第15話:子供だと侮ってしまった



 馬がドットルード王国から届いてから数日、俺は逮捕されていた。そう、俺はフロストペインの領主を殺している。フロストペインは、ドットルード王国の領地だ。俺が馬を大量注文したことにより、俺はドットルード王国に居場所を特定され、身柄をガリアンからドットルード王国の王都へと引き渡されることとなった。



 そして俺はドットルード王国、王都の監獄におとなしく収監されていた。ジメジメして湿った牢屋、まぁこういう場所は慣れてるから問題ないが、同居人はお気に召さないようだ。まぁそれはこいつの自業自得なんだがな……



「なぁ、本当にこれが仲間を増やすことに繋がるのか? お前の言う通り大人しく捕まっておいたけどよ。白蛇、そろそろちゃんと説明してくれよ」



 俺と白蛇は牢の石畳の上であぐらを組んで向かい合って話す。白蛇は俺の内部で潜伏し、王都の監獄に一緒に来ていた。



「お兄さんがフロストペインでやったことは、単に邪神の謀略を打ち砕いただけじゃないも。邪神の傘下組織である邪教やそれと取り引きする者たちとの敵対を意味するも。それに、お兄さんは邪教勢力と敵対したのはこれが始めてじゃないんだも? そんな人が、邪教とバチバチに敵対してる断罪神教徒達の聖都、ガリアンに馬を大量に仕入れたら、奴らはどう思うと思うんだも?」



「どう思うって……あっ……そうか、俺が反邪教の立場から断罪神教徒と手を組んで、戦う準備をしているって思われるのか……なぁでも、だとして何故ドットルード王国で馬を頼む必要があったんだ? 露骨過ぎるんじゃないのか? 罠だと思われるんじゃねぇか?」



「それは挑発だも、領主殺しなんて大事件だも。ドットルード王国に巣食う邪教勢力でなくとも、あの国にとってお兄さんは重要人物なんだも! だからドットルード王国で分かりやすく存在をアピールすれば、邪教勢力だけじゃなく、王国のまともな人も動くことになるも。邪教勢力からすれば、ひっそりとお兄さんを始末したいはずだけど、それはまともな人達のせいで難しくなるも!」



「あぁ? 意図がよくわからねぇな……王国のまともなやつらが動いてどうなるってんだ? 邪教の奴らも、そいつらも俺を始末する能力なんてないから俺の身は安全ではあるけど……」



 俺がそう言うと、白蛇はやれやれといった表情で首を揺らした。うぜぇ……



「あたしはお兄さんと違って、甘くないも。全部炙り出して消すつもりだも。そのためには大きな、時代のうねりが必要になるも。この時代で、お兄さんが積み上げてきたものを全部、起爆するんだも。もも、もももももも!」



「なんだよ、その笑い方……俺の積み上げてきた全部を起爆、まるで意味がわからん……」



 結局、白蛇は俺にちゃんと説明するつもりはないらしい。まぁ白蛇の顔見る感じ、余裕そうだし、おそらく順調なんだろう。俺は牢屋で時を待った。



 それから数日、なんだか監獄が騒がしい……外から人の声が聞こえてくる。石造りの分厚い監獄にも関わらず、人々の声は、うるさいほど響いた。



「いったいどうなってんだ? 流石にちょっと様子見てみるか……」



 俺は体から触手を伸ばしに伸ばし、外の様子を見ることにした。牢屋の天井を伝って、触手が進んでいく。触手の先端についた魔蟲の目が、俺に外の景色を見せた。監獄の外には人だかりができていた。なにやら、抗議活動をしているようだった。看板や旗を掲げている。「ウナギィ・クローを解放しろ! 邪教に与する王国を許すな」という文言が書いてある。俺を解放するためにこんな人だかりが……? あれ? こいつら、こいつらって……



「みんなお兄さんの知り合いだも!」



「あ、ああ……全部どっかで見たことある顔だ。フロストペインの俺が吐かせた兄ちゃんもいる! ……おい! 特にあいつなんて……あのリーダー格の男……あいつは、あいつはドラッシャーじゃねぇか? 懐かしいなおい! けど、いったいなんだってこんなことに……」



「ガリアンの断罪神教徒が、フロストペインの人たちの後ろ盾についたんだも! 国内で邪教派の奴らが抑え込んだ、お兄さんの活躍や、邪教の関与や呪いの詳細をガリアンの人たちが認めて、広げているんだも! 今頃バーグリーと邪教の悪行は王都に知れ渡ってるはずだも! しかもただ認めただけじゃないも! 断罪神デルタストリークのお墨付きだも! 民衆の不満は爆発寸前、この怒りの矛先を、王国のまともなやつらは、邪教に向けたいはずだも……でなきゃ、自分たちが殺されることになるからも!」



 なっ……白蛇が、こいつがこの状況を仕組んだってことか? 邪悪な笑みを浮かべる白蛇……こいつの一部にはアウトローな博打打ちでもいたんだろうか? そういった剣呑な雰囲気を漂わせていた。



「お兄さんは人間との馴れ合いを避けてきたも……だから、みんなずっと、不完全燃焼だったはずだも。恩返しをしたくても、する前にどこかへ消えて、どこにお兄さんがいるのかも分からない……でも、今ここに! お兄さんはいるんだも! そう、お兄さんは地上で15年間人々を救い続けてきた! そして救われた人々は! この時をずっと待っていたんだも!! だからこの流れを止めることはできないも! この大陸中から! お兄さんに救われた人たちが集結してるんだも!! なぁなぁで済ませるなんてもう無理だも! この国の! ドットルード王国の邪教は塵も残さず消滅することになるも!!」



「あわ、あわわわわ……! なんてことを考えるんだ白蛇ぃ! これ、これさぁ俺……」



 状況を理解して思わず震える俺、説明されて始めてわかった……俺、フロストペインでやったみたく、嫌われるように立ち去ったはずだけど……全部、全部……



「俺の演技……全部バレてたってこと!?」



「みんなお兄さんほど馬鹿じゃないんだも! 冷静になって、落ち着いて考えれば分かるも! 騙し通すなら、もっと徹底的に、普段から演じきらないと無理だも!」



 それからはもう、本当に激動の時代よ。きっとこの世界の教科書に乗ることになるんだろうってことが起きまくった。ドットルード王国は、邪教勢力の排除に断罪神教を頼り、デルタストリークはそれにノリノリで応え、本体自らが、ドットルード王国の邪教勢力の断罪を行った。王国の上層部、大臣や大貴族、役人、商人達が、デルタストリークによって心と記憶を読まれ、邪教との関わりがあった者は、彼女の剣によって真っ二つに断罪されていった。実に5014人がデルタストリークの手によって直接処刑された。



 悪党とはいえ、まるで無感情に、機械的に処刑を行うデルタストリークは恐ろしかった。やはりこいつも神なのだ。無論、実際にはデルタストリークよりも信徒たちが行った処刑の方が多い。といっても、信徒によって同時に召喚された複数の分体のデルタストリークが処刑しているので、結局デルタストリークが殺しているわけだが……しかし、冤罪もなく完全に断罪していく……チートだな……普通だったら、冤罪だなんだと長引いたり、疑いの目が向けられたりするもんだが……それがないわけだからな。



 ドットルード国内の邪教勢力が一掃され、王国は実質的な再編が行われた。断罪神教の勢力は拡大、邪教排除の流れはドットルードだけでなく、周辺国家へも波及していった。ドットルードに存在した、処刑された邪教関係者、約5万人。その数、侵食の規模は大陸に衝撃をもたらした。様々な国、組織が疑念を持った。自分たちの中にも邪教が紛れ込んでいるのではないか? 魔女狩りのような雰囲気だが、アレと異なるのは神本人が確実に正悪を判断して刑を執行すること。確定していない事実を元に処刑を行っているわけじゃねぇ……そう、その確実が欲しいから、断罪神を、デルタストリークを頼りたくなる。



そして、断罪神教が一強になることが恐れた他の神々の宗教も、邪教排除に力を入れるようになった。邪教にとって地獄の時代が始まったのだ。邪神と敵対すべきでないだとか、ラインマーグから言わせればゴミなルールを、結局神々は破った。自分たちの権力が脅かされてしまうから、そんなシンプルな理由で。



 そして俺は、俺が助けてきた者たちによって、いつの間にか英雄扱い、いや断罪神教徒がこの流れで俺の行ってきたことを認めた結果、聖人指定を受けることになってしまった。どうみても邪神側にしか見えない俺がだ……



 邪神により理不尽に地獄へ堕とされ、拷問され、それでもなお、正義の心を失わず、人々を救い続けた聖人。悲劇を背負う自己犠牲の男……そんなキャラクターが出来上がっていた。でも俺はそんな大層なヤツじゃない……所詮自分勝手に動く愚か者の復讐者だ。というか……困るぜ……俺には人間を愛せない呪いがあるんだからな……まぁ白蛇の力を借りて、間接的に関わっていくしかないか……



 それにしても白蛇……こいつ……やべぇヤツだったわ……白蛇には元となった魂達の元の人格は存在しないが、彼らの知識や才能、思考力は維持されたままだった。まぁ白蛇の元の多くが子供達で、また新たに再誕した影響で子供っぽい要素が多く残ってはいる……だけど、能力は子供だとか大人だとかそういった次元ではない。戦闘力こそせいぜいちょっと強い人間程度だが、人間に可能なことは大抵できてしまう。



 そうか、これじゃあ、俺の体内で建築しているという基地だって、大工の作るような物凄い本格的なモノの可能性が出てきたな……というかほぼ確実にそうだよなぁ……俺は……まるで見えちゃいなかった……



「生きてる邪教徒は許さないも! 死んだら許してあげるも!」



 白蛇は不敵な笑みを浮かべて俺にそういった。そうだ……あの時、こいつがピエールを許したのは……すでにピエールが死んでいたからだ……俺は勝手に元となった魂達が善良で優しい人々だったから、俺に義理を通すために許したと思った。だけど……違ったんだ。子供達に引きずり込まれた大人達は確かに優しく、善良な者が多かっただろう。子供達を心配し、想っていたからこそ引きずり込まれたのだから。だが子供はそうじゃない……ピエールが子供を狙っていたのは自分よりも確定で弱いからで、子供の人格は当然考慮していない。



 ならば当然、子供達の中には過激な者や邪悪な者も存在する。そうした一面もこの白蛇には存在するのだ。統合され、再構築された人格は、邪教に強い憎しみを持っていた。こいつは俺がいなくても、やるつもりだったんだ。邪教徒抹殺のための戦を……そのために俺とこの状況を利用した。もちろん、俺に恩を感じているのは事実だろうが、それだけじゃない、強かだ。



 そして……この白蛇は……俺が干渉することによって生まれた……だとするならば、こいつの行動には、俺の責任が存在するんだ。


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