んだ。戦いの中ではなく、王城の庭で昼寝をして、そのまま死んでいた。
けれど、僕には続きがあった。
眠るように死んだ僕を、僕は見つめていた。僕は自分の死体を見ていた。おぼろげな意識の中で、確かにそれを見た。
しばらくすると僕は意識を失って、次に目覚めた時──僕は天界にいた。
『おお、お目覚めのようだぁ。君は神として再誕したんだラインマーグ』
『神? 僕が……?』
天界で最初に見た神は、老人の姿をした神だった。
『あれ? 声が……変だ』
『ああ、君はワシと同じ巨人タイプの神だからねぇ。声がよく響くんだぁ。さぁ、他の神々に自己紹介しに行こう。聖鬼神ラインマーグ、武の神よ』
僕は、神になった。
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