第44話:親と子
「平和になっちゃったも……もっと、色々、苦しいことがあるって思ってたのに……全部、消えちゃったも。ファーカラルはまだいるけど……地上はもう大丈夫だも」
「そうだな! 俺もこんなにうまくいくなんて思ってなかったぜ」
今日も宴だ、俺がワーム・ドレイク達や邪神を全滅させてから、三日、あれからずっとワシャルド全体が宴だ。俺は王宮でいつメンを呼んで、俺達だけで、俺達の宴を催した。
シャトルーニャ、マキ、ラインマーグ、デルタストリーク、ラインダーク、ドラッシャー、ウェイグストス、ハルバー、オライオンドーズ、そしておまけでガオガオ。
「訳が分からん……力のあった頃の我よりも遥かに弱かったはずなのに……それが、ラインマーグですらできなかったことをやり遂げた……我は、戦の神どころか、神ですらなかったのかもしれん」
ガオガオがまた落ち込んでるよ。と思って顔を見ると、意外にも明るい顔をしていた。
「我はもう神をやめようと思っている。やめると言ってやめられるのか分からないが、クロー、お前の活躍で戦わない日々が続いた。その生活の中で気づいた。闘争でなくとも、この世界は戦いの連続だとな。ワシャルドで復興作業をする者たちの、顔を見た。戦う者の顔だった。我は気づけば、やつらを手伝っていた。そうしたら、感謝された。不甲斐ない、落ちぶれた神の我を、真心から……我は、戦場を変える。立ち上がろうとする者と共に戦う。生きるために戦う者達を支えたい」
「うわああああああああ! よかったねぇ、ガオガオちゃん! 分かるよ! その気持ち、オイラにも分かるよぉ! 新しい生き方を見つけられたんだ」
ガオガオの決意を聞いて、なぜかオライオンドーズが泣いていた。オライオンドーズには今……両手がない。ガオガオがそう仲良くもないのに、この宴に出席したのはオライオンドーズのこの大怪我が理由だ。ガオガオは両手を失ったオライオンドーズにお酒とスルメを与える、世話係として出席している。
今も、オライオンドーズに同調された結果、恥ずかしくなったガオガオが顔を赤くしながら、オライオンドーズの口にスルメをぶち込んでいる。
「もごぉ! もぐもご! っちょ!」
「もう、そういうのはいいんで。ったく……だがマキ、貴様浮かない顔だな。地上が平穏を取り戻したのだぞ? 貴様の主人であるクローも大活躍、今や大英雄だ」
「……」
言われてみるとそうだな……確かにマキの元気がない気がする。
「マキ、何か心配事でもあるのか?」
「ち、違うも。お兄さん……違うんだも。ちゃんと嬉しいも。ただ、なんか……心が、軽くなりすぎて、落ち着かないんだも」
心が軽くなり過ぎて? そうか……まぁこいつは賢いし、色々と思い詰めてたのかもしれないな。
俺、そんなこと、まるで気が付かなかった。気づいてやれなかった。
「マキ、お前のおかげだ。俺がここまで来れたのはお前のおかげだ。ありがとな」
「違うも……」
「えっ?」
「マキは……お兄さんにお礼なんて言われちゃ駄目なんだも。お兄さんの気持ちを裏切って、勝手なことしただけ……あたしは……」
マキは泣いていた。そんなことは初めてだった。俺は……
「よいしょっと、そんなことないよ。おまえのおかげだよ。俺は……お前がどうして泣くのか、分からないけど。お前は、俺のために頑張ってくれたんだろ? だったら、ありがとうって言葉しかないんだ」
俺はマキを触手で拾って抱っこした。胸に抱き寄せて、頭を撫でた。いつもしっかり者で、姿は子供でも、大人に見えたマキが、この時は子供のように見えた。
マキは大泣きした。俺の服を強く掴んで、泣いていた。
「いやぁ、しかし、あれだねぇ。クローもレベル43か。けど、地上の世界人口の半分を一人で殺したにしてはあまりレベルが上がらなかったね。未だに生き神へも至らず、どこまで伸びるのか楽しみだねぇ」
オライオンドーズに言われて、自分が何をやったか、やったことが、どれだけのことかを自覚する。邪神によって地上世界の6割のタダヒトはワーム・ドレイクに再誕させられた。1割を他の奴が、5割を俺が殺した。
だから、今の地上大陸はスカスカだ。大虐殺と言うにも生ぬるい所業だ。あの時点で救う方法がなかったとはいえ、ファーカラルから解放するという大義があったとしても、俺のやったことは。魔王だとか邪神に近いことだと思う。
実際、一部地域では俺のことを魔王と呼んでいるらしい。ワーム・ドレイクとあまり関わらなかった平和な地域では、ワーム・ドレイクは救うことのできたはずの被害者と考えられている。そして、ワーム・ドレイクよりも脆く、弱いタダヒト達を、俺が滅ぼすのは簡単だと、危険視、恐れられている。
世界の半分を滅ぼし、ワーム・ドレイク達と同じ姿の歯車巨人達を従える、ファーカラルの生み出した魔王。ファーカラルと仲違いしたように見えるらしく、規模の滅茶苦茶でかい親子喧嘩だと思われている。
俺とファーカラルが親子、ありえねぇ話だ。だが、実際俺のこの体はファーカラルによって生み出されている。だから、半分ぐらいは、事実なのかもしれない。ま、親子で殺し合うなんて話は、別にそんな珍しいもんじゃない。特に、荒れた時代ならな。
「オライオンドーズ、アラバイルにやられた腕、戻りそうにねぇのか?」
「ああ、そうだね。オイラはクローやファーカラルと違って、精神系の能力が低いから。魂まで破壊されたり、呪いで再生を封じられるとどうしてもね」
オライオンドーズからアラバイルに喧嘩を売ったと聞いて、俺は驚いた。だけど、同時に納得もした。俺が地上の敵を滅ぼすその時に、アラバイルからもファーカラルからも妨害がなかった理由に納得した。
アラバイルとファーカラル、オライオンドーズの三つ巴の戦いがあったなら、そりゃ俺に構う余裕なんてない。
俺はオライオンドーズの腕を治すためにこいつの呪いを吸収したはずだが、それでもオライオンドーズの腕は治らなかった。
「実を言うと、傷があまり治らないのは……クロー、君のせいでもあるんだよね」
「えっ!? そうなの?」
「オイラの信者達、結構な数が君の信者に鞍替えしたみたいでさぁ。だって君の方が破壊神ぽいことしただろぉ? それで弱体化しちゃってねぇ、魂の再生も遅いんだ。ま、神となっていない今の君が信仰されたところで、君が強くなったりはしないんだけどね。ああ、でも謝らないでくれよ? オイラは嬉しいんだ。オイラもガオガオちゃんと同じさ、破壊神じゃない生き方をしてもいいって、オイラを信仰した者たちに言われているようで。今、オイラは凄く自由な気分なんだ」
自由、自由かぁ。確かに今のオライオンドーズはいい顔をしてるような気がする。そもそもアラバイルに喧嘩売って負けて逃げてきたって、両腕のない状態で俺に言ってきたときも、こいつ物凄い笑顔だったんだよな。
「ま、これで敵さんらも理解したんじゃない? 数はクローの前じゃ無力だってさ。むしろクローが強くなるのを手助けしちゃうだけだ。ってことは? 次に敵に考えるのはなんだ?」
「はいはいはい! わたし分かりましたよ! きっと少数精鋭での奇襲です!」
『僕もシャトルーニャと同意見だね。さらに言うなら、僕ら、クローの仲間を一人ずつアサシンしていくのが最も有効だと思う。大勢の人々が死ぬっていうのは、もうあまりないかもしれないけど、油断はできないね』
ラインマーグは淡々とした口調でそういった。油断も慢心もない。ハルバーに纏わりつかれているとは思えない冷静さだ。
──────
地上大陸南部の港町【アリオン】そこにファーカラルはいた。アラバイルとの戦いに敗北し、転移で逃げ込んだ街。
その街を、ファーカラルは堂々と歩いていた。アラバイルに切断された腕は完全に再生していて、人々に囲まれている。敵対的ではなく、友好的に。
人々は皆、腕が硝子のように透けている。先端に向かうほど透明で、透けた手首の中から青い炎が揺らめいている。
「ファーカラル様! 傷がよくなったようでよかったですよ!」
「今度、うちの子の誕生日なんです。あの子の誕生日を祝いに来てくれませんか?」
「おい馬鹿! ファーカラル様だって忙しいんだから。ったく、すみません女房が」
『良いだろう。お前たちの子を祝ってやろうではないか。盛大にな』
港町【アリオン】、大陸南部の、異形再誕事変と一切関わりの無かった平和な街。異形もいない、戦争もない。この街に住む全ての人々が、腕の透き通った種族で、彼はこう呼ばれている。”
『すまない……ワレは、お前たちの未来を守れなかった。全て、失敗に終わった』
「ファーカラル様が悪いんです! 自分をアラバイルとの戦いに置いていくから負けたんです! 自分がいれば勝てました!!」
「バスタァ! こら! お前、そんなこと言うと誕生日祝ってもらえなくなるぞ? ファーカラル様のことが大好きなのは分かるけど、迷惑をかけるな」
バスタァ、いつもファーカラルの影に隠れている少女。彼女は他の洋灯人と少し違った。彼女だけは髪に青が混じっていて、よく見ると、その青色は、洋灯人の透き通った腕と同じく、透明の髪の中で、青い炎が燃えていた。
洋灯人の特別な子供。バスタァはファーカラルに飛びついて、背中に張り付いた。
『いいんだ。お前たちはワガママを言っても。お前たちが生まれてきてくれたおかげで、ワレはまた”人間を愛する”ことができた。生まれてきてくれて、ありがとう』
「弱気になっちゃだめです! ファーカラル様は勝てます! ウナギだかなんだかも、アラバイルも! ファーカラル様の敵じゃありません! 諦めないでください!」
ファーカラルはもう、ほとんど諦めていた。クロー達やアラバイルを倒すことを。ワーム・ドレイクは全滅したし、自身が邪神として生まれ変わってからずっと、溜めに溜めた全ての呪いをアラバイルにぶつけても、アラバイルを倒すどころか強くしてしまった。
一度限りの最大火力を失った。あるのは絶望だけ、しかし、戦いから遠ざけ、現実を知らない子供の、根拠なく、己を信じる顔を見て、ファーカラルは己を奮い立たせる。
『ああ、バスタァの言う通りだ。ワレは全てをかけてなんかいない。この体が存在する限り、戦える。必ず敵を! 叩き潰す!』
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