第45話:意図せぬ共闘



 ファーカラルは考えいてた。ここ最近の出来事を、一つ一つ、丁寧に分析していた。今回、大きく変わったのは二つ。


 邪教勢力が完全消滅し、アラバイルが人間となったこと。ファーカラルとしても、異常な強さを持つアラバイルを人と認めたくはなかったが、アラバイルの言った退化という言葉がファーカラルは気になった。


 おそらくアラバイルが人間となったのは、アラバイルが生み出した新たな技術によるもので、それが退化であると考えた。


『人間、確かに、やつからは人間から感じるのと同じ感覚があった。人間を愛せない呪いが発動するタイプのタダヒトであることは間違いない』


「アラバイルが人間となったのなら、やつの寿命は有限となったのではないですか? それならば、寿命で死ぬのを待つのも手ではないですか?」


 ファーカラルにバスタァが提案するも、ファーカラルはため息をついた。



『そうだな。ウナギィ・クローの存在がなければ、それも考えた。アレは、単独で世界を滅ぼしたが、やつも分類上はタダヒトとなる。が、おそらくヤツに寿命の概念は存在しない……魔蟲による圧倒的な再生能力、そして魔蟲が老いても、ヤツの中で魔蟲の世代交代が行われるだけ。アレは一人で国となっているようなもの、そして魔蟲の王であるウナギィ・クローは実質的に精神生命体だ。どういう訳か、ヤツの魂にも寿命がないようだからな。魂の寿命がないこと、これはアラバイルと同じだ』


「つまり、アラバイルもウナギィ・クローと同じく、タダヒトでありながら無限の命を持つことが可能ってことですか?」



『そうだ。アラバイルもウナギィ・クローを意識しているはず。ならば気づかぬというのは考えづらい……しかし、アラバイルもあやつに計画をかなり狂わされたことだろう。ウナギィ・クローによって絶対の予言は破壊された。創世神の力も、そんなことに対応できるようには作られていない。この混沌の時代に混乱していることだろう。新たな時代に適応し、まともに動けるようになるまで時がかかるはずだ』


「でも、アラバイル自体は一連の事件で特にダメージはないのでは? 予定が狂っても、力が強いままなら、ヤツは積極的に動くんじゃ?」



『どうかな。確かにやつが受けた被害は天界の雑魚神共がワレに殺されたぐらいだが、ヤツの力は創世神由来によるところが大きい。創世神の力自体が、混乱し、不調を起こしているなら、無理はしないはずだ。色々手を回しはしても、直接戦闘のリスクは避けるのが堅実だ。ふむ……』


 アラバイルの分析、それに一旦の区切りがついたファーカラルは、またも考え込む。



「ファーカラル様、何か気になることがあるのですか?」


『計画が狂ったか……しかし、それでもアラバイルは堅実に動く、動いてしまう。ヤツはワレが奇襲を仕掛けた時も、焦ってはいなかった。ワレと戦うこと自体は予測していたのだろう。しかし、横槍を入れてきたオライオンドーズの行動に対しては、焦っていた。オライオンドーズの心理を理解できていなようだった。ワレはオライオンドーズの事情をロストハーツから聞いてある程度察しているし、オライオンドーズが話す表情を見て、ウナギィ・クローを子のように想っていたのもすぐに理解できた』


 先程まで悩み、重苦しく、硬い表情のファーカラルの顔つきが変わる。不敵な笑みを浮かべた。



『アラバイルはまるで分かっていなかった。ヤツは他者の心を理解できない。今のワレがヤツに勝ることなどないと思っていたが、一つあったな。だからだ、だからヤツは計算でしか動けない。混沌の時代において、安定した択しか選ぶことができない。常に後手に回ることになる。バスタァ、お前たちの祝福で取り戻した心が、ワレを勝利に導く』


 バスタァはアラバイルが他者の心を理解できないというだけで、なぜファーカラルが強気に戻ったのか分からなかったが、ファーカラルが元気になったので、バスタァも嬉しく、元気になった。



──────



 それから少しして、地上では噂が流れた。アラバイルが単独でファーカラルを退け、再起不能に追い込んだと。そして、ウナギィ・クローが魔王のごとき活躍で、邪教勢力を一掃できたのも、アラバイルの指示によるものだと言う噂。


 これにより、地上ではアラバイル信仰が隆盛した。アラバイルの手神教徒は大きく数を増やした。


 そして、この噂を流したのはファーカラル、そして、マキだった。二人は話し合いもしていないし、互いにそうした行動を取ると予測していたわけではない。


 しかし、二人はアラバイルの対策を考えた時、同じ行動をとった。マキは部下を使って、アラバイルは変装し、転移の力を使って一人で噂を流した。二人共、地域の有力者に噂を伝え、拡散させた。王、商人、神官、傭兵団の頭と、対象は様々だった。



 マキはクロー達から聞いたセトラドーズの過去とオライオンドーズから聞いたアラバイルの反応、それらの情報からファーカラルと同じ結論にたどり着いた。



 アラバイルは人間となったが、信仰の影響を受ける。アラバイルはここ最近の失態から地上では無能な神の烙印を押され、評判を落とし、多くの信者を失っていた。


 しかし、マキもファーカラルもアラバイルが計算高いことを知っている。つまり、アラバイルが狙って信仰を失ったのではないか? と考えた。



 アラバイルはファーカラルの呪いを受けて人間となった。呪われているからこそ神でなく人間となっている。ならば、信仰を取り戻せば、アラバイルは神へと戻る。神の状態へと引きずられる。



 神になろうとする力と呪われ人間であろうとする力。二つの力は相反し、力を打ち消し合って、アラバイルを弱体化させる。



『誰だ、誰なんだ君は!! オレを、ワシを狙う、君は誰なんだ!! ウナギィ・クローを操る、君は誰なんだ!!』


 天界で一人、人と巨神、老いと若さが入り混じった姿のアラバイルが、怒りに声を荒らげた。



 同じ結論にたどり着き、図らずも協力する形となったマキとファーカラル。しかし、ファーカラルはマキの一歩先をいった。


 アラバイルはファーカラルと実際に戦い、敗北したファーカラルが絶望する顔を見ている。アラバイルには無力となったファーカラルの印象。ああなった存在が再び立ち上がり、狡猾に動くことなど予測できなかった。故に、アラバイルの思考からはファーカラルが抜け落ちていた。


 アラバイルの怒りの矛先は、マキただ一人に向かうことになる。



『潰しあえ、殺し合え、最後に残った者をワレが刈り取ろう!』


 ファーカラルは漁夫の利を狙う。



──────



「ファーカラルはまだ諦めてないみたいだも。汚いおじさんの言っていた通りだったも」


「ちょ、汚いおじさんって、流石に酷いんじゃないのぉ?」


「まぁ、実際汚いしなぁ。昔からそんななのか?」


 ワシャルドの王宮、執務室に俺が顔を出すと、オライオンドーズがマキにディスられていた。


「いやぁ? 昔はちゃんとしてたよ。でも心を病んじゃって、伊藤秋夜になって元気になって、また失って、さらに病んだら……汚いおっさんになってたんだよねぇ。でもこの方が落ち着くんだ。これが伊藤秋夜のお気に入りの姿だったからねぇ」


「ああ、それ、異世界の自分のコスプレだったんだ。なるほどなぁ~、マジで汚いけどそれも拘りか」


「まぁ半分くらいはねぇ? どう? アラバイルに動きはある? 信仰が邪魔だーって暴れたりしてない? もう天界とか危なくて確認しにいけなくてさ、分からんのよ」



「現状は大人しくしてるも。信者を殺せば確かに信仰を失って、人間に戻れるだろうけど……弱体化した状態で表に出て、ラインマーグやお兄さんと戦うリスクを考えると、怖くて出来ないみたいだも」



 なるほどなぁ、特にラインマーグはジャスティスゲートとかいうチート転移能力持ってるからな。どこから出てくるかわからん。アラバイルからしたら怖いよな。ラインマーグ、セトラドーズの腕も簡単にもぎもぎしてたし……


 セトラドーズの赤眼だかが原因で、思うように動けない状態でも、普通に勝ちそうだったもんな……破壊神て最強クラスで、セトラドーズはオライオンドーズよりも強いはず……ラインマーグはそれを一方的に殺せるだけの力を持ってる。範囲攻撃とかは苦手みたいだけど、タイマンの近接戦闘に持ち込まれたら、その瞬間に相手は終わる。


 けど、そうなると余計に分からねぇな。ラインマーグをそんなになるまで強くしたのはアラバイルなわけで、結局自分の首を締めてるじゃねーか。じゃあやっぱり、アラバイルもラインマーグの対策はしっかりあるって考えたほうが自然だよな。



「アラバイルはラインマーグの対策持ってんじゃねーか? じゃないとただの馬鹿だ。そう考えると対アラバイルでラインマーグを戦力として考えるのは危ないのかもな。あとよ、アラバイルはマキみたいに人を使って噂を否定したりとかするんじゃねーか? それなら戦うリスクを避けつつ、人間に戻れるかもだし」


「ラインマーグがアラバイルに対しては戦力として期待できない可能性、それにはあたしも同意見だも。だからどちらかというとお兄さんを危険視してると思うも。アラバイルが人を使って噂を否定するのは対策済みだも。手柄をウナギィ・クローの独り占めしたい一部の蟲神信者が話を盛っただけで、実際にはアラバイルがかなり動いていた。ということにしてあるも。本当はほぼお兄さん単独での成果だけど、みんなはその戦いを実際に目にしてたわけじゃないから、アラバイルがその戦場にいたってことは否定できないも」



「そうか……アラバイル本人じゃなく、人を使えば、そいつが一部の過激な蟲神信者に見えちまうわけだ。だから噂の否定の説得力はなくなる……むしろ火に油を注ぐ。下手するとさらにアラバイルの信者が増える可能性があんだな」



「嘘を見抜く力を持つデルタストリークとマロンもこっちの味方だから、二人を頼ることもできないも」



 デルタストリークとマロンちゃん、二人共嘘を見抜けるし、悪を裁く存在。アラバイルからすると厄介な能力を持ってる。基本的にデルタストリークの方が、記憶を見たり嘘を見抜く力は精度が高く、力の負荷に耐える能力も高いみたいだけど、デルタストリークはあまり頭が良くない。


 逆にマロンちゃんは賢くて預言者としての能力も持ってる。アラバイルからするとマロンちゃんの方が厄介だった。アラバイルの邪悪さが露見しなかったのは、おそらくアラバイルが橙の激流に守られていたから……だけどマロンちゃんがいると自由に動けないアラバイルは、マロンちゃんを地獄に出張させた。強引に排除に動くことは難しかったけど、マロンちゃんとデルタストリークを引き離し、協力しあうことを防いだ。


 デルタストリークとマロンちゃんが組むとお互いの長所と短所がうまく噛み合って、穴が無くなる。デルタストリークが大雑把に記憶を見て、細かい部分をマロンちゃんが見るなんてことも可能だったはずだ。というか、本来はそういう運用を考えて創世神が彼女たちを生み出したんだろうな。


 んでデルタストリークがアラバイルの干渉を受けてたっていうのも、多分デルタストリークがアラバイルと戦って負けたつってたから、その時に仕込まれたんだろうな。そして、仕込みを利用することで、悪さをしてきた。もしかしたら、そういう仕込みをされてたのはデルタストリークだけじゃないかもな。



「けどオライオンドーズ。あんた、本当はアラバイルの味方だったんだよな。びっくりだぜ」


「そうだねぇ~正直あのまま、最後までアラバイルに味方していた可能性、めっちゃ高かったと思うよぉ。オイラはこの世界嫌いだったから。でも君ら面白いから、世界守ろうと思ったんだ。つっても? 仲間になった瞬間、信仰心爆下げ&負傷であんま役に立てそうにないけど」



「いや、十分だろ。あんたがアラバイルを裏切ったおかげでアラバイルの計画が滅茶苦茶になったんだからよ。ま、デルタストリークはあんたを裁きたくて仕方ないらしいけどな。その時は俺も止めねぇよ」


 宴の後、オライオンドーズから何があったかを詳しく聞いた。ラインマーグもデルタストリークもマジギレしていた。最終的にラインマーグはオライオンドーズを許したが、デルタストリークは許していない。



「いやそこは止めてくれよぉ。君とオイラの仲じゃないかぁ~……ははっ、でも正直、セトラドーズも悪党になってたってのが一番笑えるね。兄弟揃って、どうしようもないよホント」


「……」


「あれぇ? ちょ、クロー? 黙るのはやめてよぉ……気まずいだろぉ?」


「いやさ、あんた……風神セルが偽物なことは知ってたんだろ? アラバイルに使われるそいつを、あんたはどんな気持ちで見てたんだろうなと思ってさ」


「……そうだね、イライラしたよ。アラバイルにも苛ついたけど、本物のセルを守れなかった自分にさ。だから、あんま見ないようにしてた。だけど、アレはちょっとムカついた……ラインマーグがセルの偽物から予言の情報を聞き出すために、素顔を晒して魅了した時。別に何があるってわけじゃないけど、ムカついたね。オイラは角度的に素顔を見なかったから良かったけど、ちょっとでも立ち位置ズレてたら……そう考えると恐ろしいよ」



「うわぁ……ラインマーグそんなことやってたのかよ。あいつ結構エグいなぁ……まぁ、俺も同じ立場だったらやってただろうけど。でもあれだな……そう考えるとラインマーグって、あんまし自分を使いこなしてないよな。魅了の力があれば、アラバイルだって……」


「ちょ! やめてよクロー! ちょっと想像しちゃったじゃないか! 誰得だよ、魅了されて発情したジジイなんて誰も見たくないよ」



 アラバイルの姿は知らないけど、老人ってことは知っていた俺は、想像してしまった。ラインマーグとラインマーグに発情するジジイの構図を……おええええっ!


「あ、そうだ。そろそろデルタストリークが俺の腹に帰宅する時間だからあんたは逃げとけよ」


「えっ!? もうそんな時間? そっかぁ~もっと話したかったんだけどねぇ。けどマジでクローの中は家みたいになってんだねぇ。なんだっけ? ラインダークとデルタストリーク、マキちゃんが住んでるんだっけ?」


「実を言うと最近はマロンちゃんと歯車巨人の奴らも住んでるぞ」


「えぇ!? そうなのぉ? でも、マロンちゃんは地獄にいるんじゃなかったの?」


「いやぁ、それがさ……デルタストリークが機能不全治したろ? それでマロンちゃんに念話したらしくてさ。デルタストリークが今はクローくんの中に住んでますって言ったら、マロンちゃんがキレちゃって……マロンちゃん、ボクもクローくんの中に住ませないと許さないって……それで、それで……俺の中に無理やり……地獄と地上を繋ぐゲートを設置しやがったんだ……でも俺はマロンちゃんのワガママをきくという役割があるから……断れなくてぇ! うう、ううう……うわああああああん!!」


「そ、それは災難だったねぇ……けど地獄と地上を繋ぐゲートって……そんなもんどっから調達したのさ。設置ってことは、魔法で一時的に繋げるタイプじゃなくて、装置、門みたいな感じなんだろ?」


「ああ、ドラッシャーが地元で発掘した古代の転移門だ。あいつの地元は【開闢の螺旋階段】の近くでさ、古代遺跡が大量にあんだよ。んで俺はシャコに乗ってドラッシャーの地元まで行って、馬鹿でかい転移門を腹の中にしまって、デルタストリークが中で設置したんだよ。地獄側の転移門は最初見つかってなくてさ、見つけるためにマロンちゃんかなり無理したっぽい。地獄から俺の中に転移してすぐに、疲労で倒れて寝込んだらしい。どうしてそこまで必死になるのか謎だよな……」


「へぇ、じゃあシャトルーニャも君の中に住みたいとか言ってそうだね」


「おお! よく分かったな! そうなんだよ。あいつもズルいズルいってうるさいんだよな。人間は住ませないって断ったら、人間差別反対とか言って殴ってきたわ」


「よくわかったなって……分かんないの君だけだと思うよぉ? 逆に、デルタストリークの図太さに関心だよ。あの子だけ完全に自分の快適性を求めた結果だろぉ? ああ、でも歯車巨人達も住んでるってことは、本当に滅茶苦茶快適なのかもねぇ。いつかオイラもお邪魔しよっかなぁ~」


「痛ッ!? ちょ!? 腹痛いんだけど!? 誰か中で喧嘩してる!? ちょ!あ! うわああああ!!?」


「ははは! んじゃオイラは退散するねぇ~!」



 俺の中で誰かしらが喧嘩をし始めたのか、腹が痛くなった瞬間に、オライオンドーズは逃げるように去っていった。喧嘩はやめて……この家は、生きているんです!!



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