第47話:怒りの呪い



 僕は命の神、ラインダークに会うために、まずは情報収集をすることにした。大陸各地に存在する怒鬼族や、青怒鬼族の集落をまわって情報を集める。


 僕の生まれた集落は大陸東にあって、他の集落とはかなり離れていた。怒鬼族達の集落は基本的に北と南に多い、僕はまず大陸北に行くことにした。ダンスマン傭兵団と離れてから2年が経ち、大陸で一番北に位置する国【マルタウル】にたどり着いた。マルタウルは国といっても、都市は一つしかない。極寒の地で、作物もあまり育たず、獣も少ない。そんな貧しい土地に興味のある者はおらず、いくら広大な土地があろうと、マルタウルを攻めて領地を奪おうという国、敵もいなかった。



 貧しいが平和らしい、というのが風の噂で聞いたマルタウルという国だった。



「あれ? 貧しい国だって聞いたんだけど……」


「ええ、吹雪の山を越えたら……まるで別世界です」



 道中の極限環境を乗り越えた先に広がったのは緑が生い茂る、命に溢れた景色だった。吹雪くどころか嘘みたいに晴れている。人々も元気で、聞いていた通り、マルタウルには多くの怒鬼族や青怒鬼族がいた。



「おや? 珍しい、外界の方ですね? 吹雪の結界を越えて来たのでしたら、あなた方はもてなすべき客人だ」


 街に入ってすぐ、怒鬼族のお兄さんに話しかけられた。


「あ! あの、この仮面は……」


「構いませんよ。事情は大体分かりますから。ここは怒鬼族以外のタダヒトも多いですからね。そのままの方がいいでしょう」


 僕の仮面、ゴルドンに真っ二つにされたものを修復して使っている。所々ヒビが入ってしまい、前より不気味で怖い感じになってしまったから、怪しい者だと誤解されることも増えていた。


 だけど、このお兄さんはなんとなく僕の事情、魅了の呪いのことを察しているみたいだった。


「ここは怒鬼族の他の集落とは比べ物にならないほど、同胞が多いですから。あなたのように魅了持ちが生まれることも、結構あるんですよ。まぁそれでも10年に一人生まれるかどうかですけどね。さて、外は寒かったでしょう? まずは体を温めましょう」


 僕とトランダークはお兄さんに連れられて、温泉浴場に案内された。誰でも無料で使える温泉浴場で、近くには食べ物屋もある。僕とトランダークは、温泉で体を温めた後、街での情報収集を始めた。



 情報収集をして分かったのは、命の神が組んだ吹雪の結界が邪気を持った存在を弾き、この街を守っていること。元は本当に貧しい土地だったけど、命の神に頼り、緑豊かな土地にしてもらったこと。


 そして一人、命の神の居場所を知っている人がいた。僕が事情を話すとその場所を教えてくれた。



 命の神がいるのは、マルタウルのさらに北、命の神によって緑化されていない地域だと分かった。つまり極寒の地で、なぜわざわざそんな所にいるのかは分からなかったけど、僕はその場所へ行くことにした。



「お? あんたらその角、怒鬼族か。ならいいか、ラインダーク様に用があるのか?」


 そして、極北の聖殿にたどり着いた。命の神が滞在することのある土地の一つらしい。命の神はいくつかそういった別荘のような土地を持っているらしく、どの土地も過酷な環境下にあり、人が寄り付かない場所にある。


 僕は聖殿の集落の青怒鬼族に案内してもらい、命の神に会うことになった。


 マルタウルでもそうだったけど……ここらの人は警戒心というのがあんまりないんだろうか? 悪い人は吹雪の結界が弾いてるから問題ないって認識なのかな?


「あなたの名前は? うちはラインダーク、命の神。うちに会いに来たんでしょ? こんな辺鄙で寒い所までよく来てくれたね……その仮面、そっか……とっても大丈夫だよ?」


 命の神、ラインダークは想像しているよりも、なんというか軽くて、明るかった。僕の母に似た見た目で、腰に羽が生えているのが怒鬼族達と大きく異る所かな。


 僕はラインダークの言う通りに仮面を外した。


「僕はラインマーグです。この魅了の呪いを消したくて、ここに来ました。ここを教えてくれた人は、きっと呪いを消すことは無理だろうって言ったけど……どうしても、諦められなくて」


「そうだったのね。でも、ふむふむ、確かに強い魅了の呪いを持ってるね。今まで見た子達よりかなり強い力。きっと、その力のせいで嫌なことがあったんだよね? ごめんね……うちのせいで……あなたからするとうちは、おばあちゃんみたいなものだけど……うちは、その呪いを解く力を持ってないの。ごめんね」


「そ、そうです……よね」


 元から無理だろうとは言われていたけど、ラインダーク本人から宣告されると、胸が苦しくなった。



「うちもラインマーグちゃんと同じように魅了の呪いがあるから。気持ちは分かるの、うちの場合は仮面をしても、体を隠しても、うちの血族以外には魅了の力の虜になってしまうから、外の世界で生活できなくて……うちも自分の呪いを解呪しようとずっと頑張ってきたけど駄目だったの。ラインマーグちゃんを解呪できないのは、また別の理由なんだけどね」


「別の理由、ですか?」



「解呪はできる。だけど、うちと違ってラインマーグちゃん達、タダヒトの魂は脆いから……解呪する時、その力に耐えられず、魂が壊れてしまう。例え死ぬとしても、解呪してくれって言う子もいるけど……うちにはできない……うちの子供達を手に掛けるなんて……できない。ごめんね……」


「あ、あやまらないでください! さっきからずっと、僕に……謝ってばかりだ……あなたは悪くないのに……僕、自分の中のモヤモヤと、どう向き合えばいいのか分かんなくて……何か、縋るものが欲しかったんです。でも、そんなの……武人としてはダメダメだ。僕が戦場で、柱にならなきゃいけないのに」



 このモヤモヤを解決するために動いている。だからこのモヤモヤを自分の中から消せるんだと、自分に言い聞かせてここまで来た。命の神に会っても解決策はない、そんな未来、考えたくなくて、目をそらしてきた。僕の弱さのために、この人を謝らせるのは違うんだ。



「よしよし、武人でも、泣きたい時はあるよ。呪いは解けないけど、うちが力を貸してあげる。おばあちゃんに任せなさい!」


 僕はいつの間にかラインダークに抱き寄せられ、頭を撫でられていた。色んな感情が僕の中で溢れた。我慢していた、怒りが、悲しみが、寂しさが、僕の目から零れていた。


 そんな僕の姿を見て、トランダークも泣いていた。



 それから僕は、この極北の聖殿にしばらく滞在することにした。ゴルドンとの戦いで自覚したのは魅了の理不尽さだけじゃない、僕が他者から見れば理不尽そのものであったこと。僕が他者を踏みにじってきたこともだった。


 だから今一度、僕はこれからどうすべきか、どう生きて行くのか? 考える必要があると思った。それを、この場所で考える。仮面を外しても生活できるここの方が、気楽で、冷静に考えられると思ったから。



「ラインダーク様は別荘が各地にあるって聞いたんですけど、別の所に行ったりとかするんですか?」


「うん、このマルタウル周辺が落ち着いたら、移動するつもり。ほんとうはこんなに長居するつもりじゃなかったんだけどね。元々は、別の場所にいてね。凄く危ない場所に住んでたの、でも命がけで、うちを頼るために会いに来た子がいたの。マルタウルの子供達を救って欲しいって。だから、助けに来たの。そしたら、ここは結構居心地がよくて、長居しちゃった。そのおかげでマーグちゃんとも会えたんだけどね」


「そうだったんだ……やっぱりみんな。ラインダーク様を頼ろうとするんですね。僕達の始祖だから。そうだ! ラインダーク様、最初僕に会った時、僕に力を貸してくれるって言ってましたよね? ちょっとお願いしたいことがあるんです」


「なになに? 教えて教えて?」



「僕、あれから考えて思ったんです。僕は人が悲しむような理不尽が大嫌いです。だから僕は、そんな悲しい理不尽を倒すために生きようって。だから、ラインダーク様に呪いをかけて欲しいんです。僕が弱気になったら、あの時の、ゴルドンとの戦いの記憶を思い出すように。呪いをかけて欲しいんです。あの時の怒りを思い出せば、きっと、僕は全力で誰かのために戦える。悲しみから救うことを、諦めないで済むと思うから」



 僕は、ゴルドンとの戦いを経て、敵を見つけた。それがこの世の理不尽、人を悲しみへ引きずり込む”魔物”。僕に怒りと悲しみの感情を与えたモノ。みんな、ゴルドンとの戦いで、僕が魅了を発動してしまったことを、仕方ないこと、どうしようもないことだと言ってくれた。だけど、僕はそれで納得したくなかった。納得したくなかったけど、何もできなかったし、何も出来ないと思っていた。


 でもそれじゃ嫌なんだ。僕はそこで諦めたくなかった。負けたくなかった、この世界で、何よりも強く、強大な、その魔物に、負けたくなかった。



「マーグちゃん……わかった! 覚悟ある男の目をしている! だからうちが心配しても失礼よね! じゃあ、マーグちゃんにまじないを掛けてあげる。誰かのために、自分のために、理不尽と戦うことを、諦めない呪いを」



 そうして僕は呪いを得た。それは、僕にとっての、おばあちゃんからの祝福だった。



 その後、僕とトランダークは再び旅に出た。迷いはない、自分の意思で、戦うべきを見据え、敵を倒す。自分なりの正義のための旅。


 僕は14歳になっていた。



 僕は戦い続けた、旅をし続けた。魔物を倒したり、悪党を倒したり、それは僕が怒りと悲しみを知る前と、同じことをしていたはずなのに、何もかもが違って見えた。


 僕は、もう駄目だと、悪意や不運を受け入れ、諦めようとする人々を励ますように、大丈夫だと、声をかけた。あの頃は、そんなことしなかった。しようとも思わなかった。


 いつの間にか、僕の周りには仲間がいた。僕が人を助ける度、同行者は増えていった。それどころか、僕に同行した仲間内で結婚したり、子供を育てる者まで出始めた。


 そんな親となった者も、僕に最初あった時は子供だった。それが、親になって、お爺さん、お婆さんになって、死んでいった。けれど、彼らの面影を持つ子供達は、今も僕と共に旅をしている。



 1000年、ラインダーク様達から離れてもうそんなに時間が経ったらしい。増えすぎた旅の仲間は、もはや僕と旅をしているなんて感覚すらない。最早国、土地なしの国だった。流石にちゃんとした規律もなく人々を導くのは限界だった。


 大量に分割された隊の、それぞれの隊長がそれぞれの裁量で秩序を保つといった感じで、それでも困ったことがあれば僕の判断を仰ぐ。そんな感じで今までどうにかやってきたけど……流石に手が回らなくなってきたので、トランダークに相談すると。


「坊ちゃま、国を興しましょう! 皆、それを望んでいます!」



 国を作るべきと言われた。そこで、元から良好な関係を築いていた商人や傭兵から人員を借りて、国造りに協力してもらった。


 国を建てる場所、その候補地の一つが僕の故郷のある【武国・コルトヴァイン】だった。故郷に帰ると、すでに父と母は他界していた。戦で命を落としたらしかった。


 集落をまとめていたのは、僕が旅に出てから生まれた僕の弟だった。弟がいるだなんて全く知らなかった……国興しのことを相談すると、弟はこのことをすでに知っているようだった。なんでも僕の噂は有名で、常に情報が入ってきていたとのこと。


 そして、邪教に奪われた都市があるから、それを奪い返せば、人々は国興しを認めるだろうと。



 元々”それ”は潰すつもりだったから丁度いい。僕らは【武国・コルトヴァイン】に戦を仕掛けた。僕のやり方はいつも同じ、敵将を殺す。


 コルトヴァインの王都を駆け抜け、邪教との繋がりを持つ大臣がいるという城まで一直線。城の中で大臣を見つけ、殺した。城の者は、誰もこの事態を理解できていなかった。あまりに自然に、静かに素早く、国の重要人物が殺されたからだろう。現実感なんてない。



「僕はラインマーグ。カールドラン・ラインマーグ! 仮面の怒鬼、この国を邪神から奪い返しに来た! 約束しよう、この国の邪気は僕が払うと! 聞け、邪神共! 僕が始末してやる!!」



 僕は大臣が死んだその部屋で、大声で叫んだ。邪神と国の重鎮達が、民達を飢えさせ、殺した金で開かれた、祝いの席。邪神共に搾取されることを祝う悪趣味な宴。地上にも関わらず、大勢の魔族が敷き詰められた、大広間。


 主賓である邪神アルーカスの趣味。人をバラバラにした、そのパーツで、誰が一番面白い人形を作れるか、そんな遊びを部下にさせていた。人でない形のナニカに組まれた人々の死体がある。


 そして、次のパーツを生み出すために用意された。恐怖に震え、絶望した奴隷がいた。



「大丈夫! 君らはもう助かってる! 未来なら切り開いた!」



 アルーカスの部下の魔族達が弾け飛ぶ。大臣の元へたどり着く前に、僕が殺していた。魔力を送り込んで、時間差で体の内部から爆破した。



「なんだ……お前!? ラインマーグ……英雄の……ケッ、英雄といえど所詮はタダヒト、精神生命体である我を倒すなど不可能よ!」



 檻のように、金属で組まれたアルーカスの体を、僕は蹴り飛ばした。


「──っ!? ガァ!? う、うわああああああ!? なんで、なんでタダヒトが我にダメージを!! ま、まずい! ファーカラル! はやく我を助けろ!!」



 アルーカスが怯え、叫んですぐ、黒い目玉だらけの邪神が何もない空間から現れた。おそらくこの邪神が、アルーカスが助けを求めたファーカラルか……



『ラインマーグ、まだ若い。しかし、すでに強い……ラインマーグ、貴様が何人救おうと無駄だ……最後には貴様が全てを壊す』


「えっ?」


 ファーカラルがアルーカスに触れると、彼らは消えた。赤い転移の光に包まれて消えた。



「……転移の力、逃げられたのか……けど、まずはこの国の掃除からだね。哀れだな、お前たち……アルーカスに地獄から連れられて、最後には置き去りにされた。知らなかったか? お前たちがいくら命乞いをしようと、無駄ってこと」



 アルーカスに置き去りにされた、まだ息のある魔族達は降参の意思表示をしていた。無抵抗であることを示すために、武器を捨て、手を上げ、膝をついた。


 けれど、僕は降参を許すつもりはない。


「怒りを知れ! お前たちの奪った命が味わった絶望、怒りを! その身に受けて死ね!」


 僕は大広間から出ようとしたオークにナイフを投げて殺した。未だに命乞いをする、頭を垂れ、祈る、ゴブリンを蹴り飛ばし、さっきのオークの死体にぶつける。視界に映る魔族達を蹴り飛ばし、大広間の出口に死体の山を作った。もう誰もこの部屋から出られない。



「ここから生きて出られるのは、お前たちに苦痛を与えられ、耐え忍んできた……僕が助けるべき命だけ。終わりだよ、お前らの命運も、この国の悲劇も!」



 そこからはもう、作業だった。虐げられていた者以外の全てを宣言通りに殺し、城の壁を破壊して、生きるべき、守るべき人々を逃し、保護した。


 この国を牛耳っていたアルーカスは敗北し、逃走した。アルーカスが連れてきた魔族も全員始末した。逃げた魔族もいるかもしれないが、やつらの逃げる場所などないだろう。善良な魔族でも、排斥される地上で、邪悪な魔族が強者の庇護もなく生きられるはずがない。



 そうして僕は国を興した。故郷【武国・コルトヴァイン】は【傭兵国家・カールヴァイン】へと生まれ変わった。


 この国を本拠地として、世界を旅して回る傭兵達の国。始まりは僕の怒りの感情から生まれた旅だったけど、この国ではそんな怒りだとか、悲しみだとかじゃなく、笑顔や喜びの溢れる国であって欲しい。


 僕は切に願った。



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