第8話:復讐を奪ってしまった



「大蛇が消えた……一体何が起きて……」



 ピエールの魂の中から現実へ帰ってくると、シャトルーニャが口をあんぐりあけて、困惑していた。人々を救った聖女様だってのに、様にならねぇヤツだ。



「戻ったぞ。もう呪いは大丈夫だし、あいつに縛られていた魂も、苦しみから解き放たれた」



「え? 待ってください! 呪いを倒すって、え? え? どういうことぉ!?」



「だから倒したろ。あの大蛇を構成していた魂のほとんどは罪なき魂だったんだよ。だから悪さをしてた魂と分離させて、呪いの部分は俺が吸収したから一件落着よ。ほら見ろよ、解放されたこいつをさ、呪いなんて少しも混じっちゃいない」



 大蛇であったモノがいた場所には、大蛇の代わりに光の輪っかがあった。輪っかは宙に浮くと姿を変化させた。翼の生えた白い蛇へと。それは俺と違ってなんの抵抗もなく、シャトルーニャの展開した輝く槍の檻をすり抜けた。そうして翼の生えた白い蛇はシャトルーニャの元へとたどり着くと、またしても姿を変化させた。今度は白髪で黄色い目の、翼の生えた子供の姿だ。



「お姉さんとお兄さんのおかげで苦しくなくなったも。あの中でずっと見えてたも、ありがとうだも! シャトルーニャ!」



「え? わたしの名前……あれ、なんで……なんでかな? あなたを知ってる気がする。涙が出てきて、止めらんないよ……っ!!」



「お姉さん変だも! でも、あたしも、なんか、涙が出てくるも……また会えて、よかったも」



 あの白蛇は、この地域で死んでいった者たちの魂の集合体。もちろん死んだやつ全部じゃないだろうが、その多くはピエールに蹂躙され、その生贄に捧げられた者達、やつの生み出した呪いで病気になって死んだ者達だ。であれば、かつての自我や記憶を失ったとしても、それを構成した魂は、シャトルーニャを愛した家族や友人、近所のおじさんおばさんだったかも。



 だから面影と、少しばかりの想いの残滓が存在するのかもしれない。彼らは一人の人間としての魂、自我を保てなくなって、別の存在へと変わってしまったけど、俺のやったことは彼らの救いになっただろうか? 分からねぇ……分からねぇが、シャトルーニャと一緒に涙を流す白蛇を見て、俺は泣いてしまった。勝手だけど、俺は勝手に「よかった」って思った。



「お兄さんまで泣いてるも! 変な人だも、優しい変な人だも!」



「優しくなんかねぇ。俺は優しい人間だったらやらねぇことを、やりに来たんだからな」



「シャトルーニャ……あんたが、聖女だったなんてねぇ……はは、でもなんでだろうねぇ。妙に納得しちまうよ」



「シスター・フラン! 正気に戻ったんだ! よ、良かったぁ!」



 大蛇が消えた影響で、シャトルーニャと一緒にいたシスターや子供達も恐怖状態から立ち直り、正気に戻っていた。広場にいたのは彼らだけじゃない、兵士や他の住民もいた。みんな大蛇の恐怖の波動で動けなくなっていたのだ。そうした者たちも正気に戻るとこちらの方へやってきた。



「あ、あんたは一体……何者なんだ……最初、あんたの腹の中を見た時、てっきり敵だと思ったけど……やってることはまるで……」



 住民達を代表するような形で、この井戸を守護していた兵士が話しかけてきた。



「今日は祭りだろ? 15になった子供が成人する日だったよな? 祭りは続行だ」



「え? いやでもこんなことがあったんじゃ……」



「おいおい、この街を救った男の願いだぜ? それに、新時代の聖女がこの街で生まれたんだ。この聖女祭の日に祝わなくてどうするよ? 俺だって、ここまでしといてタダってわけにもいかねぇんでなぁ。街を滅ぼす呪いから救った駄賃として、領主様に持て成してもらわねぇと気が済まねぇな」



「えぇ~~!? さっきまでわたし達のために泣いてくれてたのに!! 急に俗っぽくなったんですけど!?」



 シャトルーニャが俺の急変に素っ頓狂な声をあげている。



「だがよぉ? 普通に考えて、俺をもてなさねぇのは、誠実さにかけるんじゃねーの? ほらほら、俺に感謝してるなら、ここであったことを街中に広めてこいよ。領主からの持て成しを待ってるってよ」



 この場にいた人々は、困惑しつつも俺の言う通り、街中にこのことを伝えた。そして祭りは続行した。しばらく広場に留まっていると、俺は領主の部下に呼び出された。祭りの宴会場であり、領主がスピーチを行う、この街「フロストペイン」の大広場へ。大きな商店が立ち並ぶ、メインストリートの中心に位置するこの場所へ、俺はやってきた。まぁやってきたのは俺だけじゃない、大蛇と戦った広場にいた者たちや、その話を聞きつけてやってきた者たちもいる。



「ああー、どうもこの度はこの街を救っていただきありがとうございます! ウナギィ・クロー殿! ワシが領主のバーグリーです。今日はしっかりおもてなしをさせて頂きますよぉ~」



 スピーチのためのお立ち台の近くに領主バーグリーの席はあった。豪華な料理が並び、美しい飾りつけがなされた、華やかな空間。この街でそんな場所があるとすれば、それはこの場所と、領主の屋敷だけだ。まぁ邪教、ファーカラルに借金漬けにされてた割に人の生活を領民に送らせていたことを考えると、街を回す能力自体はあったのかもしれない。もうちょい能力が低かったら、呪いの病気云々とは別に、人口は激減してたろう。



「いらねぇよ。お前のもてなしなんてな。そいつは勝手にこっちで用意するからよ」



「は?」



 俺の言葉に呆気にとられるバーグリー。俺は気にせずスピーチのお立ち台へと登った。



「よしよし、人はちゃんと集まったようだな。聞け、この街が病魔で侵された原因はこの領主にある」



「なぁ!? ウナギィさん! いったい何を言い出すんですか!!」



「こいつの息子、ピエールは子供をさらいなぶり殺す、邪悪な性癖の持ち主だった。ピエールの邪悪な行いをこの領主バーグリーは隠蔽してきた」



「おい! お前たち何をやってる! こいつを止めろ!!」



 焦るバーグリーは兵士に命令する。領主の悪事を暴露しようとする俺を止めるために。



「させません!! 兵士の皆さんもわかってるはずです!! 領主は! そいつは! 悪党です! わたし達は! バーグリーに呪いの生贄にされるところだったんです! それをウナギィ・クローさんに助けてもらったんです!!」



 シャトルーニャが俺と兵士の間に割って入る。すると、民衆の中からポツポツと声が響いた「あれが聖女」「聖女シャトルーニャ」「聖女に刃を向けるなど……」「罰当たりなんじゃ……」そんな声が響いた。



 この地域、フロストペインでは元々聖女信仰が強かった。そんなフロストペインで実際に聖女としての奇跡を起こし、聖女である証明、暴力的なオレンジ色の髪を持つシャトルーニャは、住民の心を一瞬にして掴んだ。そして兵士達もまた、聖女信仰の街で育った者。であるならば、その正当性、権威は領主よりも聖女のほうが上で、兵士たちは領主に従うこともなかった。



「邪悪な行いをしていたのは息子のピエールだけじゃない。バーグリーもまた、人身売買、邪教との取り引きを行っていた。それをこいつは、政治の才能と権力で押し通してきた。だが、それも序章に過ぎない。本題は、息子のピエールが死んでからだ。死んだピエールは溜め込みすぎた業によって、呪いとなってしまった。その呪いによって、この地域では原因不明の病が蔓延した」



 俺がピエールの呪いが流行り病の原因であると口にした瞬間。困惑していた民衆たちの顔つきが変わる。



「最初、大した毒性はなかったはずだ。この時、領主が罪を認め、適切な神官の力を頼ったならば、このような被害が出ることはなかった。しかし、権力を手放すことができないバーグリーは、邪教を、邪神の力を頼った。呪いの力を食い止める方法を邪教に頼った。事の真相を隠すためにだ。そして、バーグリーは邪教に嵌められた。邪神がバーグリーに与えた呪いの制御法は、呪いを強くし、邪神の尖兵へと作り変えるものだった。呪いは弱くなるどころか強力になり、より多くの生贄を与えなければ、この地域一帯を滅ぼしてしまうほどの災害に育て上げてしまった」




「はっ! そんな証拠がどこにある! そんなことをよそ者のお前がどうやって知ったというのだ! お前だ! お前がやったことをワシになすりつけようとしとるんじゃないのか!?」



 俺に罪をなすりつけようとしてくるバーグリー。だが、民衆は誰もバーグリーを信じちゃいない。バーグリーはなんらかの悪さをしているだろうとみんな感じていたからだ。だが、確かにバーグリーの言うことにも一理ある。よそ者の俺がこんな情報を詳細に知っているなんて、おかしなことだ。



「ならその証拠を俺がどこから知ったのか、お前に教えてやるよ!! 出てこい、お前の面をこいつに見せてやれ!!」



 俺は腕を自分の腹へ差し込み、あるものを掴んで引きずりだした。それはピエールの魂、形は人の者だが、強い力の影響を受けすぎた結果、魂でありながら実体化している。



「ぴ、ピエール!? お前は死んだはずじゃ……ど、どういうことだ!!」



「死んださ父さん。僕は死んだ。ねぇ、僕さぁ、もうやめにしようと思うんだ。僕が傷つけた人たちに、その痛みを、僕は直接叩き込まれて、わかったんだ。その時初めてね……僕が殺した人たちは、僕よりもずっと幸せな人生だったし、満たされていたし、楽しそうだった。自分が見下していた人よりも、僕は不幸せだった。僕に価値なんてなかった。僕が殺した人の! どの人生よりも薄汚くて、醜くて! 無理やり、価値をもたせようとした、僕の人生なんて……なんの価値もない。無理になろうとしたってそりゃ、無理なんだよ」



「何を言っとるんだお前はぁ!! 人生の価値だと!? そんなものは自分があってこそじゃ! 他人など!」



「一緒に、やり直そうよ。父さん……ずっとずっと、遠い未来になるかもしれないけど、地獄で罪を償ってさ、いつか……普通に生きようよ。僕、一人じゃ心細くてさ、父さんも一緒に来てくれたら……できるかもしれないって……」



「あ、あぁ……お前は……どうしてこうも……頼りない……生きても死んでも、ワシに迷惑をかけてばかり……もうやめろ、聞きたくない。お前の言葉がずっと嫌いだった。ワシの、ワシの頭から遠ざけた言葉を……お前はいつも言ってくる……ワシの弱さを見せつけられているようで、ずっと嫌いだった……」



 力なく地に倒れ込むバーグリー。他人のことなどどうでもいいはず、息子の言うことが嫌いであったはず、しかし、バーグリーは結局息子を見捨てることができなかった。それは自分の弱さの分身のようで、自分の一部のように感じていたからだろうか? 俺にはそのように見えた。



「これが証明だバーグリー。この男とその息子、その身勝手で、罪のない人々が死んだ! 苦しんで死んだ! お前たちの家族、友人、隣人が! 勝手な理由で殺された! お前らはこんなゴミ野郎が!! 許せるのか!? お前らはこいつらをどうしたいんだ!! さぁどうする! こいつはもはや抵抗する気力もなく、守る兵隊もいない! さぁどうする!!」



「なっ、クローさん!? そんなことを言ったらみんな──」



「「「殺せ!! 殺してやる! ぶっ殺してやる!!」」」



 民衆は積年の恨みを晴らす対象をついに見つけ、怒声を響かせる。俺の言葉で殺意をバーグリーへと向けている。棒切から石、ナイフやフォークを凶器として構え、バーグリーを睨む。その生命を奪おうとしている。



「そうだ! 命をもって償われるべき! 死んだだけでは足りない、死後は地獄で罪を購う。苦痛によって罪を雪ぐ。だからこいつは殺される! 殺したくて、殺したくてしかたないだろう! だが──



              ──殺すのは俺だ              


                                     」



 俺は地に倒れ込むバーグリーの首根っこを掴んで持ち上げる。俺は体を開いて触手を広げた。そして、触手でバーグリーの体を貫き、首を締めるように引きちぎった。



「──え……? クロー……さん?」



 シャトルーニャが俺を見つめる。どうして? そう言われている気がした。



「悪いがお前たちの長年の復讐対象は俺が殺した。今、ここでな……お前らはこいつを殺したくて仕方なかっただろう。もちろん俺も理解している。そのうえで俺が殺した。俺がお前らの復讐を奪った。貴様らの領主を殺したのはこの俺! ウナギィ・クローだ! そう、俺が身勝手に、一人で殺した! 王都の査察が入ったら、ありのままを伝えろ! 領主を殺したのはウナギィ・クローだとな!」



 怒りと困惑で固まる民衆達、それを後目に俺は走り去っていった。待てと呼び止める声がする。だが俺は立ち止まらない。


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