第12話:説明するのが難しかった



 【断罪の聖都・ガリアン】を目指して移動を始めてから三日、俺とシャトルーニャはガリアンの関所に到着した。断罪神教徒の聖都ということもあり、かなりの人数が関所に押し寄せていた。順番待ちだけで結構かかりそうだ。ガリアンはフロストペイン周辺地域とは所属国が異なるのだが、大体国境を超える時はガリアンを利用することが多いらしい。らしい、と言うのは俺がガリアンを使って越境したことがないからだ。


 断罪神の治める聖都、もう言葉の響きだけで俺が行ったらヤバそうだったから今までは避けていた。しかし、今まで避けていたからこそ、ここで得られる情報も実は多いかもしれないと思った。



「あの、クローさんて身分証明とかってどうなってるんですか? 種族だってどういう扱いになるか分かんないですし……クローさんに身分証を発行してくれる所ってあるんですか?」



「おいおい、世界中を旅してたなら当然身分証ぐらいはあるぜ。普通の人間だったら魔法で調べてもらえれば身分証なくても入国は可能だけどな。仮身分証を発行してもらえる。俺は調べられたら一発アウトだからな、魔法による調査をスルーできるぐらいの信頼性の高いやつが必須。これを手に入れるのにかなり苦労したぜ。まぁ、結局忍び込むことの方が多いけどな」



「あれ? それはラインマーグさんに助けて貰わなかったんですか? あの人? なら簡単にクローさんのために身分証を用意しそうですけど」



「あーダメダメ、あいつの用意できる身分証じゃ駄目だ。あいつの用意してきたやつはあんま信頼性高くなかったんだよ。上、中、下のランク分けをするとしたら下のレベルだ。あーそうか……そういやあいつが用意したの例の傭兵国家のだったな。星都カラスムは【傭兵国家・カールヴァイン】の飛び地領地……荒くれ者が多いからなぁ……」



「一応用意しようとしてくれたんですね。ラインマーグさん……ちょっと不憫かも」



 話しながら待っていると、ついに俺たちの番がやってきた。まぁ不安や心配はあったがあっさりと関所を突破できた。関所の突破はな……



「えぇ!? ここでぇ……? しょうがねぇなぁ」



「クローさんどうしたんです? 急に周りをキョロキョロして、怪しいですよ?」



「まぁここらならいいか」



 シャトルーニャの言葉を無視して、俺は街道の際の茂みで腹を開いた。すると、腹の中から大量のバケツが放出された後、白色の蛇が飛び出してきた。


「はわッ!? お腹から何出して! というか、この蛇アレ!? どどど、どういうことですかぁ!?」



「声がでけーよ。他のヤツに見つかって誤解されたらどうする。白蛇が水を汲みたいとか言ってよぉ、ほら近くにちょっとした沢があるだろ?」



「お兄さんおはようだも!」



「ええ!? 足りない足りない! 説明が足りないですよ!! 白蛇ちゃんいつの間に着いてきてたんです!? どうしてクローさんの中に……」



「お兄さんの中に住むからお家を作ってるんだも! セメントを作るのに水が欲しかったんだも!」



 白蛇ちゃん、シャトルーニャは勝手にそう呼んでいるが、今は人の姿をしている。正確に言うと翼の生えた人だ。知らない人が見たら天使かなんかに見えることだろう。



「え? おうち……?」



「いや、なんかな……俺に恩返しをするとか言って。俺に着いてくることにしたらしいが、こいつ……俺の中が広いのをいいことに、俺の中で基地を作り始めた……まぁ、今までつらい思いをしてたわけだから……まぁいいかって感じで、結局許可したんだけどよぉ」



「ブーーーー!?? おかしいおかしい! おかしいです!!」



「だよなぁ、俺もそう思う……人でなくなった時に倫理観もどっかに置き忘れちまったのかもなぁ」



「人外に対して激甘過ぎません!? わたしにも、もっと優しくしてくださいよぉ! もっとフレンドリーに!! わたしだってクローさんの中に家が欲しいです!! 人間差別反対です!!」



「えっ? そっち?」



 シャトルーニャは白蛇の違法建築はどうでもいいらしく、俺が人外に対して甘く、シャトルーニャに対して若干そっけないことが気に入らないらしい。



「知ってます!? 白蛇ちゃん!! この人、わたしが一緒に御飯を食べようと隣に座ったら、わざわざ距離とるんですよ!? なのに、人外だったら体内に、ようは滅茶苦茶近い場所に居るのを許すんですよ!? しかもお前と一日する会話時間には制限をつけたとかいって、一日二時間しか話してくれないんですよ!?」



「一日二時間も話せば十分だも! お姉さんお喋りだも。話題なくならないも?」



「話題は全然つきません! クローさんはなんと! 315年も生きてるらしいですからね! 聞くことはいくらでもありますよぉ!」



 そう、シャトルーニャは俺を質問攻めにしてくる。放っておけば一日12時間ぐらい質問されかねない。まぁ、それ自体は問題ないんだが……シャトルーニャは旅の間、俺の移動スピードに着いてくるのがやっとだ、多分そんな話したら体力が持たない……俺はシャトルーニャとこれ以上仲良くなるつもりもないし、これぐらいが丁度いい。人間を愛せない呪い、こいつはある程度この呪いに耐性があるようだが……俺が呪いを暴発させる可能性もあるからな。ある程度距離感は保つべきだろう。



「お兄さん! そろそろお兄さんの中に入りたいも! 開けてほしいも! 建築を再開するも!」



 いつの間にか水を汲み終わった白蛇が俺に腹を開けと催促する。



「あーはいはい、今開きますね~──」



 俺が腹を開き、触手をピロピロさせながら白蛇を体内にしまう、そんな時だった。



「──さっきから騒がしいな……誰かいるのか~? ──えっ!? ひええええええええええええええ!?」



「あっ……やっべ……」



 俺は白蛇を触手ピロピロさせた体内へとしまう。その瞬間を、見るからに厳格そうな聖職者風の男に見られた。



「ば、化け物が! 天使様を喰らって!? 貴様ぁ!? この地が断罪の聖地と知って、このような罪深き行いを! っく、滅せよ!! ホーリーランス・ストライク!!」



 聖職者の男は俺に即攻撃してきた。手にした槍に聖属性の魔力を纏わせ、俺を焼き斬ろうとする。しかし、俺はその槍を掴んで防いでしまった。



 ──シュウウ……



 槍は俺を焼く、しかし、まるで俺にダメージを与えられていなかった。俺は反射的に刃部分を掴んでしまったので。余計にノーダメ感が強くなってしまった。



「待て待て! 俺は怪しいものじゃない!! 邪神の被害者だ!」



「ひぃ~~!! 我が槍がまるで通用しないだと!? アークデーモンクラスだとでもいうのか?! この聖都に!? まさか、やつら戦争でも始めるつもりか!?」



「お、落ち着いてください! 神官さん! この人が邪神の被害者なのは本当です! 色々深い事情があるんです!!」



「そ、そうだ!! おいお前! この女の髪を見ろ! こいつは聖女だ! 俺は聖女をこの聖都に送り届けるために来たんだ!」



 もちろん嘘だが、それっぽいことを言えたと思う。



「はっ!? このオレンジの髪色、本当に聖女様なのか!? 聖女様を人質、洗脳か!? なりませぬ! 聖女様! このような化け物騙されては!!」



 あれ俺の罪が勝手に増えてくぞ? 聖女の洗脳、天使を捕食……



「おい、何があった!! オラン神官! な、戦闘か!! 助太刀する! みんな! こっちへ来い! オラン神官が危ない!!」



 ヤバイヤバイ……俺に斬りかかって来た神官の仲間か同行者かしらないが、ぞろぞろと人が集まってきた。




「おい! だから話を聞けってぇ!!」



「そうです! 話を聞いてください!! この人は悪い人じゃないんです! ちょっと冒とく的な見た目をしてますが! ものすごくいい人なんです!!」



「おい馬鹿! シャトルーニャ! そんな語彙力のないフォローじゃ、かえって洗脳した感が増しちまうだろうが!!」



「駄目です聖女様! そのような者の側にいては!! 皆の者、聞けぇ!! あそこにおわすお方、あの方は聖女様だ! 間違いない! あの髪色、経典通り! 聖女様はあの化け物の男に洗脳されている! 先程、私のホーリーランス・ストライクがいともたやすく、あの化け物に防がれた! 刃を素手で掴み、邪悪な笑みを浮かべていた!! この程度まるで自分には効かない、貴様を喰らってやろうと! そうだ! 見なさい! あそこに、翼の生えた……天使様を!! やつは天使様をも喰らおうとしていた! 邪悪な茨を腹から伸ばして、食い殺そうとしていた!!」



「触手のことを邪悪な茨って言うのか……おしゃれだな……って違う! 誤解だ! 全部誤解だ! そもそも! お前らを殺して食らうつもりならとっくにやってるわぁ! 俺はお前らと戦うつもりはない!!」



 くそ、この神官、滅茶苦茶に話を盛りやがって……周りのやつらもすっかり乗せられて「聖女だけでなく天使様も……なんと冒涜的な」とか言ってるし……



「見苦しい言い訳を! しかし、力が足りないのは事実。ここは断罪神様の力を借りる他ないようですな! 天地貫く、藍銅の断崖! その剣の前では一切が等しく頭を垂れる。我、浄化を望む! 断罪の審判! ライ・デルタストリーク・ザルバ!!」



「──そんな、分体召喚魔法!? 断罪神、デルタストリーク様を!?」



 分体召喚魔法……そんなのお目にかかるのは始めてだからよく分からねぇが、シャトルーニャの言ったこの感じだと……断罪神デルタストリークの弱体化バージョンを召喚するってことか? いや、あの神官……話聞けよ!!




「──断罪の儀をこれより行う。咎人よ、我が剣で罪を雪ぎ、輪廻の波にもどれ」



 神官の詠唱の後、辺り一帯が光に包まれ、神の召喚は行われた。俺の目の前に断罪神デルタストリーク、その分体がいた。青い髪の、生真面目そうな顔つきの甲冑女、こいつはラインマーグと違って、わざわざ人間サイズで来てくれはしないらしい。人間の五倍はある巨体、鋭い青い瞳が俺を見下ろす。そして、俺にとって見覚えのあるような意匠の装備をしていた。



「じぇ、ジェットパック……?」



 俺の世界だと一般的だった兵装、乗り物に頼らず単独飛行を可能にする兵器。洗濯バサミをめっちゃカッコよくしたような造形のアレを、背中に背負った箱に二つ付けていた。まさかあんなゴリゴリの機械文明的なモンをこの世界で見ることになるとは思わなかった。



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