第13話:セクハラをしてしまった



「ジェットパック……む? あなたはコレの元になったものを知っているようだ。ということは前世の記憶があるということかな? ああ、オラン神官、私が裁く咎人はどこにいるのかな? 見たところ、それらしき人物はいないようだが……」



「え? いや、その……デルタストリーク様の目の前にいる……血色の悪い男ですが」



「この男がそうなのか? うーん? やっぱり、違うよなー? この者からは悪心も、大きな罪の意識も感じられない。それどころか、強い正義の心しか感じないぞ! 慈悲深い、愛に溢れた、とても情に厚い心しかない。この男が咎人だと? なにかの間違いではないかな?」



 あれ? なんか俺が裁かれずに済みそうな展開かこれ? デルタストリークは俺の顔をまじまじと見つめては、困り顔で首をひねるを繰り返す。



「しかし、この男は聖女様を洗脳し! 天使様を喰らおうとしていたんです! 確かにこの目で見たんです! ほら、聖女様も、天使様も、その男の側にいます! 邪悪な茨を腹から伸ばして、天使様を喰らおうとしていたんです!」



「邪悪な茨? なにかな? それは……」



 邪悪な茨は断罪教徒特有の経典フレーズじゃなかったみたいだな。



「触手です。蟲のような触手を伸ばしていたんです。この男は」



 俺を裁こうとした神官、たしかオラン神官だったか。オラン神官は邪悪な茨を普通に触手と言って説明した。なんだよ触手のこと知ってるじゃねーか、そして恥ずかしそうにしてるわ。



「ふーむ、分かりました。ならばここ最近のあなた達全員の記憶と心を詳しく見るとしよう。う~~ん……ふむ、ふむふむ……ん!?」



 デルタストリークが調べると言った瞬間、何かが俺の魂に侵入しようとした。そして、それをいつものノリで俺がレジスト、弾いてしまった。すると同じタイミングでシャトルーニャが「あっ」と言いながら、わかりやすいやっちまった顔をしていた。こいつもレジストしちゃったのか。



「なっ……レジストですか! お二人とも中々に強い力を持ってるようだ。しかし、今は取り調べの最中、あなた方が善良であるなら、協力してくれると助かる」



 俺もシャトルーニャも今回はレジストしてしまわないように気を緩める。すると、するっと何かが入ってきた。例えるなら炭酸飲料みたいな爽やかな感覚が俺の魂を通り抜けていった。



「な……なんじゃこりゃぁ……」



 え? いまの「なんじゃこりゃぁ」って、もしかしてデルタストリークが言った? デルタストリークは俺を哀れみの顔で見ている。そしてシャトルーニャに対しても哀れみの表情で見つめていた。



「すまない……ここ最近の記憶だけ見るつもりが……あまりに興味深い記憶をしていたものだから全て見てしまった」



「え? 全てって?」



 興味深いから全て見たってどういうこと? どこまで見られたんだ? 俺の記憶……



「いや、だから全部……そのままの意味だよね。オラン神官、間違いない。この男はやはり善良、いや、善良過ぎる。この男を裁けというのなら、先に聖都の人々のほとんどを裁くことになる。確かにこの男、ウナギィ・クローは化け物のような男だが、それも邪神のせい、邪神に受けた酷い拷問のせいだったんだ。この聖女をフロストペインで救っただけじゃない、まるで呼吸をするように地上で人助けをしてきた。聖女を洗脳してなんかいないし、君が天使だといった幼子も、天使ではなく、ただの大精霊だ。彼が呪いから解放してやったから彼に懐いているんだ。だから彼の中で家を作っていて……建築を再開するために彼の体内に戻ろうとしているだけで……う、ううう! ちょっとクローくん!! 説明が難し過ぎるんだけども!?」



「え? 男の中で家を作って? え? どういうことですか? デルタストリーク様?」



「オラン神官!!」



「はいぃ!」



「この男の記憶のすべてを見たが、この男には私が裁くべき罪はなかった。君は、私を勘違いで呼んだのだ。その意味が分かるかな? だから、とりあえずの納得をするんだ。私は彼の状況を誤解なく人に説明する能力を持っていない。これ以上の追求をしないなら私は君の罪を許そう。だから、ね?」



「……は、はい。分かりました。デルタストリーク様……」



 デルタストリークはあっさりと説明を諦め、オラン神官を無理やり納得させた……ことにした。



「ふむ、しかし君の記憶を見ることで、分かったことがある。君はラインマーグの導きでここに来たんだね。そしておそらく、ラインマーグは私と君を引き合わせたかったんだ。となれば君達としばらく行動を共にしようと思う。このまま分体のまま、召喚魔法を維持してはオラン神官が魔力切れで死んでしまう。なのでこの分体をゲートにして本体を持ってくる。少々待っていてほしい」



 デルタストリークがそう言うと、デルタストリークの分体は青色に輝き、爆発した。青い煙が充満し、やがて煙が消えると。分体と同じ姿のデルタストリーク本体がいた。明らかに分体とは存在の強さが違う。圧力がある。しかし、その大きさは分体と違って人間サイズだった。



「待たせたね。じゃあ、聖都の教会本部に行こうか」



「……」



「クローくん、どうかしたのかな? なにやら私のことを興味深そうに見ているが」



「いやぁ、ファーカラルやラインマーグとは声の響き方が違うなと思って……」



「声の響き方? ああ、彼らは巨人タイプの神だからね。体がどの大きさだろうと声が響いてしまうんだ。私は逆に本当は人と同じサイズだから、あまり響かない。しかし、不思議ではある。ファーカラルもラインマーグも、昔は人と同じ大きさだったのに」



 そういや、ラインマーグは昔、タダヒト、地上に住む人族だったんだっけか。ファーカラルも人と同じ大きさだったなら、ファーカラルも元は人族だったのか?



「ファーカラルも元は人族だったのか?」



 気になったので聞いてみる。



「そうだ。彼は元はタダヒトだったはず。だけど彼は私達の、天界の神々の陣営ではなく……邪神達の陣営で格を上げたんだ。と言っても、ラインマーグよりもずっとずっと古い神の邪神だからね……人であった頃の記憶など、遠い彼方だろう。むしろラインマーグが神として若すぎると言った方が正しいかな? 彼は神々の世界に現れた超新星、ニュースターって所かなぁ」



「へぇ~じゃあラインマーグが神になった時のことも知ってるのか? どんな感じだったんだ?」



「……そ、それは……クローくん! それはセクハラだ!」



「え? セクハラ? なんで?」



「ほら! クローさん! シスター・フランが言ってたじゃないですか! ラインマーグさんの素顔を見た女神たちは呼吸も、歩くこともロクにできなかったって! きっとラインマーグさんの素顔を見て、デルタストリーク様もお股ビショビショになっちゃったんですよ! 神話は! 本当だったんです!!」



「ちょっと待てぃ! 誰のお股がビショビショだって!? そんな事実はない! 信者達の前でそういった捏造はやめてもらいたい!」



「そうだぞ、シャトルーニャ。もっと慎みを持て……大体、ここは俺をセクハラで叱る場面であって、神話の話は本当だったんだ! って歴史的な側面から興奮する場面じゃねーだろ!!」



「はわわ……あー、ごめんなしゃい! デルタストリーク様!!」



「”はわわ”ぁ? ごめんな”しゃい”? シャトルーニャ、あなたはふざけているんですか? それで謝罪になると本気で思っているんですか!?」



 まずい! 収集がつかない! デルタストリークが、シャトルーニャのはわわにまでキレ始めた。生真面目そうだと思っていたけど、そこに生真面目さを発動させなくてもいいんじゃないの~!?



「すいましぇん! これは方言なんです! おとうとおっかぁもこんな喋り方だったんでしゅ!」



「んな馬鹿な話があるわけ……待ってください。もう一度あなたの記憶を調べてもいいですか?」



「はいぃ……!」



 デルタストリークがシャトルーニャをジッと見つめてしばらく、デルタストリークの口が開く。判定が出たようだ。



「……すみません。どうやら、あのふざけた鳴き声は本当に方言だったみたいだね……申し訳ない。イライラからあなたに噛みついてしまった。ほんとごめん!」



 どうやら「はわわ」が方言なのはガチだったらしく、デルタストリークは滅茶苦茶申し訳なさそうな顔で謝罪していた。そして、その裏でオラン神官達、断罪神教徒達は滅茶苦茶気まずそうにしていた。目を地に伏せ、デルタストリークに背を向けている。私達はここにはいませんでした。と健気に存在感を消すように努めていた。



 俺も面倒だったので一人、聖都の教会本部への歩みを早めた。しばらくして気づいたシャトルーニャとデルタストリークは、ダッシュで追いかけてきた。



「お兄さんもこれからは大変だも」



「お前は結構大人だな。まぁ、大人も混じってるもんな、そりゃそうか」



 騒がしい二人と違って白蛇は大人しくしていてくれた。本当は建築作業に戻りたいんだろうが、話がややこしくならないように戻るのを待ってくれていた。しばらく歩いた後、俺は白蛇に「ありがとな」といって腹を開いて中に入れた。



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