第16話:ブレ過ぎに怒り!
──天界、神々の世界の会議の場【エア・ドラート】そこで翡翠の円卓を囲むのは、天界の神々。今日この場所で、話し合いが急遽行われることとなった。議題はウナギィ・クローとデルタストリークが起こした地上での動乱について。
集まった神々は十二柱、その中にはラインマーグとデルタストリークも存在する。事と深く関わっている二人が会議に出席することは当然といえる。
「ラインマーグ! 貴様、禁を破り、勝手な真似を……この事態をどうするつもりだ! 貴様の行いで地上は地獄と化すぞ! 戦となる、大きな!」
『おや? 戦神ガオガオ殿、戦神ともあろう者が地上の戦に狼狽えるとは……ああ、そうか、もう戦神の自覚なんてありませんもんね? 随分と戦っていないし、今よりもずっと弱い、昔の僕相手に手も足も出なかった』
戦神ガオガオ、岩で出来た肌を持つ灰色の男神、彼は鋭い赤い目でラインマーグを睨んだ。
「貴様! ラインマーグ!! 新参者の分際で無礼な!」
戦神ガオガオを挑発するラインマーグ。そこにクローと共にある時のような穏やかさ、優しさはない。ラインマーグが神となった日に、この戦神ガオガオはラインマーグの力を試すと言って、戦いを挑んだが瞬殺された。このときのラインマーグに戦いで勝利した神はデルタストリークのみ。あくまで力試しをした神だけの話ではあるが……しかし、成長した今のラインマーグに力で敵う者はこの場に存在しない。
『それに地上が地獄と化すって? そうはならない、僕が罪のない人々を守るからね』
「待て、ラインマーグよ。お前はまだ禁を破るつもりなのか? もう十分だろう、地上の膿出しなど後は勝手に行われる」
『炎神ハルバー殿、禁を破っているのは僕だけでない事、あなたも知っているのでは? 断罪神教が勢力を伸ばし、信者をとられ、権力を失う恐怖から、神々のほとんどが邪教狩りや、消極的ながらも敵対することを決めた。邪神とは敵対しないルールはどこへいったんです? ルールの遵守に拘るのなら、おとなしく断罪神教に潰されて滅ぶべきだ』
炎神ハルバー、青色の炎で体が燃えている女神。鋭い目つきだが、緑髪の美しい女神で、ラインマーグに対してあまり敵対的でない数少ない神。
「ぬぅ、黙れラインマーグ! あれは我々がやったことではない。信者共が勝手にやったこと、我らはやっていない! 大体、貴様がそのように追い込んだのではないか……」
『ガオガオ殿、それを詭弁と言うんですよ。じゃあ今ここにデルタストリークがいるんだから、調べましょうよ。本当に信者が勝手にやったのかどうかをね。あなたが指示したかどうかすぐに分かる』
「なっ……」
ガオガオが露骨に冷や汗をかく。それが何を意味するのか誰の目に見ても明らかだった。
「やめろラインマーグ。お前の言うことはもっともだが、神々の間で争うべきではない。それこそ邪神が付け入る隙になろうと言うものだ」
『ハルバー殿、あなたも怒りを感じているんじゃ? だって、ここに集まった十二柱のうち僕とデルタストリーク、ハルバー殿、アラバイル様の四柱だけが、邪神に対するスタンスを変えなかった。元から許可を受けているデルタストリークは僕と違ってルールを守ってるけど、敵対せずにルールを守っているのはハルバー殿とアラバイル殿の二柱だけだ』
『まぁまぁ、そう煽るものじゃないよ、ラインマーグくん。ハルバーくんだって本当は邪神と敵対したかったろうけど、ルール破りが嫌で我慢してるだけなんだから。本当はルールを破って君の味方をしたいんだけど、真面目だからさぁ』
「……っ、アラバイル様! ワレはそのような……」
手神アラバイル、老人の姿をした男神。穏やかだが、どこか飄々とした雰囲気のある神で、天界の実質的な管理者でもある。ラインマーグと同じく、巨人タイプの神、巨神である。
『それは勿論わかっていますよ、アラバイル様。ですが、アラバイル様はハルバー殿と違って本心から邪神と戦うべきでないと考えておられる様子、今までも何度かその真意を僕は尋ねて来ましたが、どれも納得のいくものではありませんでした』
「ら、ラインマーグ!? お、お前……えっ!?」
『そうは言ってもねぇ? やっぱりワシには君の納得のいく答えを用意できないと思うなぁ。だってぇー、見てる視点が違うからねぇ。君は人々を小さく、細かく見過ぎだから。ワシは大きく見て、バランスを重視してるから……やはり噛み合わないと思うなぁ』
ラインマーグに本心を見透かされていたことに赤面し、動揺するハルバーを後目にラインマーグとアラバイルは話を続ける。
『はぁ……まぁ、それは僕にも否定できませんから……あなたはズルい。本題に移りましょう。この会議で、多くの神々が僕の責任を追求し、断罪しようとしていることは分かっています。確かに僕はウナギィ・クローを焚き付け、予言にあった流れを変えた。そしてデルタストリークと引き合わせ、地上が混乱する原因を作った。けれど、これはある意味で予言が早まっただけに過ぎないのではありませんか? 風神セル殿、預言者であるあなたの意見を聞きたい』
風神セル、眠そうなジト目の女神で、ラインマーグの言う通り預言者でもある。
「うん、ラインマーグの言う通りだよ。100年ぐらい時が早まった、でも元から100年ズレてたから元に戻っただけかも……あれ? そうなると、むしろ預言の元へ因果を正しく戻したと言えるのかも? でも、あんましボクの預言は精度よくないから……本当はマロンちゃんから聞けたらいいんだけど、あの子は地獄にいるから……」
「マロン!? ああ、そう言えばあの子も預言者でしたね。随分と会ってないですから忘れてました。地獄にいるのだから、もしかしたらクローくんと会っていたりしないかな?」
『いや、デルタストリーク。鉄槌神マロンは君の妹なんだろう? なのに預言者であることを忘れるなんて……というか、君にしては大人しくしてるね? いつもはうるさいぐらいなのに』
妹のことを忘れるデルタストリークに呆れるラインマーグ。鉄槌神マロンは元々天界にいたが、ラインマーグが天界へ来たタイミングで地獄に部署異動した。今では地獄の神々だけでなく邪神とも関わりがあると言われている。そのため、邪神と敵対するデルタストリークと仲が悪くなっているのではないか? と、天界では噂になっていた。
「私は今地上で沢山仕事ができて気分がいいんだ。ああ、でもマロンは天界には呼んでも戻ってこないと思うな。あの子は元々天界嫌いだったし……マロンが邪神と関わっているという噂、私も知っている。あの子は私と同じ力を持っているし、悪行は嫌っていた、だから悪に染まる、なんてことは心配はしていない……いや、少し心配ではあるけど、別にみんなが噂しているように険悪にもなっていないし敵対もしていない、まぁ確かにずっと会ってはいないけど」
噂を否定するデルタストリーク。しかしラインマーグ以外は疑いの目でデルタストリークを見ていた。険悪になっていないと言いつつも、実際には会っていないのだから当然ではある。ならなぜラインマーグだけは疑わないのかと言えば、天界の厄介者コンビである二人は仲がよく、ラインマーグはデルタストリークの不器用さを知っていたからだった。デルタストリークがマロンと会うことがなかった理由もラインマーグは知っている。仕事の邪魔になるから地獄へ来ないでくれとマロンに手紙で言われたというシンプルな理由だ。
実際デルタストリークが地獄へ行ったならそのまま大戦争が勃発して、地獄も地上も死人で溢れることになるのでマロンの言うことは正しく、さらに言えば、マロンは預言者としての能力もあるので、デルタストリークが地獄へ来た場合の未来が見えてしまったのだろう。
『話が逸れたけど、そもそも邪神絡みの地上の戦いはいつか起こる予定だった。たしかに今回劇的な形で状況は動いた。でもこれは、神々が邪神を放置した結果だよ。表に出てきていなかっただけで、ずっと問題はあった。怠慢さ、問題を見えないふりして、放置して、放置して──ドカン、爆発したんだよ。自業自得もいいところ、邪神に甘い神々の力が弱まるなんて当然だ。あんたらが今まで放置したせいだ』
「貴様ラインマーグ! 責任転嫁をしおってからに! 問題を表に出すにしてもやり方というものがあるわ!」
逆に神々の責任を問おうというラインマーグに対してガオガオが吠える。
『笑わせるね。流石に君達も調べただろう? 君達の信者達を、内部調査したはず、邪教にどこまで侵食されていたかをね……どうだった? それは焦るような結果だったんじゃないかな? だから君達も邪神と戦わないルールを破った。怖かったから』
今回の騒動でスタンスを変えなかった四柱以外に動揺がはしる。ラインマーグの言う通り、どの教団組織も、邪神、邪教に侵食されていた。その度合に違いはあれど、考えを改めるだけの被害はあったのだ。しかし、プライドが、メンツが、ラインマーグを認めることを許さないのだ。新参者で、生意気で、トラブルメーカー。能力や信者の規模でラインマーグに負けていても、この神に自分たちが劣るとは思いたくない。
『こまめに掃除をすれば、こんな大事になることもなかった。まぁ、そういった大事が欲しかった者がいたのかも知れないけど。僕を裁きたければ裁けばいい、ただそれをしたら、君達は地上の者たちからどう見えるかな?』
ラインマーグの脅し、それは自身を裁き、罪を問えば、邪神に味方をしたように見えるぞ? というもので、それが事実でなくとも、混迷する地上の情勢に揺れる人々の心を、神々を見る目を変えるには十分なことであり。実利的な面からラインマーグを裁くことは得策ではなかった。
結局、会議の結果ラインマーグが裁かれることはなかった。ラインマーグを裁くべきだと賛成したのは結局、ハルバーとアラバイルだけだった。
会議が終わり、神々が去っていった後、ラインマーグとデルタストリーク、そしてハルバーは個人的に話し合いをしていた。デルタストリークの天界での住処、神殿の中庭で。
「ラインマーグ、あなたはここまでの事態になると予測していたのかな? 実際に処刑しまくっていたのは私ですが、今までは他の神々の妨害もあってここまではできなかった」
『まさか、いつか似たようなことは起きると思っていたし、クローくんと君の出会いによってそれが早まるとは思ったけど……流石にここまでとは……』
デルタストリークの問いに正直に、予想外だったと答えるラインマーグ。会議のときとは違い、穏やかで、少し疲れている様子だった。
「何? そうなのか? お前、会議では随分と強気だったからすべてお前の予測通り、お前が仕組んだことだと思ったが、違ったのか?」
『ああ、ハルバーさん。実はそうなんだ。どうやら彼の、クローくんの救った大精霊が、ちょっと凄い子だったみたいで……クローくんもデルタストリークも正直あまり賢くないから、数十年はそう状況も変わらないと思っていたけど、その大精霊の子が頭脳担当として機能した結果、これさ。実を言うと君達が思うほど僕は仕込みとか、そういうのはできていない。そもそも僕は他の神々にかなり邪魔されるからね。まぁでも、今日の会議で邪神と争うこと、戦うことが実質的に合法化されたからね。笑っちゃうよ、信者が勝手にやったことなら邪神と戦ってもセーフ、神が信者へ行った指示の調査も禁止する。露骨過ぎさ、でもハルバーさんも表立って僕らと行動できるようになったから、これはありがたいけどね』
「なっ、ワレはお前たちの仲間になるつもりなど……ワレはただ、状況が状況だから、きちんと問題に向き合うべきだと思っただけだ。そしてお前たちは、邪神の問題に向き合って来た者、ならば話を聞くべきと思っただけで……」
ハルバーは迷っている。しかし、ハルバーは元からラインマーグに甘かった神だ。元からラインマーグの意見には内心同意していた。さらにはラインマーグの素顔を知っていて、イケメンに甘い神だった。ラインマーグはそれも理解しているので、こちらに引き込むことは可能と考えている。と言っても色仕掛けをしたりはしないが……確かにハルバーはイケメンに甘いが、真面目な神なので色仕掛けをすれば逆に不興を買うことになる。
『正直、これからどうなるかは僕にも予想はつかない。だけど、ある程度予測して動くためにも、あの大精霊の子をちゃんと見ておく必要がありそうだね』
ラインマーグの表情は見えない、輝く光に包まれているから。だが、握りしめた拳が、その闘志が、戦いの予兆を感じさせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます