第17話:勢いで約束してしまった



 デルタストリークの大量処刑が行われ、俺が監獄から解放されて数日、俺は白蛇と共にある人物と会うことになっていた。それは俺が捕まったことを聞きつけ、いち早く俺を解放するための組織を立ち上げ、行動を起こしたリーダーの男、ドラッシャーだ。



 俺と白蛇はガリアンの教会で待っていると、ドラッシャーは駆け足で俺のいる部屋までやってきた。ドラッシャーは泣いていた。



「クローさん!! あんたにずっと、会いたかった! あんたがいなかったら俺は……とっくの昔に野垂れ死んでいたか、殺されていた。人の心も失って、死んでいた。あんたは俺達にとって神様だ!!」



「おいおい、あんまむさ苦しい熊みたいなヤツが俺に抱きつくんじゃねーよ」



 ドラッシャーはまじでむさ苦しい見た目だ。毛深くて彫りが深く眼力が半端ないガタイのいい男だ。今はもの凄いマッチョになっているが、昔はもやしみたいな、ヒョロガリだったんだけど……まぁ昔から毛深かったが……



「ああ! すみません! またこうして会うことが叶うとは思いませんで! その、そちらの天使みたいなお嬢さんは? クローさんのお仲間っすか?」



「お仲間? まぁ、そうなのか? こいつは白蛇、大精霊らしい。元人間で邪教を嫌ってて、今回の騒動を仕組んだヤツだ」



「こ、この子が!? まぁ確かに、クローさんにしては……とと、危ない危ない、その白蛇さんというのは二つ名っすか? それとも本名で?」



「名前はないも、だけどお兄さんもお姉さんもそう呼んでるんだも。だから名前なのかもしれないも」



 そういう白蛇は少し寂しそうな顔をしていた。



「なるほどぉ、まぁ名前、欲しいっすよね! じゃあ名前、つけてもらいましょうよ! 白蛇ちゃん、名前は誰につけてもらいたいっすか?」



「もちろんそれはお兄さんだも! お兄さん! あたしに名前をつけてほしいも!」



「だよね、だよねぇ! やっぱクローさんだよねぇ!」



 盛り上がる白蛇とドラッシャー。いつの間にか俺が白蛇に名前をつける流れになってしまった。まぁ、白蛇のあの表情を見てドラッシャーが気を使ったんだろう。俺も、もしかしてと思ったけど、名前をつけてほしいのか? と言って違ったら恥ずかしくて言いづらかった。正直助かった。



「そうだなぁ……じゃあ白蛇、どういう名前がいい? 一応希望を言ってくれ。何もないんじゃ決めづらいからな」



「じゃあお兄さんの世界の名前がいいも! お兄さんと似た感じの名前がいいも!」



「ふーん、俺の世界のねぇ……俺はウナギだから水生生物? ……翼があるから……マンタか? ん~~~じゃあ、和名のオニイトマキエイから抽出して、マキにするか! 裏で仕掛けの糸を張り巡らせるのが好きなこいつにぴったしな響きだ。白蛇、お前は今日からオニイトのマキだ!」



「おにーとのまき? そのマンタっていうのはどういう生き物なんだも?」



 と言うのでなのでマンタの絵を紙に描いて見せてやる。



「これが元ネタなんだも? おもったよりカッコよくないも……もっと凶暴そうでカッコいい生き物が良かったも……」



 クッソ不評だった……



「俺の絵が下手で伝わらねぇが、こいつデカいんだぞ? 近くで見ると迫力があるんだ。まぁ俺も原種は見たことない、融合体になったのは見たことあって、スゲーでかくて強かった」



「強かったも!? こんな穏やかそうな顔をしてるも!?」



「原種は知らないけど、大量の魚雷……長射程ロックブラストを沢山飛ばしてサメを殺してた。だけど人懐っこくておとなしいからこっちから攻撃しなけりゃ問題ない、それどころか他の生き物や人を助けることもあった。まぁ人の10倍ぐらいはあったから怖いは怖いけどな……とにかく、優しく強い、すごいヤツだった」



「もも! それは確かにあたしにふさわしい名前だも。そっか、分かったも……お兄さんはあたしに優しさが足りないと言いたいんだも? 大事なことを忘れちゃいけないって言いたいんだも! マキもマンタに負けないように頑張るも!」



 別にそんな意図はないが……まぁ確かにそうかもな。こいつはちょっと過激すぎる。敵を作り過ぎればそれは自分に返ってくる。純粋な戦闘力があまり高くないこいつの場合、立ち回り方も考えていくべきだろうな。



「そうだ! もじゃのおじさんはお兄さんとどういう知り合いなんだも? おじさんもお兄さんに助けられた人っていうのは分かるも」



「ああ、ドラッシャーは俺が地上で最初に助けた人間だな。いや助けたっつーより、俺が最初に殺しかけた人間だな」



「どういうことだも?」



 俺はドラッシャーとの出会いを思い出す。あれは今から15年ぐらい前、俺が地上に出た直後のことだ。



──────



「あいつ……言いたいことだけ言って消えやがったな……せめてどこを目指したら近くの街かとかは聞いときたかったぜ……」



 地上に出て、ラインマーグと初めて会って、またすぐ目の前から消えて、これからどうしようかと迷っていた俺はとりあえず周辺の街か村を見つけて情報収集をすることにした。



 一応地図はあるが、もの凄い大雑把なもので大都市レベルからしか地図に記されておらず、この場面では特に役に立ちそうもなかった。



 まぁ、人を見つけられれば村や街も辿れるはずだ。単純な探知魔法だとかは現状覚えてねぇからな……今俺ができるやり方での人探しってなると……瘴気や邪気を辿るって感じか? 正直厄介事も一緒に転がってるだろうけど、迷うよりはいいし、困ってるやつがいるってことだろうから、そいつも解決すればいい。



 ということで邪気の感情エネルギーを辿った。するとか細い、弱々しい邪気が感じられた。まぁとりあえず行ってみるか……



 歩みを進めるが、この近辺は乾燥地帯で住みづらそうな感じだった。しかも毒持ちの生物が大量に生息していた。しかも凶暴だ、自衛のために毒を持つというよりは敵を殺して狩りに行くための毒だった。カニ? ヤドカリ? 毒持ちの巨大な甲殻類っぽいヤツがこの辺では幅を利かせている。だが、そいつらも明らかに食べたらマズそうな俺には興味がないようだった。動物の方が呪いや邪気には敏感なんだろうな。



 まぁそんな感じで現地生物に避けられるため、安全に邪気を辿ることができた。すると小さな村が見えてきた、そんな時だった。



「う、うわああああああああああ!!」



 子供が背後から俺にナイフを突き刺してきた。俺は振り返り、子供の顔を見た。子供ではあるが、歳は16ぐらいか……16は、地上では一応成人扱いだったか……子ども扱い、というわけにはいかないのかもな。俺のいた世界だったなら、子ども扱いで問題なかったが、この世界は……俺の元いた世界とは色々違うからな。等と考えているとその間もグサグサとナイフで俺を刺し続けていた。目は血走り、泣いていた。



「よこせ! 食い物よこせよぉ! 金でも! 金でもいい! し、死ぬぞ!?」



「おい、普通の人間だったらもうとっくに死んでる回数刺してるぞ? お前」



「えっ!? あれ……え? え!!!???」



 子供は俺が何事もなく話しかけたせいでフリーズしてしまった。微動だにしない。



「お前歳は15ぐらいか? 成人してるのか?」



「……ひっ! あ、ああああ!! ば、化け物……こ、殺される!!」



「おい、歳を聞いてんだろ? 成人してるのか? 答えろ」



 子供の両肩を掴み、動けないように固定する。肩を掴んだ瞬間、俺を不快感が襲う。骨ばって、感触の悪い皮と骨、肉、ガリガリに痩せた人間のそれだ。



「……あ、ああああ!! せ、成人してる!! 今年成人した! こ、殺さないで!!」



「成人してるのか……じゃあ大人扱いしてやらねぇとな。お前は俺のモノを奪い、殺そうとした。もし、俺でなく、普通の人間であったなら、お前がしようとしたことが現実になっていた。つまりお前は人を殺したかもしれない。ここで俺がお前を見逃せば、お前は他のやつを殺すかもしれない。だから、ここで殺す」



「あああああ!! い、いやあああああああ!! 殺さないでくれぇ!! どうしようもなかった! こんな痩せた、ブサイクなガキ……奴隷ですら引き取りてがねぇんだ!! どうしたら良かったんだよぉ! 教えてくれよぉ! 俺は、どうしたら……」



「おい、殺して欲しくないならまず誠意を見せるべきじゃねぇのか? お前が何も持ってねぇのは分かる、だがそれでもできることがあんだろ。お前は、俺を殺そうとしたんだぞ?」



「あ……す、すみません! 殺さないでください! 俺が、俺が全部悪かったです……」



 子供の顔を見る。泣いていた、だけど俺の目をしっかりと見ていた。俺を責めるめつきじゃなかった、分かっていた。この子供は自分が悪いことを分かっていた。ここで、ここでこの子供が内心俺に敵意を向け、反省の心がなかったなら、俺はこいつをこの場で殺したことだろう。



「わかった、許す。なぜ、こんなことをしたか教えろ。飢えているのは分かるけど、何があった」


「え? 許す? なんで……でも、何か罰とか……賠償とか……あ! そうじゃない、ありがとうございます! ゆ、許してくれて……」



 子供は不思議そうに俺を見た。やはりこの子供は、元はまともだったんだと思う。そんな子供も人を殺そうとするだけの理由がこの村にはあったはずだ。



「その……村の、働き手になる人はみんな……奴隷として領主の街に取られちゃって……今この村には働けない老人と子供しかいない。元気で働ける子供と老人は連れてかれたから……ほんと、もう……終わってんだ……この村。もうまともに外も歩けない、飛龍殺しもうようよいるのに、戦うどころか追い払うだけの力もない……こんな危ないところ商人だってまともに来ない……働き手を奪ったくせに……その補填もないんだ。死ねばいいと……思われてんだ」



「飛龍殺しっていうのは……もしかしてあのでけぇカニのことか?」



「うん……あいつら、俺達人間は食わねぇけど、人を捕まえて手足をもいで……飛龍をおびき寄せるための餌に使うんだ。だから、魔物よけがないと村も襲われる。それで、それで……魔物よけが、もう……ないんだよぉ……ははは、そうだよ。よく考えたら、別にあんたから金をとっても、食い物をとっても……どの道死ぬしかないじゃん。殺されなくても、何も変わらなかった……う、うううう、うわああああああああ!」



 子供は泣いた。絶望して泣いた。そして──俺も泣いた。



「え? え!? あ……」



 子供は同情して泣いた俺に驚いたが、俺に失礼だと思ったのか、何も見てないですよオーラを全身から醸し出している。もう、そんな気を使うな……!



「お前は何も持ってない。俺を殺そうとしたけど、その罪の賠償をするだけのモンを何も持ってない。だがよ、きっちりと払ってもらう。せめてそれができるように、俺がしてやる。小僧、名前を教えろ」



「ど、ドラッシャーです……!」



 それが俺とドラッシャーの出会いだった。



 とりあえず、村を見回り、状況の確認をした。老人は死にかけで子供もヤバイ……大体痩せすぎか病気、体に不自由がある者ばかり。俺を見ると、彼らは恐怖したが、もう逃げる体力すらないようだった。死を受け入れるような者ばかりだった。小僧は生きようと足掻けただけ元気だったな。



 まず必要なのは食事だと感じた俺は、ドラッシャーにここらで取れる食材を聞いた。すると、例のカニ、飛龍殺しも食えるらしく、滋養強壮効果もあるということでとりあえずカニ狩りをすることにした。



 村を出てしばらく歩く。すると、うじゃうじゃいる。だが、明らかに奴らも飢えていた。俺の様子が気になってドラッシャーも着いてきていたが、カニ達はドラッシャーを見るなり猛スピードで接近、活餌にしようとドラッシャーに襲いかかった。



 そして襲いかかる巨大カニを俺は素手で殴り殺した。この飛龍殺しも強いは強いが、俺の相手になるレベルではない。飢えた飛龍殺しは俺が同族を殺しているのを見ても、ドラッシャーを襲うことをやめない。よっぽど活餌が欲しいのだろう。このカニもそこまで追い詰められてるんだな。おそらく……ドラッシャーの村だけじゃないんだろう。領主とやらに働き手を奪われた村は。



 活餌にできる餌となる人間が消えた、そして活餌にできる人以外の生物を……こいつらはあらかた狩り尽くしてしまったんだろう。となると、どのみちこいつらは間引かないと、こいつらだけじゃなくここら一帯の生き物も全滅しかねない。ということで容赦なくカニ共を狩っていく。しかし、問題があった……あまりにドラッシャーにおびき寄せられるカニが多く、一匹もあればしばらく村の人間が食っていける飛龍殺しを、20匹近く狩ってしまった。明らかに余る……



 とりあえずすべて村に持って帰った。そして火の魔法を使って燻製にし、その流れで保管のための地下施設を作るために穴を掘り進めた。この作業は魔蟲に手伝ってもらった。触手にスコップやつるはしを持たせて、一気に作業を進めた。すると、ラッキーなことがあった。



 穴を掘っていると生きた古代遺跡にぶち当たった。生き物もおらず、冷えており、燻製カニを保管するのにもってこいの場所だった。ああーそうか、そういやここらは俺が地獄から地上へやってくるために通った【開闢の螺旋階段】の近くなわけだからな……きっと昔は地獄と地上をつなぐここら一帯に交易のための都市なり施設があったんだろう。



 まぁこの遺跡を見つけたところである程度攻撃力をもったやつじゃないとぶち抜くのは不可能だから、見つけても無視されてきたのかもな。そういう俺も力でゴリ押したわけではなく、魔蟲の酸を使って溶かして穴をあけたんだけどな。ともかく幸運だった。



 とりあえず村の奴らに飛龍殺しを食わせた。皆、泣いて喜んだ。俺に対して祈るものすらいた。だが、こんなものは一時しのぎ、こいつらが自力で生きていけるとは到底思えない。これではドラッシャーが賠償をできるぐらいに生活を安定させるという目標を達成できない。勢いで言ってしまった感はあるが、言ったからには責任がある。ならちゃんとやり遂げないといけねぇな。


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