第18話:仲間を傷つけてしまった
「クロー様、本当にありがとうございます! ドラッシャーを許してくださるどころか村の者に食べ物まで……本当に! ありがとうございます!」
飛龍殺しを与えた死にかけの村人達はそんなに元気になる!? ってレベルで一気に体力を回復させた。今俺に礼を言うこの村の村長もさっきまでは骨と皮の妖怪みたいな感じだったのに、今では筋肉がパンパンに張っている。と言っても足が悪いようで、やはりまともに動けそうになかったが……
他の村人も似たような感じで、元気にはなったものの元々抱えていた病気や怪我、肉体の欠損はどうしようもないため、まともに生活はできそうになかった。
「いや、俺はドラッシャーを許してはいない、こいつに償わせるためにまずは村の生活を安定させようと考えているだけだぜ」
「そ、そうだったんですね……ドラッシャーは動くことができず、ただ飢え死ぬのを待つだけの私達のために、食べ物をどうにかとってくると言って、村を出ていったのです……あの子は、死んでいく仲間を見捨てることができなかったんです。もしかしたら、あの子だけなら、この村を捨てて出ていくことも出来たのかもしれないのに……」
「まぁ、そんなこったろうと思ったよ。だが、罪は罪、襲ったのが俺でなく常人ならばドラッシャーは人を殺していた。まぁ、本人としては殺すつもりはなくて、脅しのつもりだったらしいけどよ……」
「すいませんでしたぁ!!」
ドラッシャーが大きな声で謝罪する。頭を深々と下げる。違うんだよな……結局俺は、俺を襲ったからどうこうじゃなく……人を傷つけ、最悪殺すという選択を取ったことが気に入らないんだ。だが、それも村の奴らを生かすためだった……正直、俺としてはドラッシャーを許さない理由はなくなってしまった。最早、この村を生かすための理由付けに過ぎない……結局俺が真に気に入らないのは、こいつらが抱えた理不尽だ。こいつらを追い詰めた状況そのもの、この状況を生み出した者。
「なぁ村長、領主はなぜ村から働き手を奪った。奴隷にしたんだ?」
「それは……なんでも神殿を作らなきゃいけないとかで……私も詳しくは分からないのです。ですが……おそらく、普通の神々ではないのでしょう。その神殿がなんの神のためのモノか……領主は教えてはくれなかった。あの男は、何か鬼気迫るような、追い詰められていたように見えました」
「表立っては言えない神……ここが地上であることを考えるなら、邪神……ってことか。領主も邪神に脅されているんだろうな。と言っても、元から邪神と関わりがあって、弱みを握られているパターンだろうな。俺も邪神達のことは調べたからな。邪神でも悪神に属する者は、弱みを握って脅迫、これを多用する。己の正当性を用意できない悪神は、そうした恐怖を使ってでしか、人を従わせることができない」
俺の復讐対象であるファーカラルは分類上は悪神ではない。だが、悪神のような振る舞いをしている。ファーカラルの分類は「堕とし神」富める者、強い者、権力を持つ者を堕落させたり、殺すことでその力を引き下げる神。分類上は堕とし神となっているが……正直俺は違和感を感じている。そもそも堕とし神であるなら弱者をいたぶるような真似をしないが、あいつはバリバリやっているし、悪神のようなことをやりまくっているが、別に好きでやっていると言うより、八つ当たり的に悪意を振りまいているからだ。
俺を拷問するとなった時もそう、悪神であったなら自らの手で拷問を行い、楽しむ。だがやつは拷問を楽しむこともなかった、単に俺にキレて部下にやらせただけ。拷問を指示したくせにその後は俺に対する興味を失い、確認に来ることもなかった。短気で性格が悪く、悪行に対する自制心がないってだけだ。無理やり分類してるだけで、本質的には他の邪神とは違うように見える。
まぁどのみち、他の悪神と手を組み、悪意を振りまき、悲劇を起こすこいつを、俺は許すつもりはないけどな。
「ドラッシャー、お前はカニを食っても相変わらず骨と皮だけだな。こっちにこい、調べてやる」
ドラッシャーは他の者と違ってカニを食っても痩せたままだった。しかし内臓に障害があるとも違うように見えた。もしそうなら他の者より元気だったことに説明がつかない。内臓に障害があったなら、まともに動けないはずだ。
なのでドラッシャーの体を調べることにした俺は腹を開きドラッシャーを俺の体内にしまった。
「ええええええええええ!?? ドラッシャーが食われたぁ!?」
「待て、ドラッシャーを食うつもりはねぇよ。そもそもお前らを元から殺すつもりなら、わざわざ助けたりしない。俺は見ての通り化け物だが、俺は体内で生物を治療できるんだ」
「……!?」
村長はまるで信じていない。周囲にいた人々も驚いている。しかし反応は分かれた。俺の言うことを信じる者もいた。俺に祈っていた奴らは完全に俺を神かなんかだと思ってるらしく、治療するというのも俺ならばできるだろうと思っているようだった。逆に信じていない者もいるが、俺と戦っても勝ち目がないと諦めていた。まぁ信じられない気持ちも分かる。この世界にも治癒魔法は存在するが、それが使えるだけで宮廷魔道士か高位の神官になれるほどの貴重スキルだからだ。
言ってしまえば奇跡のようなもので、病気になったら終わりというのがこの世界の常識だ。この世界では外科的な医療行為以外がまるで発達していない。というのも、ほとんど必要ないからだ。この世界の殆どの存在が何らかの上位存在の加護を受けており、基本的に病気にならず、肉体も丈夫だからだ。
つまりこの世界の価値観で病気になるというのは、加護がなくなった、上位存在に見捨てられた、死ぬ運命の者ということだ。実際には加護を貫通する呪いから来る病気も多いが、そういったことに対処するのが宮廷魔道士や高位の神官だ。だから緊急時でなければそいつらも動かない。こんな優先度の低い危険なだけの田舎の者を救うことはない。
ドラッシャーの体を調べることで、奴がカニを食っても骨と皮だった原因がわかった。ドラッシャーは蟲に寄生されていた。地上の蟲じゃない、地獄の蟲「戦続蟲」おそらく地獄と繋がる開闢の螺旋階段が近くにあるからだな。地獄から来た者が連れてきてしまった蟲だ。
俺の中にいる蟲達と比べると雑魚もいいとこの蟲だが、ドラッシャーについていた蟲は兵隊を強化するための蟲でどちらかというと益虫的な扱いをされた、品種改良された種類だった。補給路が断たれた兵士達が、補給なしでもしばらく行動を継続するために使う蟲で、宿主の魔力と精神力を糧に肉体を動かし続ける。しかし、一度使うと体外へ除去しない限り、宿主が摂取するすべてのエネルギーが蟲を経由するものとなってしまう。
なのでカニを食うことで生まれたエネルギーはすべてこの蟲が溜め込んでしまった。だからドラッシャーの肉体が骨と皮なままだったわけだ。が、問題だなこれは……益虫つっても魔族、地獄の住人にとって益虫ってだけで、人間用じゃない。現にこの戦続蟲はドラッシャーと結びつきを強くしすぎた結果、癒着してしまっている。無理な除去はドラッシャーに負担をかける。
そこで俺はこの蟲を改造することにした。俺の蟲に戦続蟲の原種にして上位種の魔蟲が存在する。伝説級の魔蟲である「死動蟲」だ。俺は死動蟲にドラッシャーの蟲の眷属化を行ってもらった。戦続蟲を支配下に起き、他の虫たちの生体情報を流し込むことで改良した。行った改良は蟲がエネルギーを溜め込んでしまう部分をちゃんと宿主に循環させるように、無駄となってしまう余剰エネルギーだけを蟲が溜め込むように、宿主の生命の危機に応じて溜め込んだエネルギーを解放して治療するようにというもので、ドラッシャーは普通よりも丈夫でタフな人間になった。とりあえず処置は終わったのでドラッシャーを腹から吐き出す。
「うわあっ!? ドラッシャーが太った!?」
ビビリ散らかす村長。さっきまで俺を恐怖の目で見ていた、疑っていた者たちは目を輝かせならが俺を見ていた。俺も治してくれよと言われている気がした。
「はぁ、わかったよ。お前ら並べ、できるだけのことはしてやる」
結局他の奴らも治療してやった。大体は身体の欠損が多く、俺が飛龍殺しの素材を取り込み、それを体内で加工して、欠損した部位を補う義手、義足、義眼を作ってやった。病気の者は大体呪い系だったから、呪いは俺が取り込むことで治療した。気づけば村人全員が俺を拝み、祈っていた。これは……よくないな。
「おい、お前たち。俺はお前らの面倒を見続ける気はないぞ? 自分たちの生活と命、誇りは、自分たちで守れるように努力しろ。ゴミ領主の圧政から逃れるには、お前たちが強くなるしかない」
俺の言葉に村人達は互いの顔を見合わせた。自分たちが受けた仕打ちを思い出し、覚悟を決めたように頷いた。村人たちの目に生きたいという強い意思が見えた。生きるための戦いをすると決めたんだ、こいつらは。
「この村だけじゃないんだろ? 領主に滅茶苦茶にされた村は。カニも取りすぎて余ってるしな、他の村も教えろ」
「ああ! 貴方様というお方は!!」
村長は泣いていた。俺は村人達から周辺の地図をもらい、飛龍殺しが消えて安全となった道を通り、周辺の村々へ村人と共に移動した。中にはすでに全滅した村もあった。だが、それでも救えた村はあった。ドラッシャーの村の人々と同じように、他の村の者たちも治療し、飛龍殺しの燻製肉を与えた。
働き手を奪われ、さらに弱って死んだ者も多い、そこで生き残った人々を集め、一つの大きな街を作ることにした。過酷な環境に負けない堅牢で機能性の高い街。少ない水資源を有効活用するための浄化システムの構築、危険な生物達の素材を活用した武具の加工。それらを人々と共に考え、実行していった。
実際には俺は殆ど考えていない。魔蟲が体内で自動生成する武具や浄化システムを村人達に解析させ、学ばせることで街は少しずつ発展していった。そのため、人々はただ与えられる者から、生み出す者へと変わっていった。日常で困ったことがあれば、どうすれば改善できるか? 対策を考えて実践することが、彼らにとって常識となっていった。
な、なんだこれは……俺は、こんな意識の高い集団を見たことがない……開発が進んで来た今となっては、俺は何もしていないが、彼らは自主的に会議を行い、問題点の報告改善、その先のビジョン共有までしっかり行っていた。
俺がドラッシャーと出会い二年、街、いや「蟲神都市・イセエビ」は完成した。名前がイセエビなのは村人に好きなものは何かと聞かれてイセエビと答えたからだ……いや、街の名前にするなら他のものにしたけどなぁ……さらに言えば蟲神……こいつらは俺のことを勝手に蟲の神様と思いこんでいたのだ。俺が神ではないと説明しても、私達にとっては神同然だから問題ないとゴリ押してきた。
イセエビ(街)は完全な自給自足が可能な天然の要塞(危険生物)を持ち、さらには高い兵器開発能力を持った強い都市となった。最近では今までは丈夫過ぎてまともに調査もできなかった周辺地域の遺跡群の本格的な調査まで行っている。オーパーツを引っ張り出して来ては、解析する日々を過ごしていた。活き活きとした表情で、実に楽しそうにしている。実を言うと……俺も楽しかった。
もう、こいつらは俺が居なくても生きていくだけの力を手に入れたと思う。だけど……このまま、ここに留まってこいつらと暮らすのも悪くない、そう思ってドラッシャーの顔を見たときだった。
「あぐ!? ぐ……ああああ!?」
ドラッシャーが突然苦しみ始めた。いやドラッシャーだけじゃない、イセエビの人々が全員、苦しみ始めた……俺が、こいつらと暮らすのもいいか、そう考えた瞬間、苦しみ始めた。なぜだ……どういうことだ……俺は原因を突き止めるためにドラッシャーを腹の中に入れて解析する。
ドラッシャーは、常人ならば自殺してもおかしくない。そんな苦痛を受けていた。原因は呪い、俺から発せられた呪いだった……そうか、これが……これが人間を愛せない呪いなのか……ファーカラルが俺にかけた呪い……地獄には人間なんて殆どいない、だからこの呪いが発動する機会もなかった。けど、こんなのおかしいぜ……俺は今までこいつらと一緒に行動していたが、今まで発動しなかった……なぜだ……なぜ今発動する。
俺は、こいつらのことをどう思っていた? どんな関係性だった? 俺は今までを振り返り、考える。
そうか、俺……俺は、ドラッシャーに罪を償わせるために、償うだけの力を持てるようにするために、村人達を救い、街を……作ったんだった。俺は、それが終わったら、ここを出ていくつもりだった。でも俺は……ここでこいつらと一緒に暮らすのが楽しくなっちまって……未来を見た。こいつらを、愛してしまったんだ。
嫌になる。都合のいい呪いだ、今までまるで発動しなかったくせに……最も効果的なタイミングでは、必ず発動するように仕組まれている。
ああ、そうだ……俺が決めればいいだけ、決めればいいだけだろうが! こいつらはもう……自分たちの力だけで、生きていけるんだからよ!!
「聞けぇ!! お前たち!! 俺が神じゃない! 化け物だ! お前たちが苦しむのは、俺の呪いのせいだ!! 俺は、この時を……待っていた! お前たちがっ……油断して……馬鹿みたいに……俺への警戒心をといて……隙だらけになってる時を……待っていたんだよォ!! 俺は……お前らからその苦痛を喰らって……生きるから……そのために、お前らを生かした。うう、うわああああああ!! もう俺のことは忘れろ!! 俺は!! ここを出ていく!! もう、用済み! 嫌いになったからなぁ!!」
俺は覚悟を決めた。俺はこいつらとはもう一緒にいない。未来は見ない、俺は走り去った。仲間達と一緒につくった街、イセエビを去った。走り、逃げるように。
クソ……気をつけねぇと……いけねぇなぁ……人間を愛せない呪い。なんで、あいつらを苦しめなきゃいけない、最悪だ……
もう駄目だ、思い返すと泣いちまう。顔面グチャグチャだ……あいつらの前ではなんとかこらえた、泣くのは我慢したけど、いなくなったらもう無理だ。
俺は、いつか旅立ちのためにとドラッシャーからもらった地上の詳細な地図を手に、ファーカラルを倒すための旅を再開した。そうさ、長居しすぎた。ひとつの場所に留まりすぎるな。一番大事な目的を、忘れるな。俺は、ファーカラルを止めるために、地上へやってきたんだ。
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