第43話:混沌の王
「はぁ、デルタストリークの枷、外れちゃったかぁ……ロストハーツはセトラドーズで、あの場にはラインマーグとウナギィ・クローもいた。あの感じじゃ、ワシのやったことも多分バレちゃったなぁ……ねぇどう思う? セル君」
「ボクにはよく分かりません。予言ならアラバイル様の方が得意じゃないですか。それにしても、人のフリもできるようになったんですね」
「ああ、これ? 声が人の響き方してるって、なんだか不思議な感じだよぉ。ワシもだいぶ柔軟になれた。けど……やっぱ、普通のタダヒトと比べたら柔軟さは劣る。でも十分、人間の体があるってことは、ワシは、強くなれるってことさぁ! どこまでも成長できるんだ! これほどの喜びはない! 活力に溢れた、若い体なんだ、元気が! やる気が有り余っている!! ずるいなぁ! みんなは! 神でも! ヒトでも! 若いっていいなぁ! こんなの! なんでもできるじゃないか!」
天界、アラバイルの住処の掘っ建て小屋のあった場所、今は更地のその場所で、風神セルにアラバイルと呼ばれた青年は、飛び跳ね、はしゃぎ、踊っていた。
それを冷めた目つきで、セルは見つめていた。
「みんな、タダヒトから神になることを、凄いことだと思ってる。それが進化、成長、の結果だってさ。ワシは、そうは思わない。だって、タダヒトであった頃の方が、彼らは輝いていた! だからさ、タダヒトから神へと至るその逆ができないか! 考えた! ありがとう、ファーカラル! ワシを呪ってくれて! 神であるワシを殺してくれて! 退化という新たな分岐をくれて!!」
『ば、馬鹿な……なぜ、呪いが……お前に付き従う……』
「従ってなんかいないよぉ。君は世界とワシを呪った。存在を無に帰そうとして、ワシを逆さに、巻き戻した。ファーカラル、君の呪いは、ちゃんと願いを叶えたんだよ。神であったアラバイルは死んだし、君が壊したくて仕方なかった世界は、オレのこの手で破壊されるから! 君の願いは叶うんだぁ!」
クローとラインマーグが、地上でセトラドーズと邂逅したその時、ファーカラルは天界を奇襲した。ラインマーグがセトラドーズ対策で天界を離れ、天界の守りが薄くなるこの時を狙って奇襲した。
異形再誕事変により、力を失った天界の神々の殆どは、ファーカラルの相手にならない。ファーカラルがアラバイルの元へたどり着くまでに、多くの神がファーカラルに殺された。
そして、ファーカラルの奇襲は成功した。アラバイルにファーカラルの最大の一撃、全てを懸けた呪いが、世界を殺し、虚無へと還す呪いが炸裂した。
しかし、アラバイルは消えなかった。神としてのアラバイルが死に、タダヒト、ただの人間としてのアラバイルが生まれた。ファーカラルによって、人間アラバイルは生み出された。
「ねぇファーカラル、神々と同じだけの力を持った人間がいたとして……はたして、神とヒトの違いはどこにあるだろう? オレが、オレ達がみんなと一緒に殺してきた堕落神達は、破滅を願ったよ。理不尽な死に方をしてさ、自分は悪くないのに無惨に殺されて、当たり前だよね。そんな彼らは呪いの世界で、オレを応援してくれている! 世界を壊せと!! 絶望で全てを砕けと! 加護を与えてくれた!」
『堕落神が? 呪いの世界で……お前に加護を? 馬鹿な、ありえん。神は死ねば消えるのみ……死した神が加護を与えるなど……』
「いやぁ? 君はその存在をよく知っているはずさ。君も、オレも、この世界の者達が呪いと呼ぶ、マイナスの願いをさぁ! 壊れた祝福、元あった場所を忘れた、意思無き記憶の力。ファーカラル、オレは君の願いを叶えたよ? なのに、どうしてそんなに、苦しそうな顔をしてるんだい? 笑いなよ! ハッハッハッハ! こうやってさぁ! 笑い方を忘れたかい?」
『アラバイル、アラバイル! ワレは、お前を、お前を滅ぼすために……ワレは……お前のせいで、愛を失った……! お前さえいなければ! お前さえいなければぁ!!』
「愛を失った? 君が? なら君のその涙は誰のために泣いているんだ? あるじゃないか、ちゃんと、愛がさぁ! 大丈夫、君が愛する、君の子供達も! 世界の一部だ! 君と同様に、殺して、無に還す。だから、寂しくないよ!」
アラバイルは魔法陣を展開し、一振りの剣を顯現させると、それを手にとって、ファーカラルに斬りかかった。
デルタストリークを単独で打倒するほどの力をもっていた手神アラバイル。その力のすべてを、ただの人間として持つ。人間アラバイルは、ファーカラルの反応速度を超えた。
創世神に生み出されしその時から、手神アラバイルは老人の体だった。生まれた時から老人で、全盛の力を封印されていた。
しかし、若き人の体となったアラバイルに枷はない。全盛の力と、それまでにアラバイルが殺してきた夥しい数の神々、それと同じ数だけ、破滅の加護を受けている。
タダヒトであった邪神ゆえに、無限の成長を許されたファーカラルの力を、人間アラバイルは軽々と超えた。
その理不尽なまでの力に、ファーカラルは見覚えがあった。
『創世神の……ああ、どこまでも……あなたは残酷だ──』
ファーカラルにはアラバイルの振り下ろす剣が見えない。反応できず、回避もできない。しかし、そんなことは最早、ファーカラルにとってはどうでもよかった。
ファーカラルは諦めていたから。絶望に浸り、死を受け入れていたから。
アラバイルの剣は、ファーカラルの右腕を、肩ごと胴から切り落とした。アラバイルはそのまま二振り目の剣を繰り出す。今度は命を絶つ、ファーカラルを終わらせるはずだった。
──バギィイイイイイイイイイイイイイ!!
金属が擦れ、割れるような激しい音が響く。
アラバイルの二振り目の剣がファーカラルに届くことはなかった。破壊、破壊神の力がその剣を消滅させたから。
「おいおい、ファーカラルぅ。諦めんなよ。君がここで死んじゃったら、オイラの可愛い弟子の子の、その子供の子供の子供の……あ~めんどいなぁ。クローが、君に復讐できなくなっちゃうだろ?」
破壊神オライオンドーズ。ファーカラルの友、セトラドーズの兄がファーカラルを庇った。
「生きろ、そんで、あの子に殺されろ。あの子は、自分で殺すことにこだわらないかもしれないけど。それが、因果ってもんよぉ。予言も何もないけど、オイラが今決めた! そういう因果があるってねぇ! 生きろ! 涙を流して思うほどの、守りたいものがあるなら! 生きて戦え!!」
「おかしいなぁ……分からない……オライオンドーズ、君がファーカラルを守る理由なんてあったかな? というか、君、オレに協力してくれてただろ? 世界なんてどうでもいい、滅べばいいって言ってたじゃないか。なのに……裏切るのかい?」
アラバイルがオライオンドーズを睨む。それに対してオライオンドーズはニヤケ面で、不敵にスルメをしゃぶるだけ。
「いや、思ってたよぉ? 世界滅べばいいって。どうでもいいって思ってた。でもさ、オイラ、実は凄いシンプルだったみたいでさ。楽しいことがあったら、面白いやつがいたら、生きてみようって、簡単に思えちゃった! ははは! 見てみたいんだよぉ。クローが、馬鹿弟子の、
「何を言ってるのか、全然わからないよ。オライオンドーズ、オレは真面目にやってるんだ。いくら君でも許せないことがあるよ」
「そりゃ知らんよなぁ! オイラが他の世界で遊んだ話、お前興味なくてさぁ! 全然聞かないんだもんよぉ! だから分かるわけないんだ。クローがこの世界に来て、馬鹿やらかすことが、オイラ、どれだけ嬉しいか! オイラがやったことが、長い時を超えて、あいつがお返しに来た。だから、それに比べたら、アラバイル、お前の夢も、オイラの絶望も、どうでもいいのさ! さぁ、ファーカラル逃げろよ! お前は、オイラの物語の、二代目主人公にとっての、大事な、大事な
オライオンドーズが破壊の力を行使し、天界の大地を貫き、大穴を空けた。ファーカラルは穴から堕ちて、そのまま転移し、逃げていった。
「おいおい、弟と同じことして……オライオンドーズ……それ、面白いと思ってやってる?」
「ああ、面白いとも! クカカカッ! 俺はよぉ、悪党が苛ついて、悔しそうな顔すんのをさ! 見るの大好きなんだ! 勝つも負けるもどうでもいい、傲慢な支配者気取りの馬鹿の鼻っ柱を折んのが好きなんだよ。誰のこと言ってるか、分かるかぁ? クカカッ!」
オライオンドーズは歓喜していた。クローの登場に、彼がこの世界にやってきたことに。クローは、オライオンドーズにとって、続編が絶望的かと思われた作品の続きが、突然やってきたようなもので、オライオンドーズの異世界での人生、伊藤秋夜の続編だった。
主人公は違う”キャラクター”のはずなのに。
オライオンドーズは、なぜか続編のように感じてしまった。
クローの元いた世界は、オライオンドーズが伊藤秋夜として生きた世界、その続きの世界。かつて伊藤秋夜の人生を終わらせた、彼が愛した愛弟子、
クローン兵士達は最初、人として認められず、人権も、人としての名もなかった。しかし、長い時をかけて、彼らは人々に認められ、人としての権利と名前を得た。
様々な生物の名が、彼らには与えられた。番号の代わりのように、雑に、適当に名付けられていった。彼らは大勢いたから。その大勢の中で、
伊藤秋夜の影響で、異能の力を求めた人々は、終わらぬ戦いの中で異能を身に着けていった。しかし、クローン兵士達に異能はなく、弱かった。その子孫達も、弱かった。しかし、その血に刻まれた悪と戦う本能と、恐怖に立ち向かう勇気が、不平等な力の差を埋めた。
逆境が当たり前だった。不屈を体現する器──その器に、クローの魂が宿った。永遠に続く輪廻の中で、愚かと無謀と正義を貫いた不壊の魂。
その魂は、器に、あまりにも馴染んだ。その血に宿る、不屈の器の始祖の魂と、不壊の魂は融合した。
魂は、完成した。永劫の時を超えて、輪廻の果てで、世界の圧力を跳ね返す力を得た。
クローはファーカラルによって地獄へ堕ち、奇縁と肉体を得た。
そして、彼の愚かさと無謀に耐えうる肉体を得た。
クローは、邪教勢力を全滅させた。ファーカラル不在の邪教勢力をほとんど一人の力で全滅させた。ワーム・ドレイクも、残る邪神も、クローが殺した。
勘違いで勝手に友の覚悟を受け取り、張り切ったクローはワーム・ドレイクを狩りまくった。しかし、邪神はファーカラル不在の中で、ラインマーグとは戦えないと、クローと戦うのを避けた。クローのジャスティスゲートからラインマーグがやってくるのを警戒した。
しかし、その選択が誤りだった。クローは疲れず、眠らず、飲まず、食わず、戦い続けることができたからだ。
クローは張り切っていたから、異常なスピードで戦場を荒らし回り、ワーム・ドレイクの軍勢を殺した。軍勢を殺す度、クローは強くなり、軍勢を殺すスピードも早まった。強くなる速さも鰻登りだった。クローが触手を一振りするだけで、軍勢はまばらになってしまう。三振りもすれば全滅した。
クローが大暴れしだして三日、邪神達がクローへの強引な対処、直接戦闘を決めたときにはもう、手遅れだった。クローは、邪神をなんの苦戦もなく殺した。それでもまだラインマーグより弱いが、軍勢を相手取る力において、クローはラインマーグを超えていた。
邪神達からすれば寝て起きたら、自分たちの未来が終わっていたような急展開。クローの行動を止めうる可能性を持ったファーカラルも、アラバイルも、動けなかった。だからクローは自由に動けてしまった。
聖女が、勇者が、デルタストリークが、ラインマーグが滅ぼすはずだった邪教と邪神を、クローが一人で終わらせてしまった。
橙の激流で固定化されていたはずの、絶対的な予言の運命を、クローは破壊した。
誰も、こうなることを予測できていなかった。ファーカラルも、アラバイルも、マキも、予測できなかった。世界の流れをコントロールしていると思い込んでいた者達をあざ笑うかのように、理不尽に、クローは定めを破壊した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます